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第二の人生設計においてM&Aが果たせること

株式会社そら 代表取締役 佐山 正

1946年生まれ。工学院大学を卒業後、大手メーカーに勤務。オイルショックの影響により倒産となった会社を離れ、タクシー運転手を経験した後、個人事業主として運送業に従事する。37歳の時、株式会社サヤマトラフィックを創業。2014年、M&A締結後、株式会社そらを設立。本格的に介護タクシー事業に乗り出し、現在に至る。

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まずは、佐山様と運送業の出会いからお聞かせください。

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理系の大学を卒業後に勤務していた会社がオイルショックの影響で倒産。再びサラリーマンに戻るのもどうかと思いましたし、理系出身といっても、何か一つの道を究めていくような職人気質を持つようなタイプではありません。どちらかというと、技術者をマネジメントするほうが得意だったので、次の仕事をどうすべきか考えあぐねていました。

運転が好きということもあったので、少し自由に働こうと、二種免許を取得してタクシーの運転手になりました。しかし、体力がついていかなったですね。タクシー運転手の方々の会話にもなじめなかったし、結局、一年足らずでやめてしまいました。ちょうどその頃、以前に勤めていた会社に出入りしていた運送会社から、“赤帽の仕事があるんでやってみたらどうか”と勧められました。タクシーとは違って、基本的には夜勤もないし、個人事業主だから、そこそこ自由も利く。それならばやってみようと始めたのが私と運送業の出会いでしたね。あれは私が31歳の時のことでした。

その後、佐山様が起業するに至った経緯をお聞かせください。

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普通に赤帽をやっていても、ライバルは多いし、何か他のドライバーと差別化を図れないものかと模索していた時、技術系出身者としてのノウハウを活用できるのでは?と考えました。当時から、私が拠点を置いていた三鷹エリアには精密機械を製造する大手企業が多く集まっていました。生産拠点はもちろん、開発部門も隣接していることは前職の頃から知っていましたから、量産品ではなく、カスタマイズされた一点モノや試作品などを、精密機器の扱い方を理解している私が、丁寧に運搬しようと考えました。これが結構、ニーズがありまして、ありがたいことにどんどん仕事が集まってきましたね。高度経済成長期を迎えていましたから、仕事はいくらでもありました。

やがて、私一人では対応できない量のオーダーをいただくようになったので、運送仲間に声をかけて、機器の扱い方を教え、数人体制で対応することにしました。しかし、私としては彼らを下請けとして扱うことに抵抗があったので、だったら一緒に会社を設立して、ちゃんとした運送会社として対応しようとはじめたのが、サヤマトラフィックでした。あれは私が37歳の時でしたね。

扱う品目は精密機器や半導体といった付加価値の高い製品を中心とし、エリアもむやみに広げることなく、そのうちクライアントの業種も絞って、精密機器運送のエキスパートとしてのプレゼンスを高めていきました。業種や扱う品目をセグメントしていく一方で、単に安全に運搬するだけでなく、機器の試運転やクリーンルーム内での軽作業まで業務領域を拡大。決して2次下請けにはならず、あくまで直接クライアントからオーダーをいただくという方針を貫きながら、200社にも上る企業様とダイレクトにお付き合いをいただきました。その結果、ピーク時には50人の従業員で5億円の売り上げを達成するまでに至りました。

――介護タクシー事業の構想は、いつごろから佐山様の頭の中にあったのですか。

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介護タクシー事業の構想は、私が60歳になったころ、母親の介護体験の中から生まれました。母親のために車いすを収納できる自家用車を購入し、病院への送り迎えなどに利用していましたが、私の従弟がそれを見て「貸してくれないか」と言ってくる。なるほどと思って、周囲にいる60歳ぐらいの知人の話を聞いてみると、これはどうやら市場はありそうだと直感的に思いましたね。

ちょうど、母の介護のためヘルパーの資格も取得していたし、タクシー運転手をしていた時に2種免許を取っていましたから、介護タクシーを運転することができる。2~3人のドライバーを確保して、しっかり教育を行い、サヤマトラフィックを経営しながら、介護タクシーの運営に踏み切りました。あれは64歳の頃の話です。最初は、あくまで個人事業主として、私の給料を運営資金として、軌道に乗った段階で、サヤマトラフィックでの事業化を考えていたのですが、新規事業を人任せでは戦略が立てられません。自分自身がちゃんと陣頭指揮に立って経営しなければ赤字が続きます。

そこで運送業から学んだ戦略で地域密着・商圏は時間距離30分以内・空で走らない・ご利用者のQOLの維持向上を事業目的に定めました。私は経営能力がある訳ではありません。一つの事業に一所懸命にやらなければ成功は望めない己を知っています。サヤマトラフィックでは多くの優秀な社員さんに恵まれていました。この方たちをより大きな舞台に立たせたいという思いもM&A決断の大きな要因です。お陰様で介護TAXIに専念して3年、創業期を過ぎ地域の評価も定まりつつあります。

確かに、サヤマトラフィックは私が今まで育ててきた会社ではあり愛着もあります。一方介護タクシー事業は高齢者社会問題の解決にも貢献でき、お客様から直接感謝のお言葉がいただける「嬉しい仕事」です。非常にやりがいのある仕事で天命とさえ感じています。M&Aの先に新たな人生目標があるなら決断は早いほうが良いと思います。

――M&Aを意識されるようになったのは、いつ頃だったのですか?

