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家族を守るために、家族で決断したM&A

有限会社 平林運輸商会  髙橋 治

有限会社 平林運輸商会  髙橋 晴美

家族を守るために、家族で決断したM&A

ご夫婦、次男、長女、娘婿と、まさに家族が一丸となって経営をしてきた“優良”運送会社が、なぜM&Aを選択したのか…。その裏には、強い“家族愛”に満ちた、大きな決断があった。髙橋 治・晴美ご夫婦に、M&Aに至るまでの経緯について伺った。


家族で会社を切り盛りしてきた

――まずは、平林運輸商会を創業されたきっかけから教えていただけますでしょうか。

インタビューイメージ_有限会社 平林運輸商会_01

治  故郷である長野で運送業を立ち上げました。最初は中古のトラック一台からのスタート。いずれは東京に出て勝負したいという思いがあり、その資金作りのために昼夜問わず頑張っていましたね。

どうにか当面の運転資金の目途が立った段階で、ドラム缶一本のガソリンと身の回りの荷物だけをトラックに積んで上京。遠い親戚の紹介で、ある運送会社の下請けとして、本格的に東京の地で仕事を始めました。あれは20歳の時のことでしたね。

――その頃、奥様は?

――インタビューイメージ_有限会社 平林運輸商会_02

治  妻は、その頃にはすでに東京の築地にある食品問屋の事務員として勤務していました。彼女に紹介してもらって、食品問屋の仕事を請け負うようになったのですが、当時、そこから独立する人が多かったのですね。先々から「うちの荷物も運んでくれないか」と声がかかるようになって、どんどん取引先が広がっていきました。 結婚するまでは私1人、1台のトラックで何とか頑張っていたのですが、お客様の要望に合わせながら、一台、また一台と下請けというかたちでトラックを増やしていきました。当初は個人事業主として仕事をしていましたが、やがて4台くらいになった頃に法人化。最初から手広くやろうなんてちっとも考えてはいなかったのですが、お客さんの要望に合わせて、どんどん配送エリアが拡大していくので、各地に協力会社を作っていくことに。徐々に千葉、埼玉、神奈川、群馬、栃木と関東一円にまで拡大していきました。

晴美  私も食品問屋に勤めていたので、独立していったお客さんのことはよく知っていました。ですから、結婚してからというもの、事務員という形で、主人の仕事を手伝いました。当時は携帯電話もありませんでしたから、私が自宅で電話番をして、お客さんから依頼が入ったら主人をポケベルで呼び出して、段取りをつけていました。ドライバーが増えると、もう電話もひっきりなしに鳴るようになって…。電話線を5メートルに伸ばして、洗濯や掃除など家事をしながら電話番をしていました。伝票の管理も私が担当していて、子どもが生まれてからは、もう本当に大変でしたね。

治  冷凍車を揃え、食品に絞って配送を請け負っていたのですが、ちょうど冷凍の海産物の需要が急激に伸びていた時代で、とにかく忙しかった。妻には当時大変な苦労を掛けました。


晴美  やがて娘が成人して、私の仕事を手伝うようになってくれました。主人は人一倍真面目でしたから、どんどんお客さんも増えるし仕事も増えてくるのですが、あまりに忙しすぎて、体調を崩すようになっていました。

――家族で仲良く、会社を切り盛りしていく……大変でしょうけれども、とても幸せなことですね。

――インタビューイメージ_有限会社 平林運輸商会_03

治  結局、築地のお客さんですから、早朝や夜にも電話が入りますし、トラブルが起こることもあります。運送の手配の仕事はすべて私がやっていたので、もう毎年、年末に向けての繁忙期になると、必ず十二指腸潰瘍になってしまう。どんどん体力も落ちていって、このままではお客さんにも迷惑がかかってしまう…という状態になって、次男に手伝ってもらうことにしました。

