本音で向き合う先に見えたM&Aの本質。最北端での経営者との対話が教えてくれたこと
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本音で向き合う先に見えたM&Aの本質。 最北端での経営者との対話が教えてくれたこと
本音で向き合う先に見えたM&Aの本質。 最北端での経営者との対話が教えてくれたこと
2025/12/03
北海道稚内市で創業から20年、地元で広く愛される日本最北端の回転すし店が岐路に立っていました。複数のM&A仲介会社に問い合わせた時、誰よりも早く現地へ赴きオーナーの想いを受け止めたのが澤嶋 悠輔さんでした。行動力の源泉と、日頃から心がけていることを聞き、「M&Aの本質」に迫ります。
すぐ行動に移すから熱意が伝わり信頼につながる
稚内の企業のM&Aをご支援されました。何度も何度も足を運ぶのは大変ですね。
M&Aキャピタルパートナーズ株式会社 企業情報部 主任 澤嶋 悠輔(以下、澤嶋):
電話でお問い合わせをいただいた時、「すぐに伺ってもよろしいでしょうか」とお伝えしました。稚内へのアクセスは、東京から午前の1便と、夕方にある新千歳からの乗継での1便のみで、たしかに便利とは言えない場所です。ただ、今回のようにわざわざ先方が「話を聞きたい」とお問い合わせしてくださったケースは、最速でお会いするのが鉄則です。
オーナーである金子 正九様は、ご自身の体調不安から、北海道の厳しい冬が訪れる前に株式の譲渡を終えたいとお考えでした。こうした急ぎの背景からも、すぐに面会の機会をいただいたことは、「この人は本気で向き合ってくれる」とお感じいただけたのではないでしょうか。
初対面で感じたことはどのようなことでしたか。
澤嶋:お身体のこともあり、金子様は心配性で慎重なご性格とお見受けしました。そのため、M&Aに対する不安も大きく、警戒されていたようにも感じます。その一方で、手塩にかけて20年育ててきた回転すし店を現在のまま存続させ、なおかつご自身のプレッシャーを取り除くには、M&Aが最短ルートであり、最も成功の確率が高い手段だと理解されていらっしゃいました。同時に、名乗りを挙げる会社がないのではないかとも、心配されておられたのです。そこで心がけたのは、とにかく誠実に、本音でお話しすることです。ご不安があるからこそ、良いことも悪いことも包み隠さずお伝えして、少しずつ信頼関係を築いていきました。
金子様の不安要素として、立地や業態の特殊性もあったのではないでしょうか。
澤嶋:その通りです。ご自身も「北海道の中でも最北端にあたる稚内という地域で、回転すし2店舗だけ。これで譲り受けてくれる企業が現れるのか」という不安を持っていました。しかし、私は戦略次第でうまくいくはずだと始めから感じていました。そして真っ先に社名を思い浮かべたのは、他ならぬ札幌海鮮丸だったのです。
過去、別の企業の支援を担当した際、札幌海鮮丸ならびにまん福ホールディングスがこうしたM&Aに対して熱心だと把握していました。札幌海鮮丸は配達専門の業態ながら、同じすし店です。稚内にある唯一の回転すし店に関心を示すのは、間違いないはずだと考えていました。
一つの言葉に成果を左右する重みがある
初回面談の時点で、すでに具体的な候補先を念頭に置いていたということですね。
澤嶋:条件的に全国チェーンが手を挙げる可能性は低く、それほど多くの企業が候補となることは考えにくかったのも事実です。だからこそ、ピンポイントで1社でもいいから社名を早くお示しすることで、安心していただこうと思いました。M&Aにおいては複数の候補を比較し、検討するプロセスも大切です。2社以上の候補をお知らせすることも重視して動きました。
またスピード重視という意向がありましたので、9~10月に決着をつけることを想定して、それまでのタイムラインを最初にお示ししたことも、M&Aご成約までのイメージを持っていただく上で有効だったように思います。
金子様は「自分は心配性だけれど、澤嶋さんは信頼できる」と嬉しそうにお話しされていました。
澤嶋:ありがたいお言葉です。ご信頼いただいたきっかけは、そこまで意図していなかった一言だったそうです。打ち合わせを終えてお客様のもとを去る帰り際に、ふと「応援したいと心から思える経営者をご支援してきた」という言葉を漏らしました。これは誇張でなく、私がリスペクトできる経営者でなければ、仕事に心血を注ぐことができないのです。逆に言えば、自身の体調に不安があっても、なんとしても店舗の灯と雇用を守ろうとする金子様の姿勢には、心から共感し、応援したいと思っていました。
