学習塾業界の再編と生き残り戦略─ヒューリック「鉄緑会」買収に見る高付加価値化と塾M&Aの潮流─
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学習塾業界の再編と生き残り戦略 ─ヒューリック「鉄緑会」買収に見る高付加価値化と塾M&Aの潮流─
学習塾業界の再編と生き残り戦略 ─ヒューリック「鉄緑会」買収に見る高付加価値化と塾M&Aの潮流─
2026/08/21
2026年7月、不動産大手のヒューリックが、東京大学受験に特化した名門進学塾「鉄緑会」を完全子会社化すると発表しました。数百億円規模とみられる大型買収は、学習塾業界の再編が新たなフェーズに入ったことを示唆しています。一方、学習塾の倒産件数は過去最多を更新しており、中小・中堅塾の淘汰が加速しています。少子化や物価高といった逆風下で、大手や異業種企業による買収、スケールアップがなぜ進むのでしょうか。
本記事では、上場廃止やM&A動向から、学習塾業界が直面する構造的課題と生き残りをかけた戦略を紐解きます。
ヒューリックによる「鉄緑会」買収が示す塾M&Aの新たな潮流
教育業界におけるM&Aは、単なる規模の拡大から、特定の顧客層や専門性を狙った“戦略的な投資”へと変化しています。その象徴と言えるのが、ヒューリックによる「鉄緑会」の買収です。
少子化下で注力される「高付加価値教育」への投資
「鉄緑会」は40年以上の歴史を持ち、東大進学指導で圧倒的な実績を有する進学塾です。2007年以降、ベネッセグループの傘下で運営されてきましたが、そのブランド力と高い収益性は、常に市場の注目を集めてきました。
買収したヒューリックは、不動産開発のノウハウを活かした教育事業を成長分野に位置付けています。2024年のリソー教育グループ(個別指導塾の「TOMAS」、小学校・幼稚園受験の「伸芽会」等)の子会社化や、子育て支援施設「こどもでぱーと」の展開などと合わせて、幼児から大学受験までを網羅する体制を構築中です。
少子化が進む一方、子供一人あたりにかける教育費は増加傾向にあり、とりわけ「高付加価値教育」への需要は根強く伸びています。ヒューリックによる鉄緑会の獲得は、富裕層・難関校受験層をターゲットとした高付加価値市場への投資を本格化させる戦略の一環と言えます。
一貫教育と事業シナジー創出の課題──過去の再編事例からの示唆
今回、鉄緑会の運営会社 東京教育研の株式を譲渡したベネッセコーポレーションは、これまでにお茶の水ゼミナールや東京個別指導学院を傘下に収めてきました。しかし、難関受験に特化した鉄緑会と、幅広い顧客層を対象とする「進研ゼミ」等の既存事業との間では、相互送客などのシナジーが創出しにくかったのではないかと指摘されています。
過去には、代々木ゼミナールが2010年に中学受験塾のSAPIX(サピックス)を買収し、「SAPIX YOZEMI GROUP」を設立して小中高の一貫教育体制を築こうとした先例もあります。しかし、小学校から大学受験まで同じグループ内で生徒を長期的に囲い込む戦略は、各年代で求められるノウハウやブランドイメージが異なるため、容易ではありません。今回の事例は、教育市場における「ブランドの専門性」と「経営シナジー」を両立する難しさを浮き彫りにしています。
学習塾業界が直面する構造的課題と過去最多の倒産動向
難関校向けなど一部の市場が活況を呈する一方で、学習塾業界全体は少子化やコスト増といったマクロ環境の変化に直面しています。こうした構造的な課題は企業の収益性に直接的な影響を及ぼしており、業界内の淘汰や再編を加速させる要因にもなっています。
環境変化が招くビジネスモデルの限界と収益の二極化
幼児教育や高校授業料の無償化政策が進んだことで、浮いた費用が子供の将来への投資として進学塾に回るという好影響があるものの、業界全体としては「少子化による顧客獲得競争の激化」「物価高に伴う固定費・人件費の高騰」「人材獲得難」といった課題が経営を圧迫しています。
特に人材確保の問題は深刻で、時間効率(タイパ)を重視する学生の塾講師離れにより、採用費や人件費が高騰。加えて都市部のテナント賃料や光熱費の上昇、WEB広告への移行による顧客獲得単価(CPA)の高騰などが固定費を大きく押し上げています。
