「旅立つ父が起こした奇跡。」想いを託すM&A

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「旅立つ父が起こした奇跡。」 想いを託すM&A

「旅立つ父が起こした奇跡。」 想いを託すM&A 「旅立つ父が起こした奇跡。」 想いを託すM&A

2026/04/09

株式会社理創 相続人 横沢 紀美子 様

ソフトウェア開発の株式会社理創は、創業者の横沢浩二郎様が起業以来40年という時間をかけて大切に育ててきた企業です。ご自身の高齢化と後継者不足により、横沢様は同業種のソーバル株式会社への譲渡を決断。闘病生活中の横沢様に朗報をとの想いで関係者が奔走し、旅立たれる直前にM&Aが成立しました。立ち会われたご長女の紀美子様が、その瞬間の奇跡について振り返ってくださいました。

「人を信じ、人とのつながりを大切にする父でした。」

株式会社理創を正式に譲渡されて2カ月近く経ちます。一段落されたことと思いますが、いかがでしょうか。

横沢 紀美子 様(以下、紀美子様):
異なる歩みを続けてきた会社が一つになるということで、経営陣の皆さんは引き続き慌ただしい日々を過ごされているようです。一方で私は、経営や事業から完全に手が離れましたので、その様子を遠くから見守っている状況です。大切な会社を送り出した立場として、両社のさらなる発展を心から祈っています。

お父様が会社を創業されたのは1984年でした。当時、紀美子様はおいくつでしたか。

紀美子様:
1歳でした。当たり前ですが、当時の記憶はまったくありません。私の中で父の会社にまつわる最も古い記憶は、渋谷区千駄ヶ谷にあった当時のオフィスへ、母と一緒に遊びに行ったことです。当時の子どもにとってコンピュータは非常に珍しい存在でしたので、キーボードをかちゃかちゃ打って遊んだことを覚えています。3、4歳の頃だったと思います。

一人娘の紀美子様からご覧になって、お父様はどういう方でしたか。

紀美子様:
長野県出身の父は、昔気質な人でした。昭和18年(1943年)生まれの、まさに「昭和の人間」です。真面目で人情味にあふれ、人を疑うことを知らず、うっかりすると騙されてしまうのではないかと、子ども心に心配したこともありました。東京のど真ん中で会社を経営するなんて、よくそんな怖いことができるなあと思ったものでした。

「毎日ご飯が食べられるのは取引先のおかげ」が口癖で、電器屋さんで家電製品を選ぶときも「取引先のグループの製品だから」と、必ずそれを選びました。どんなに母と私がその製品は使いにくいと反対しても、絶対に譲りませんでした。人に対しても同様で「あの方のおかげだから」「あの人がいるから」と常に話しており、社員についても一人ひとりに対して「彼のここが素晴らしい」「ここが優れている」と、良い面を見ていました。

一緒に遊んでもらった思い出などはありますか。

紀美子様:父は休日もほとんど仕事をしていましたから、どこかへ遊びに連れていってもらった記憶はありません。人気のテーマパークにも行ったことがないほど仕事熱心でした。唯一、長野県に帰省する際にドライブしたことぐらいですね。父は地理や歴史、文化などに精通していたので、車の中から眺めながら、いろいろ詳しく解説してくれました。

伝えたのは、「悔いだけは残さないで」という願い

仕事一筋のお父様だったのですね。

紀美子様:
そうなんです。白紙の状態で会社を起ち上げ、それを育てていくことが一番の楽しみだったのは間違いありません。趣味らしい趣味もありませんでしたし。ただ、だからといって私がさびしい思いをしたことはありませんでした。父親とはそういうものだと思っていましたので。

そんなお父様が後継者難から会社の譲渡を考えるようになったわけですが、その様子はどのようにご覧になっていましたか。

紀美子様:
以前、別の仲介会社を通じてM&Aの話があったものの、それが途中で破談になったことはよく覚えています。私は破談後に話を聞いたのですが、「大変な労力と時間をかけて話を進めたのに最終的に駄目になって、ほとほと疲れた。もうM&Aはこりごりだ」とこぼしていました。

その姿を見ていたせいか、父から会社の将来について相談を受けたときは、「お父さんが後悔しない道だけを考えてほしい」と伝えました。もうあんなに辛そうな父の姿は見たくないと思ったんです。伝えたのはその気持ちだけで、M&Aについて具体的な意見を口にしたことはありませんでした。