オーナー様が大切にしてきた会社をきちんと引き継いでくれる相手でなければ、私も紹介できないという本心が自然と出たように思います。後日、あの時の言葉で「澤嶋さんにすべて任せようと心が決まった」と教えていただき、驚きました。M&Aアドバイザーは、売り手と買い手を引き合わせるだけでなく、双方にとって最良の相手を見極める責任があるということを、改めて実感した瞬間でした。
本音で向き合うことの重要性を感じさせるお話です。
澤嶋:営業トークやテクニックは本質ではありません。信念と、それを貫く姿勢が何より大切だと思います。オーナー様は人生をかけた決断をされるわけですから、こちらも全身全霊で向き合う必要があるのです。
別のオーナー様の時にも「大丈夫です、うまく行きます」とお伝えしたほんの一言で、勇気が湧いたと言っていただいた経験があります。言葉には人の心を動かす力がありますし、逆に信頼を失うことにもなりかねません。大きな責任の伴う緊張感のある仕事だと実感します。
地方ならではの縁を大切にし雇用や経済を守る
北海道ではすでに3組の成約を担当されたそうですね。
澤嶋:なぜか北海道とは縁があるんです。最初に担当させていただいた企業も北海道でしたし、今回で3件目になりました。北海道の方々は本州から離れているからか、M&Aに対して比較的オープンな姿勢を持っているように感じます。頼れるパートナーとの出会いを求めている方が多いのかもしれませんし、「遠いところからわざわざ来てくれた」と優しさを示してくださる方も多いです。
地域性という点で、北海道特有の特徴はありますか。
澤嶋:北海道の経営者の方々は、とてもおおらかで本音で話してくださる印象があります。M&Aでは駆け引きが求められることもありますが、「こうしたい」「これは嫌だ」とはっきりおっしゃられる傾向が強く、新たな挑戦に対して前向きな方が多いように思います。はっきりした心地のよいやり取りは、私の性格にも合っているのかもしれません。
M&Aの仕事をしていると、普通の仕事をしていたら縁のないままだったはずの土地にも頻繁に足を運びます。こうした場所へ来て、その地域で事業を続けてこられた方にお会いすると、使命感のような気持ちが強くなるのも事実です。地方経済を支える企業の事業承継は、その地域の雇用や経済を守ることにもつながりますので、今後も北海道で積極的にアンテナを張り、情報収集に努めたいと思います。
なんでもできるパーフェクトなアドバイザーになりたい
特定の業種に特化するアドバイザーもいらっしゃいますが、澤嶋さんの考えはいかがですか。
澤嶋:私は、意図的にさまざまな業種を担当させていただいていますが、今後もこのやり方を継続するつもりです。たしかに同じ業種であれば、知識や情報を蓄積させ、レバレッジが効きやすい側面はあります。ただ私の性格上、同じ業種ばかりだと新鮮味がなくなってしまうと感じています。
製造業、サービス業、小売業、IT企業など、幅広い業種を担当することで、どのような企業をお伺いしても話題に合わせられるようになりました。リベラルアーツではありませんが、経営から雑学まで幅広い知識を、浅くてもよいから身につけてきました。
もちろんM&Aに関するスキームや法律、税務関係などは、常に勉強し続けています。もちろん、専門家に任せた方がいいこともございますが、すべて自分でできるようになりたいという志向が強く、自分でできないことがあるのが嫌だという性格です。「なんでもできるパーフェクトなアドバイザー」というのが私の目指す姿です。
そして机上の知識だけでなく、自分の足で現地を知ることも大切にし続けたいです。M&Aで最も大切なのは、人と人のつながりだと教わってきましたので、その原点を忘れないようにしています。
M&Aアドバイザーとして大切なのは、関わらせていただく経営者の決断に真摯に向き合うことです。場所の近い遠いなどは、大きな問題ではありません。その地で事業を続けてこられた方々の想いを次の世代につなぐために、これからも駆け回りたいと思います。
文:蒲原 雄介 写真:伊藤 竜也 取材日:2025/11/4