こうしたコスト増をサービス価格へ転嫁できるかが収益性を左右しており、帝国データバンクの2024年度の業績動向では、価格転嫁に成功した売上高50億円以上の大手塾の多くが黒字を確保する一方、売上高5億円未満の中小塾は約4割が赤字となるなど、収益性の二極化が顕著となっています。
過去最多の倒産件数と直近の破綻事例
帝国データバンクの調査(速報値)によると、2025年の学習塾の倒産(負債1000万円以上)は過去最多の46件を記録しました。約9割が小規模経営でしたが、一定の知名度を持つ中堅塾の行き詰まりも表面化しています。
「学習塾」倒産件数推移
出典:帝国データバンク「学習塾」の倒産動向(2025年速報)より
直近の代表的な破綻事例を見ても、デジタル化への適応遅れや前受金に頼る資金繰り、投資バランスを欠いた経営は、短期間で経営破綻に至るリスクがあることを示しています。
業界再編の裏で進む「上場廃止・非公開化」という選択
業界再編の動きは、他社へのM&A(事業承継や買収)だけにとどまりません。事業構造の抜本的な見直しを図るため、あえて株式市場から退出する企業も増加傾向にあります。
【事例1】東京個別指導学院の完全子会社化(上場廃止)
ベネッセHD傘下の同社は、2026年1月に完全子会社化によって上場を廃止しました。市場からの短期的な業績評価にとらわれず、意思決定を迅速化してグループ全体の経営資源を集中させる狙いです。
【事例2】ウィザス(第一ゼミナール等)のファンド連携による非公開化
2025年7月、投資ファンド(NSSK)のTOBを通じて上場を廃止。主力である学習塾事業の低収益性が課題となる中、株主対応の負担を軽減し、ブランド再編や機動的なM&Aによる事業構造の変革へ舵を切りました。
変化の激しい教育トレンドやシステム投資に対応するためには、中長期的な戦略実行が欠かせません。そのため、短期的な利益成長を求められる資本市場から離れ、経営の自由度を確保した上で事業改革に取り組む手法は、教育業界でも有力な経営選択肢として定着しつつあります。
規模の拡大か、独自の付加価値か──学習塾業界の未来
規模の経済を追求する大手企業と、独自の強みを持つ中堅・中小企業との間で、今後の成長戦略はどのように描かれるべきでしょうか。
デジタル教材の普及がもたらした「サービスの同質化」
学習塾業界ではAIを用いた自立学習教材や学習管理アプリの導入が進んでいますが、同時に「どの塾でも同等の教材が利用できる」というサービスの同質化を招いています。
さらに、資本力のある大手塾が安価な「AI教材活用コース」を新設し、補習層や中堅校志向の生徒まで取り込み始めたことで、「難関校対策は大手、学校の補習は地元の個人塾」というかつての棲み分けは変化しつつあります。
また、推薦入試(総合型選抜)の拡大に伴う多様なニーズへの対応力も問われており、従来の「学力向上」に依存したビジネスモデルからの脱却が求められています。
再編の先に求められる本質的な教育価値
学習塾業界におけるM&Aは今後、教室数の拡大を目的とした「水平統合」から、ヒューリックに見られるような「不動産と教育の掛け合わせ」や「デジタルと対面指導の融合」など、新たな付加価値を創出する戦略的統合へシフトしていくと考えられます。
中小・中堅塾が生き残るためには、大手に模倣されにくい「きめ細やかな個別最適化(生徒のモチベーション管理や対面指導ならではのサポート)」に特化する、もしくはM&Aなどによって早期に大手グループとのパートナーシップを選択し、経営基盤の安定化を図ることが有効となってくるでしょう。
不可避なマクロ環境の変化に対し、自社の事業構造を客観的に見つめ直し、どのような戦略で企業価値を高めていくのか。経営の選択肢を探るプロセスそのものが、今後の持続的成長を左右する重要な鍵になると言えます。
記事監修者
2019年大手M&A支援機関へ入社し、広報責任者として広報業務に従事、厚生労働省「職業情報提供サイト(日本版O-NET)」M&Aアドバイザー担当。
2021年M&Aキャピタルパートナーズ入社、グループ全体の広報責任者として広報業務全体を管掌、2024年より現職。MACPグループ「地域共創プロジェクト」責任者。
レコフ リサーチ部を兼務し、主に「事業承継M&A分野」を担当。
創業110年を超える実家の米穀・酒販会社で、実際に「事業承継M&A」を経験。
一般社団法人金融財政事情研究会認定M&Aシニアエキスパート
一般社団法人M&A支援機関協会広報分科会委員