当時、M&Aに対して、どのような印象を持たれましたか。

紀美子様:
私は公務員ですので、ビジネスの詳しいことはわかりませんが、やはり「初めまして」と出会った会社同士がお互いを理解し合い、一緒になるというのは、とてつもなく大変なことだと感じました。特に父が破談の決断を下したのは、M&Aによって従業員の生活が変わってしまうことを危惧したためだったようです。M&Aは大きなお金が動くのでしょうが、大切なのはお金ではなくて、譲渡側の経営者のそうした心情、想いを受け入れてもらえるかどうかだと痛感しました。それは決して簡単なことではなく、だからこそ妥協せず、決して後悔することのない選択をしてほしいと父に伝えたのです。

そうした想いがあったからこそ、譲渡先であるソーバルとの出会いは、ことのほか嬉しかったのでしょうね。

紀美子様:
ええ。M&Aキャピタルパートナーズの宮下さんには、父から破談になった経緯を詳しくお伝えした上で、特に今まで一緒に苦労を重ねてきた従業員の皆さんが不利益を被ったり、生活が大きく変わったりすることがないようにしたいと、強く伝えたと思います。その想いを受けて宮下さんが紹介してくださったのが、ソーバルでした。事業の詳しいことは私にはわかりませんが、会社の和やかな雰囲気や経営陣の方々の穏やかな人柄を思うと、ソーバルのような譲受企業と出会えて本当によかったと思います。非常に幸運でした。

お父様のご友人で、後を受け継いで社長に就任された西田 尚信様の存在も大きかったのではないでしょうか。

紀美子様:
西田さんとは長年にわたって信頼関係を築いてきましたので、父も非常に頼りにしていました。会社の経営を託したのも、「M&A後もよろしく頼む」という気持ちの表れだったのでしょう。西田さんが引き受けてくださったことで、父も安心してM&Aを進められたと思います。

「入院中もパソコンを離さない姿に、想いの深さを知りました。」

M&Aを決断されたものの、お父様はなかなか譲渡の踏ん切りがつかなかったようですね。

紀美子様:
ソーバルといういい縁に出会えたものの、やはり自分が育ててきた会社でしたから、できれば一日でも長く自分が経営に携わっていたかったようです。その3年前には母が急逝しており、父にとっては母と会社という大切なものを立て続けに失うことは、非常に辛かったことでしょう。

ただ、重い病気に倒れ、入院したことで状況が変わってしまいました。そのときは、いったん話をストップさせて、退院したら交渉を再開するつもりだったようです。しかし、予想以上に症状が重篤だったことで、入院したまま話を進める決断をしました。82歳という年齢のこともあり、従業員のためにはM&Aがベストの選択だと判断したのだと思います。

お父様もM&Aを急がなくてはと決断されたのでしょうね。

紀美子様:
入院中は毎日、私が仕事を終えてから病院へ通いました。病室ではいつも父と1対1の濃密な時間を過ごしました。会話と言えば仕事のことばかり。「例の案件はどうなった」「あのメールにはちゃんと返信したのか」と、しょっちゅう確認されました。病院は会社の近くにありましたから、父の言葉を受けて私が会社に行き、書類の内容をチェックしたり、取引先への支払い手続きをしたりと、こまごました業務をこなしていました。

入院中もお父様は仕事一筋だったのですね。

紀美子様:
ええ。父らしいと思いました。これはあまり大きな声では言えませんが、集中治療室に入ったときもパソコンを持ち込んだほどです。もちろん看護師さんに止められましたが、翌日に特別に許可をいただき、持ち込むことができました。あるときなど、点滴を受け、お薬を飲みながらも、目だけは微動だにせずパソコンに向けていたこともありました。病状を考えればパソコンどころではないのですが。転院先でも同じ状態でしたから、どこの病院でも驚かれました。本当に仕事のこと、会社のことが頭から離れなかったのだと思います。

私が代わりにメールを書いて送信することもありましたし、父の想いのこもったバトンを関係者の皆さんに受け渡す、その橋渡し役を務められたと感じています。

大変な状況だったのですね。

紀美子様:
それでも病状が進んでからは、薬の副作用もあって、どれだけ話しかけても、体をゆすっても、まったく反応しなくなってしまいました。薬を飲ませようとしても、口を開けて半分入れるだけで精一杯。それだけをするのに看護師さんと一緒に2時間もかかったほどです。

ところがそんな状態だというのに、会社の若い社員がIT関連の試験に合格したというニュースを伝えたら、いきなり目を開いて「そうか、ついに本領を発揮してくれたか。もっと早くに受かってくれていたらなあ」と話し始めたのです。これには驚きました。本当に従業員のことを大切に思い、気にかけているんだなあと、非常に印象に残った出来事でした。

