IPOを視野に入れながらも、
より成長・発展に繋がるM&Aを決断
20年以上ゲームの受託開発を主力に成長を続けてきた株式会社ランド・ホー。IPO準備を進めたものの、外部環境の変化もあり比較材料の一つとしてM&Aの検討も開始。その後2024年9月にデジタルマーケティングを手がける株式会社Orchestra Holdingsへの株式譲渡を行った。 創業メンバーの一人として、四半世紀にわたって同社の舵取りを続けてきた代表取締役社長の塚本昌信様に、M&A決断に至る舞台裏を伺った。
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譲渡企業
- 会社名
- 株式会社ランド・ホー
- 所在地
- 東京都大田区
- 設立
- 1999年
- 事業内容
- スマートフォンゲーム、コンシューマゲーム、デジタルコンテンツの企画・開発・運営
- 資本金
- 4,000万円
- 従業員数
- 134名
- M&Aの検討理由
- 事業基盤の安定、更なる成長と発展のため
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譲受企業
- 会社名
- 株式会社Orchestra Holdings
(東証プライム上場) - 所在地
- 東京都渋谷区
- 設立
- 2009年
- 事業内容
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デジタルトランスフォーメーション事業、デジタルマーケティング事業
- 資本金
- 3億5,400万円
- 従業員数
- 1,174名(連結グループ会社合計)
- M&Aの検討理由
- 新規事業への進出、既存事業との親和性が高く事業成長に繋がるため
新しい挑戦を課し続けてきた25年
株式会社ランド・ホーの事業概要ならびに創業の理由を教えてください。

ゲームの受託開発を主力とし、家庭用ゲーム機のソフトからスマートフォン向けゲームアプリの開発まで、幅広く手がけてきました。約140名の従業員に加えて、派遣スタッフなど外部の要員が50〜60名ほど在籍し、合計200名規模で事業を展開しています。

私は新卒でゲームメーカーに就職し、その後同僚だった開発者を中心に創業メンバー8名でランド・ホーを設立しました。ゲームメーカーに在籍した当時はまだ5〜6人程度の小規模なチームで、せいぜい4ヶ月程度の短いスパンでゲームを開発していた時代です。開発者の意向を尊重し、作りたいゲームを自由に作れる環境でしたね。
しかし、ゲーム機の高度化とともに開発規模は20〜30人、1年以上の開発期間が必要になると、ゲームのコンセプトからマーケティング主導で決められるように移り変わります。こうした流れに抗うかのように、エースの開発担当社員が「自分の作りたいゲームだけを作る」とゲームメーカー退社を決意したのです。引き留め役を任された私も、いつしか彼の熱意に巻き込まれ、一緒に辞める流れになっていました。
塚本様が創業と同時に社長就任した経緯をお聞かせください。
創業メンバーのうち、私以外の7名は全員デザイナーやプログラマーといった開発職で、私だけが海外営業や開発の予算管理、プロジェクトの進行管理を担当していた経験がありました。そうした経緯から、私が暫定的に社長を受け入れることとなりましたが、気付けばその役割分担のまま26年目を迎えています。
私自身エンジニア出身ではないので自身が開発に関して指示をすることはほとんどありません。それもあり、ランド・ホーは特定のゲームにこだわるのではなく、社員が開発したいものを尊重しながらも新しい技術や市場の変化に対応して「挑戦する志」にはこだわってきました。
貴社が成長を続けてこられた要因をどのようにお考えですか。
お話したように、新しい挑戦をし続ける姿勢が原動力だったと思います。ゲーム業界では、新しいハードウェアが登場するたびに、それまで培ってきた開発ノウハウの多くをリセットしなければなりません。ある程度、時間が経過して環境が整うまでは、手探りで生産性の低い状態で取り組むことを余儀なくされますが、常に私たちは他社よりも早く開発に挑戦し続けてきました。
ハードウェアだけでなく、周辺機器やゲームエンジンの採用などにも、新しいものには率先して取り組みました。現在の主流であるUnityやUnreal Engineといった開発ツールも、国内では最も早く、海外と直接交渉して導入した経験があります。
こうして、いち早く実績を作ることは、次の仕事にもつながっていくものです。「既に新しいハードに対応している」「あのツールでの開発経験があるらしい」という評価が、次の受託の仕事を呼び込む好循環を生み出していったように思います。
ランド・ホーは、私が提案した社名で、冒険小説に出てくる海賊が新しい島を見つけたときに叫ぶセリフが由来です。私たち自身が、新しい宝島を見つけ続ける意気込みで挑戦してきたことは、カルチャーとして根付いていると自負しています。
その結果、採用活動にも良い影響が表れており、新しい挑戦を好む人材が集まってくれました。年齢や性別を問わず「一緒に新しいものを作ろう」と、将来有望なゲーム開発者の心に響いてきたように感じます。
IPOによって与信力と経営基盤の強化を目指した
当初、IPOを目指したきっかけを教えていただけますか。