長男はすでに就職していたのですが、ちょうど次男は大学を出たばかりでしたから頼みやすかった。すでに娘も、娘婿も会社に入って手伝ってくれていたので、最初は事務仕事や配車の手伝いでいいからと頼んだら、私の体調を見かねてか、快く引き受けてくれました。

晴美  もちろん、口にはしませんでしたが、主人の中では、いずれは次男にこの会社を継がせたいという気持ちはありました。

晴美  子どもたちは本当に親思いなんですよ。娘婿も明るく良い子ですし…。とにかく、毎日、忙しくしてはいましたが、本当に家族の優しさが唯一の救いになっていました。

一時は廃業という道も考えた

――ご次男に会社を継がせようと考えていたのに…。どうしてM&Aという選択肢を考えるようになったのでしょうか。

治  もちろん、次男に承継するのが本命ではありました。親としては、次男を社長に立てて、娘婿と娘と三人で会社を継いでほしいという願望はありました。彼らはものすごく仲が良かったし、コンビネーションも良かったですから。ところが私の体調が悪化し、入退院を繰り返すようになって彼らに会社を任せていたら、見る見るうちに次男の元気がなくなっていきます。どうやら私が入院しているときに、ベテランのドライバーとの関係が少し上手くいっていなかったこともあり、仕事に重圧を感じるようになっていたようでした。

晴美  どんどん食欲が落ちて、笑顔がなくなっていきました。優しい子なので、私たちに心配をかけまいと何も言ってこない…。私も心配で心配で仕方がなかった。



治  昨年末に私が大病を患い、大きな手術を受けることになり、結果的には3か月間、もっとも繁忙な時期に会社をあけることになりました。私が入院すると聞いた時に、息子は「もう、とてもできない…」と打ち明けてきました。私を手伝うためにこの会社でやってきたと、私がいない重圧に耐えられないというのです。このままでいったら息子まで病気になってしまうのではないか?そこまでして会社を続ける意味はあるのだろうかと疑問を抱くようになっていました。

晴美  もちろん、娘と娘婿に任せるという選択肢もありました。でも、思い切って打ち明けてみると、娘たちは「次男がいるから、三人だからできたのだ」と…そういうのです。夫が入院していた年末の時期は、息子たちが力を合わせて何とか乗り越えてくれたので、もう大丈夫なのか?とも思ったのですが、一向に笑顔は見せないし、相変わらず食欲もない。このまま夫の体調が回復しないのならば、もう会社をたたむしかないと、そう思うようになっていました。

治  経営コンサルタントに相談したら、たたむのもそう簡単ではないといいます。事業を広げるだけ広げてきたのでお客さんもたくさんいるし、従業員もいる。年配のドライバーは再就職だって難しいかもしれない。もしかしたら訴訟になるかもしれないとまで言われ、もうどうすればよいのか?追い詰められていました。

インタビューイメージ_有限会社 平林運輸商会_04

――M&Aという解決策があることを知ったきっかけは?

治  私が入退院を繰り返していたあたりから、なんとなく、そういう承継方法もあるのだとは認識していました。色々な会社で“後継者がいない”という話を聞いていましたが、うちは大丈夫だと思っていましたから、それ以上調べるつもりはありませんでした。しかし、息子の気持ちを知って、さらに経営コンサルタントの話を聞いて、M&Aも選択肢の一つとして押さえておくべきだろうと思うようになっていました。しかし、当初、妻は強く反対していました。

晴美  やはり、これまで長く、苦労しながら家族で守ってきた会社ですから、人の手に渡したくはないという思いはありました。他に選択肢があれば…。

治  でも、私たち夫婦も追い詰められていて、何とかしなくてはならないと、着手金が無料で相談・検討ができるということなので話だけ聞いてみようと、M&Aキャピタルパートナーズの方と面談を進めました。もちろん、妻としっかり話し合って…。

