Jリーグユース史上最強チーム出身、銀行からM&A業界へ-部長として「世界最高峰」を目指すMACPで最強チームを目指す!-
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Jリーグユース史上最強チーム出身、銀行からM&A業界へ -部長として「世界最高峰」を目指すMACPで最強チームを目指す!-
Jリーグユース史上最強チーム出身、銀行からM&A業界へ -部長として「世界最高峰」を目指すMACPで最強チームを目指す!-
2026/03/26
M&Aキャピタルパートナーズ(MACP)では、M&Aアドバイザー・ミドルオフィス・バックオフィスの職種を問わず、各分野でトップレベルを経験した様々なバックグランドを持つ人財が集まっています。現在でも語り継がれるJリーグユース世代の史上最強チームの一員で、MACPの中でもその経歴を最大限活かして活躍しているM&Aアドバイザーを今回紹介します!
Jリーグユース世代の史上最強チームの一員として
1993年から開幕し、2023年に30周年を迎えたJリーグ。開幕当初は10クラブでスタートしたJリーグも現在はJ1・J2・J3合わせて60クラブになり、クラブチームがある地域も42都道府県に広がり、「各地域のコミュニティのシンボル」としてなくてはならない存在となっています。
そんな歴史があるJリーグでは、ユースやジュニアユースといった下部組織を傘下に持っています。その下部組織であるユースチームの中で、Jリーグ史上最強のチームとして、現在でも語り継がれているのが、2008年に高円宮杯第19回全日本ユース(U-18)選手権大会で初優勝を果たした「浦和レッズユース」で、“黄金世代“と言われています。
この大会、圧倒的なタレントと戦力で、決勝戦の「名古屋グランパスU-18」を9-1と退け、埼玉スタジアムにかけつけた浦和サポーター約15,000人を魅了、決勝戦ではメンバーからは外れてしまいましたが、この大会で3試合に出場し、トップチームではかつて聖地駒場スタジアム時代からのレジェンド福永泰氏や永井雄一郎氏、田中達也氏が背負ったFWの象徴である背番号11をつけていたのが武富でした。
当時のメンバーも史上最強と言われた所以で、FWではワールドカップでもゴールを決めた原口元気選手、この世代の象徴でチーム最高傑作とも言われたMF山田直輝選手、そのまま大学経由も含めトップチームに昇格したDF岡本拓也選手、永田拓也選手、MF高橋峻希選手、FW阪野豊史選手、そして現在テクニカルディレクターの池西希氏など、国内海外・フロントを含め現在のサッカー代表するタレントが所属していた間違いなく最強チームの一員として活躍。
ですが目標だったトップチームでプロにはなれず、大学に進学し、プロを目指すことになりました。ここからは武富のインタビューとなります。
ユース時代での悔しさをバネに部長として活躍した大学時代
大学では、再びプロを目指し、青山学院大学に進学しました。この時の監督が浦和のレジェンド福永泰氏。大学時代は、私が3年時に5年ぶりの関東1部リーグで11位に終わり、2部に降格。チームとしてリベンジをかけた4年には部長となり、まずは自分自身の特長を再確認し、自分がチャレンジしてチームを引っ張っていくことを決意。
全国の切符をかけた大一番となった「2012年総理大臣杯関東予選2回戦」 では、当時、大学サッカーの横綱であった流通経済大学に3-1で勝利、私自身もこの試合でハットトリックを決めることができ、最前線で自ら背中を見せてチームを引っ張ることができ、けん引することでできたのではないかと思います。最終的にはプロにはなれなかったものの、ユース時代に味わった悔しさをバネに、社会人として金融業界、メガバンクの門をたたきました。
社会人としてのキャリアを積んだメガバンクでの経験と「M&A」との出会い
小さいころから打ち込んできたサッカーからはいったん離れ、社会人となり選んだ職種は銀行員でした。横目では日本代表や海外で活躍する浦和の仲間たちを気にするもメガバンクでのキャリアをスタートしました。7年間在籍した銀行では、法人営業や一部営業企画業務に従事。当時、法人営業ではトップの成績をおさめ、海外にも赴任するなど、充実した日々を過ごしていました。
自分でも順調と思えるほどの銀行員時代でしたが、当時お客様だったオーナー様と親身にお付き合いしていた際に後継者の方がおらず、「事業承継」という課題に直面。第三者承継であるM&Aの話が持ちあがったとき、支店の一担当者という立場でしか接することができず、お客様の根本的なニーズに対し、直接的にお役に立つことができず、歯がゆい思いを経験しました。そういった思いを機に「M&A」に関心を抱くようになりました。