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65歳になったあたりから、会社の承継について考えるようになっていました。私は昔から、身内を自分の会社に入れないというルールを決めていました。当初は、家内が経理を見ていましたが、軌道に乗った時点でそれもやめました。確かに、うまくいっている日本の中小企業のほとんどが家族経営であるという事実は理解していましたが、私はお互いに甘えが生じてしまうと思い、それを避けてきました。私には2人の娘がいますが、彼女たちにも小さなころから自由に生きるよう育ててきたので、当然、会社を継がせるということはあり得ません。

当初は、社内の人間に託そうかと思い、私が期待を寄せていた候補者に相談を持ち掛けたのですが、“債権、債務を背負ってくれるならやりますよ”との答えが返ってきます。“全部任せてください”という社員はひとりとしていませんでした。確かに、当時から運送業界を取り巻く環境は厳しくなりつつあったし、当社も決して順風満帆という状況ではありませんでした。ご存知の通り、半導体業界の景気は短期的に乱高下し、当社の売り上げも毎年、凸凹している状況でした。それでも、200社ものお客様の期待を裏切るわけにもいきませんし、何よりも従業員と、そのご家族のことを考えると、会社を存続させる必要があることもわかっていました。

M&Aという手段があるという認識は当時からありました。何度かセミナーに参加したこともありましたし、逆に「困っている運送会社があるんで、佐山さんのところで買ってくれないか」という話をいただいたこともありました。奇特なエンジェル投資家でも現れないだろうか?なんて考えていた矢先、M&Aキャピタルパートナーズの営業担当者と話をする機会を得ることに。すぐにどうにかしなくてはならないという切迫感はなかったので、何となく話を聞いていたのですが、そのうち徐々に興味がわいてきたのは確かです。

しかしながら、正直言って、すぐに手放しでお願いする気持ちにはなれませんでした。経営者としては、まず何とか自分でソフトランディングしたいと思うのですよね。だから、自力で何とかできないものかと頭を悩ましていたし、やはり気になるのは仕事仲間からのネガティブな反応です。M&Aの内容を正しく理解していないと「佐山は会社を売ってしまった」とか、「倒産した」「夜逃げした」なんて、根も葉もない話が生まれるかもしれない。そういう目で見られることに耐えられるか?という心の葛藤がありました。

――M&Aを決意したのは、どのようなきっかけがあったのでしょう?

結局、3年くらいM&Aキャピタルパートナーズの担当さんと対話を重ねながら、いくつもの企業を紹介してもらいました。

今回、買い手となっていただいた塚腰運送さんは、これまでお会いした会社の中で、もっとも最適な相手になりうると思いました。売り上げは当時のサヤマトラフィックの10倍以上、100年以上の歴史があり、組織がしっかりしていて、経営も非常に安定している。また、ここまで来るのに、いくつもの苦悩を乗り越えていらっしゃった。この会社さんだったら従業員を託せると思いましたね。

どこでM&Aを決断したのか?それは、一概には言えないですね。女房からの「もう、肩の荷を下ろしたら」という言葉であったり、塚腰運送さんの登場であったり、M&Aキャピタルパートナーズの担当さんへの信頼であったりと、色々な要素はあると思うのですが、結局、M&Aキャピタルパートナーズさんと会ってみようと考え、M&Aという解もあるのだと気づいた時には、もう決心していたのかもしれません。

――M&Aが成立した時、どのような思いが生まれましたか?

M&Aが成立した時、これで介護タクシー事業に専念できると思いましたね。これが、私が本来やりたかったライフワークだと。M&Aによって手にした資金は、この新しい事業を前に進めるエンジンになりました。

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現在は、4台の介護タクシーを保有して、現役の生産要員4人で、この地域に住む要介護者のサポートをさせていただいています。東京消防署にエントリーして民間救急車としても稼働しています。三鷹市が主催する起業塾で、一橋大学の前田隆正先生がおっしゃっていた「身の丈経営」ですよ。借金などせずに、自分の器を超えるような無理な仕事はしないようにという話ですが、まさにその通りだと思います。

M&Aの話を進めていると、どうしても“うちの会社はいくらで売れるのだろうか?”ということだけに意識がいきがちですが、そうではなく、“残りの人生をどのように生きるか?”“こういうことをやりたいからいくらで売りたい”という考え方を持つべきでしょうね。そういったアドバイスができる人が必要になるでしょうから、その役目は、M&Aキャピタルパートナーズの担当さんが担ってあげても良いのではないかと思います。

――最後に、特に同業でM&Aを検討される経営者の方に何かメッセージはありますか。

これから海外勢も参入することで、ますます日本の運送業界は厳しい状況になっていくでしょう。小さな会社にとって過酷な時代が到来することが予想されます。

合併やM&Aによって小さな力を集結させるのも、ひとつの考え方としては有効かもしれません。あるいは、私のように新たなビジネスチャンスを見つけ出してチャレンジしてみる。

いずれにせよ、M&Aが良いきっかけになるのは間違いありません。

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(文=伊藤秋廣 写真=伊藤元章)2018/05/21

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