晴美  早く、何とかしたいという気持ちはありました。このままでは息子が心配で仕方がありませんでしたから。

治  ずるずると期間が伸びてしまうようであれば、もう本当に廃業しようと、家族を守りたいと、そのくらいの覚悟を持っていました。

――M&Aキャピタルパートナーズの担当者の印象はいかがでしたか。

晴美  M&Aキャピタルパートナーズの担当の方の印象がものすごくよかったので安心しました。とても謙虚な方で、誠実さが顔に表れているように思えました。

治  もちろん、急いでいたとはいえ、大事な会社を託すわけですから、そう簡単に提案に飛びつくつもりはありませんでした。しかし、何度か顔を合わせているうちに、本当に親身になってくれて私たちの状況を理解してくれて、非常にスピーディに買い手企業を紹介してくれました。その時点ですでにM&Aキャピタルパートナーズの担当者に対して絶対的な信頼を寄せていたので、彼が自信をもって紹介してくれる会社であれば大丈夫だろうと思っていましたし、先方との交渉や慣れない契約書のやり取りなども全て信頼してお任せしていました。

会社が良い方向に変わっていった

――実際に買い手企業の方と会ってみて、どのような印象を覚えましたか。

治  もちろん、資料を見た段階でしっかりした会社であることはわかりました。しかし、大切なのはトップの方の人柄です。それは会ってみるまで分からないと思っていました。それで実際にお話をさせていただいたのですが、会長さんはものすごく優しそうで、裏表がない方のように見受けられました。新しい経営者を投入しますが、社名も従業員も含めて、そのまま引き受けるとおっしゃってくれたので安心してお任せしようと思いました。

――従業員の方の反応はいかがでしたか。

治  最初に社内で発表した時には皆が驚いて、事務職の女性の中には、泣き出す方がいらっしゃるほどでした。しかし、皆の仕事や待遇は変わらないのだと説明して説得しました。

晴美  ところが新しい経営者はかなりのやり手の方で、どんどん従業員たちのやる気を引き出していくのです。見る見るうちに従業員たちの表情が変わっていくのが見て取れました。

治  本当にすごい人だと思いました。私ができなかったことをどんどんやっていく姿を見て、安心する部分もあり、多少の寂しさも感じています。

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――ご家族は?

治  娘も娘婿も、次男も一度は辞める覚悟はしていたようですが、結果的にはそのまま受け入れてくださるという話になって、娘たちもそれでほっとしているようにみえました。次男は、現段階でははっきりした結論は出していませんが、新しい経営者から「息子さんはどうしたい?」と聞かれ、私は「できたらここに残って社長を目指してほしい」と本音で応えました。すると、分かったとうなずきながら、「私はここに人を育てにきたのです」とおっしゃってくれました。今、次男も活き活きとした表情を見せながら仕事に通っていて、その様子をみるたびに本当にM&Aを決断してよかったと、心から思っています。

――本当に良かったですね。お二人はこれからどうされるおつもりですか?

治  今まで仕事ばかりしてきましたから、なかなか時間の使い方が難しいのですが…。以前から町会や法人会の役員をしていますので、そちらの方に注力しようかと考えています。

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晴美  主人から仕事をとったら何も残らないんですよ。だから、お給料はいらないから会社に座らせておいてくださいとお願いしようかと思っています(笑)。でも、もう十分に働いてきたから、少しは身体を休めてほしいと思います。不謹慎な言い方ですが、主人が身体を壊さなかったら、こういう選択はしなかったかもしれません。そういう意味では、これでよかったのではないかと思っています。

治  私たちのような規模の運送会社を運営するには、やはりバイタリティが必要です。お客様も大事にしなくてはならないしドライバーの管理も重要。やはり何かとトラブルはつきものなので、その処理もしなくてはなりません。高齢になると動きが鈍くなるし、人任せになるとすぐに衰退してしまいます。やはり、早めに承継を考えたほうが良いと今になって実感しています。スピーディに、そして的確なお相手をマッチングしてくださったM&Aキャピタルパートナーズさんには本当に感謝しかありません。

インタビューイメージ_有限会社 平林運輸商会_07

(文=伊藤秋廣 写真=伊藤元章)2018/08/21

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