「契約成立を見届けたかのように旅立ちました。」

そうした病状を鑑みて、M&A成立に向けた取り組みにも拍車がかかりました。関係者一同、何とかお父様にいい報告をしたいという思いでした。

紀美子様:
私もM&Aに向けて、働きながらさまざまな作業に携わっていました。亡くなった日も朝からM&Aの実行のために最後の対応をしていたのですが、朝に一度、昼に一度、病院から「来てほしい」という連絡が入ったんです。すぐに宮下さんにお電話でそのことをお伝えしたら「後のことは私に任せて、忘れてください。1秒でも早く横沢社長のところへ向かってください。」とおっしゃっていただきました。とてもありがたい言葉で、私はすぐに病院に駆けつけました。

最期には立ち会うことができましたか。

紀美子様:
はい。病院に着いたとき、父は大きな口を開けて呼吸を繰り返しており、どれだけ話しかけても、体を揺さぶっても、まったく反応はありませんでした。1時間ほどしたら突然呼吸が大きくなり、再び止まったりする様子を繰り返すようになり、次第にその間隔も開いていきました。そして、それもついに呼吸が戻らず、お医者様が臨終の確認をしてくださいました。

驚いたのは、ここからです。亡くなったのが13時22分で、携帯を見たらなんとその4分前、13時18分に宮下さんから「無事にクロージングいたしました。本当にお疲れ様でした。」という連絡が届いていたのです。まるで契約が成立するまで頑張っていたようで、直前に突然呼吸が大きくなったのも契約成立を確信してのことだったと思っています。

まさに奇跡でしたね。

紀美子様:
本当にドラマを観ているようで、鳥肌が立ちました。今も父は結果を見届けてから、安心して旅立ったと思っています。とても不思議な体験でした。

「父は亡くなっても、父の会社は残っています。」

お父様は亡くなられましたが、会社は残り、社名もそのまま。従業員の皆さんも変わらずに働き続けていらっしゃいますね。

紀美子様:
理創の創業以来約40年の歴史は、そのまま父の人生の後半生そのものです。ソーバル社はその想いをしっかりと受け止めてくださり、従業員の雇用の維持などの条件もすべて快く受け入れてくださいました。最善の選択だったことは間違いなく、父もしっかりと気持ちの整理ができたと思います。父は亡くなってしまっても、父が大切に育てた会社は残っていることに、感謝の気持ちでいっぱいです。

M&Aキャピタルパートナーズに対しては、どのような印象をお持ちでしょうか。

紀美子様:
本当にお会いできて良かったです。母を喪い、さらに会社を手放すことは、父にとってこの上なく辛い決断だったことは間違いありません。宮下さんは父のそんな気持ちをとても理解し、寄り添ってくださいました。普段は従業員以外の話をしない父でしたが、宮下さんのことはとても褒めていて、この人はとても熱心で任せられると言っていたのを覚えています。以前、M&Aが破談したときの大変さや苦しさも十分に理解されていて、「あんな思いは二度としたくない」という父の気持ちを十分に汲み取った上で、寄り添ってご支援くださったと思うんです。

私はM&Aや会社の詳しいことはわかりませんでしたが、宮下さんとお会いした際は、とても丁寧にご説明いただき、事業内容や経営戦略、統合効果といったこと以上に、父の思いを大切にしてくださったことを、心から嬉しく思いました。M&Aが成立したと同時に父が亡くなった日、宮下さんが「私にとっても一生忘れられないご支援になりました」と涙ぐんでおっしゃってくださいました。その言葉に、残された遺族としての思いを共有していただけたと感じました。

担当アドバイザーが振り返る 「想いを託されたM&A。想いは生き続ける。」

企業情報部 課長 宮下 和樹

横沢社長が旅立とうとされているとの連絡を紀美子さんからいただいたときのことは、今も鮮明に覚えています。調印関係の準備もあり、あの日も早朝からクロージングに向けた最後の詰めを行っていました。「これで横沢社長に喜んでいただける」と思った矢先にいただいたお電話でしたので、「まさか」という驚きと悲しさで胸がいっぱいになりました。

横沢社長とは約2年という長い時間をかけて、二人三脚でこのお話を進めさせていただきました。笑いながらお話ししたこともあれば、一緒に悩む場面もありました。そうした日々のことが今も思い出されます。

M&Aは経営者1人だけが抱える話しではございません。紀美子様のようなご家族の方、従業員様、取引先様など、大勢の方の想いが複雑にからみ合うのが当然です。その中で経営者に寄り添い、一緒に悩み、関係者の想いと真っ直ぐに向き合う姿勢が、私たち専門家には不可欠だと感じています。

成約事例インタビュー:それぞれの選択

経営者がどのようにM&Aを決断したのかをインタビュー形式でご紹介します。

株式会社理創
代表取締役 西田 尚信様

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記事監修者

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広報室
武田 彩佳
新卒で地方放送局に入社し、アナウンサーとして番組・イベントの司会進行等に従事。
当社入社後は、M&Aを経験された経営者の方々への取材や各種講演会の企画立案など幅広く活動を行う。

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