一気通貫でお客さまにご支援できるMACPに入社
銀行員時代の終盤、やはりお客様のニーズに直接的にご支援したいという思いが日に日に強くなり、当時社会的な課題として話題となっていた「後継者不在問題」を解決できる「M&A」を提供している会社に転職することを決意。
最終的に複数の大手M&A仲介会社を比較し、一番自分自身に合っていると感じたMACPに入社することを決めました。
当時、MACPが自分に一番合っていると感じたのは、やはりお客様に直接的なご支援でサポートすることができる点でした。具体的には、一人で売り手企業様と買い手企業様を担当し、「一気通貫」でご支援できることに魅力を感じたこと。また、自ら動いて案件を進める活動スタイルが、「待ち」ではなく「攻め」の働き方をしたい自身の思いにもマッチしたこともあげられます。どうしても銀行員時代は、大きい組織だったこともあり、役割分担も細分化されていたため、自分自身で行動・判断ができる裁量権についても納得いかない部分もありました。一定の裁量権を持つことはもちろん比例して責任も生じてきますが、お客様最優先の「顧客本位」で行動・判断ができる点もMACPを選んだ1つの大きい理由です。
あと一番の決め手は、経営理念にある「クライアントへの最大貢献」を全員が実践し、徹底されていることでした。代表の中村以下、全員が同じ理念でお客様のために全力を尽くす。これが、MACP最大の魅力だと思います。
入社後は、多様な業種・規模の案件を手がけ、過去の担当案件には、譲渡対価20億~30億円・手数料1億円以上の規模の案件も。自身のみならず同じ部署のメンバーや他部署で同行依頼があったメンバーの案件にも携わることができ、MACPならではの企業風土や企業文化で大きく成長することができました。
私自身の経歴もユニークだと思いますが、MACPには私以外にも様々な分野で活躍していた人財が多く所属しています。学生時代の経歴はもちろん、前職での実績に加えプラスαを持っている国内トップクラスの人財の宝庫だと言えます。
さきほどお伝えしたMACP独自の企業風土の一つは「風通しの良さ」。メンバー同士の関係性が良く、部門の垣根も全く感じたことがありません。代表の中村も社長室がなく、私の席の近くで業務を行い、案件の相談やプライベートも含めていろいろな話をしています。案件を進める中で、一人で解決できない問題にもぶつかります。そんなときは社内全体に相談する仕組みがあり、実際に相談と、様々な人からアドバイスやアイデアが寄せられます。さきほどの経営理念「クライアントへの最大貢献」となるオーナー経営者様のために最善を尽くそうとする意識が浸透しており、まさに一丸となって取り組む企業風土はMACPならではだと思います。
私は、2025年10月に部長職を拝命し、多様な人財を支える立場となりました。自身も多くの先輩にアドバイスや同行をしてもらったように、自分の部署だけでなく、あらゆるメンバーに対し、サポートを惜しまない姿勢を貫いています。
「世界最高峰の投資銀行」へ、2つの夢の実現を
MACPの一員として、将来果たしたい夢は2つあります。1つは、自身を成長させてくれたサッカー界への恩返し。「M&A」を通じて、なんらかの貢献ができればと思っています。もう1つは、経営理念にもある目標「世界最高峰の投資銀行」にMACPを成長させることです。所属していた浦和レッズユースのトップチームのサポーターは日本一の熱量を持っていることが知られています。ユース時代の2007年には「AFCアジアチャンピオンズリーグ」の舞台で日本のチームとして初めて制覇、準決勝城南一和(韓国)での平川選手のPKでの選手のプレーとサポーターの熱量は今でも鮮明に記憶しています。
この時期から浦和はアジアから世界を意識するようになり、ユースにも根付いていました。分野はスポーツと企業で異なりますが、この時の経験は必ずMACPでも活かせることがきると確信しています。浦和が目指す「世界制覇」同様、私自身も当時の浦和ユースのような「世界最高峰」の最強チームをつくっていきます。
記事監修者
2021年M&Aキャピタルパートナーズ入社後は、広報責任者として、TV番組・CMなどのメディア戦略をはじめ広報業務全体を管掌、2024年より現職。
一般社団法人金融財政事情研究会認定M&Aシニアエキスパート
厚生労働省「職業情報提供サイト(日本版O-NET)」M&Aアドバイザー担当
MACPグループ「地域共創プロジェクト」責任者