IPOを意識し始めたきっかけは、2008年のリーマン・ショックです。大手ゲームメーカーの業績悪化により、受託開発の仕事にも影響がでました。それまで業界も私たちも順調な成長を続けていただけに、このような環境変化を予測できていなかったのが正直なところです。
待っていても仕事が来ないため、まずは当時、黎明期だった携帯電話向けのゲーム開発を始めました。スマートフォンが登場する前、いわゆるガラケーの時代で、私たちゲーム会社が本格参入する前の話です。さらに政府が企画した海外視察にも参加し、海外クライアントの開拓にも乗り出しました。これらの活動が実を結んで大型案件の獲得につながり、ようやく危機を乗り越えることができました。
この経験から、今後も同様の環境変化が訪れるだろうと予測し、その際に揺らぐことのない組織を作っておく必要があると痛感したのです。最近では、ゲームメーカーであるパブリッシャーもリスクヘッジのため、社会的信用力の高い企業への開発の依頼が多くなっていると感じております。その基盤固めの意味でもIPOは意義のあるものだと思っておりました。
当初、M&Aは次善策だった
M&Aキャピタルパートナーズに相談された経緯をお聞かせください。
実は東京証券取引所に上場申請をし審査もかなり進んだ段階で諸事情により取り下げた経緯があります。それを踏まえて今後の戦略を検討する際、近い将来再度の上場申請を目指すのか、M&Aによって上場企業の傘下に加わることで早期に社会的な信用力を得て、与信を担保することも選択肢の一つかと考えて、情報を収集することが当初の考えでした。
複数のM&A仲介会社にアプローチするなかで、M&Aキャピタルパートナーズを選んだ理由はいくつかあります。まず上場企業として実績があり、M&A仲介業界でも歴史のある会社だということです。次に、M&Aでは機密情報の保持が非常に重要ですが、組織体制も整っており、ガバナンスがしっかりしていると感じられたためです。
担当の安田さん、川田原さんにおいては、我々をよく理解しようとする姿勢と、業界に対する深い知見を感じました。特に印象的だったのは、企業価値の算出において、我々のビジネスモデルをしっかり理解したうえで、納得感のあるレポートを提示いただいたことです。他の仲介会社では安易に見かけの数値をよくするような試算もありましたが、結局デューデリジェンスで齟齬が生じては意味がありません。お二方にはそういった姿勢が一切なく、過去の変遷も踏まえて真摯に向き合ってくださいました。

初回の面談では、今後の会社の方針やIPOの準備も進められていたお話も詳しくお伺いしました。私たちも無理にM&Aを推奨するのではなく、あくまで選択肢の一つとして、上場企業グループに加わることで得られる与信力の補完や事業面のシナジーなども踏まえ、M&Aも比較検討いただく形でご提案しました。

過去、我々にはゲーム業界でのご支援実績が多数ありましたので、少しでもM&Aのイメージが伝わればと思い、どのような背景でオーナー様がご検討されていたかを事例を交えてご紹介させていただきました。初めてお会いした際から塚本社長の謙虚で温かみのあるお人柄と、本音でお話しいただける姿勢に感銘を受け、我々としても最適な選択肢を一緒に探っていこうという思いが強くなりました。
どのような条件でお相手の候補を選んだのでしょうか。
現時点では、あくまでもIPOとの比較検討と理解したうえで、M&Aがランド・ホーの成長に繋がるというポイントを重要視してお相手のご紹介を行いました。具体的には次の二つの基準を満たすお相手を候補先としてご紹介いたしました。1点目は、IPOを行った場合と同じように信用力の補完が可能であること。2点目は、ランド・ホーの基軸であるゲーム開発で培った技術を、お相手の事業にも活かしながら共に成長が見込めることでした。
複数社とお会いした企業の中で一番印象が良く、成長が見込めるお相手がOrchestra Holdingsでした。
トップ面談のご感想はいかがでしたか。

初回のトップ面談では、開始数分のうちにお互いのシナジーについて具体的なアイデアが次々と出てきました。私たちは新規事業としてRobloxというプラットフォームでの開発を始めておりましたが、これはZ世代やα世代向けPRツールとして非常に有効だと考えております。我々は開発の技術がある一方で、PRやマーケティングのノウハウは持っておりませんので、Orchestra Holdingsのマーケティングのノウハウと営業力は非常に魅力的であり、今まで培ってきた我々のゲーム開発の技術が活かせると感じました。
また、ランド・ホーが取り組みたい事業の一つにDX領域がありました。私たちは、ゲーム開発で培ったUI・UXのノウハウやサーバー技術を活かせばビジネスチャンスがあると考えていましたが、ゲーム業界以外の法人への営業のチャネルは持っていません。
一方Orchestra Holdingsは、DX事業でも豊富な顧客基盤を有しておりましたので、ここに我々のUI・UXのノウハウを組み合わせれば「うまくいくかもしれない」と、パズルのピースが合うような感覚がありました。
これまで多くのトップ面談に同席してきましたが、初回からここまで具体的な事業シナジーの議論になることは非常に稀だと思っております。面談終了直後に、Orchestra Holdingsの役員が「ワクワクします」と興奮気味に話していたのが印象的でした。
Orchestra Holdingsが掲げるビジョン「創造の連鎖」と、ランド・ホーが追求してきた「新しいことへの挑戦」の価値観が見事に合致しておりました。これが初対面にも関わらず、今後の両社におけるシナジーの議論にまでTOP面談でいきついた背景だと思っております。
早く成長軌道に乗せて業界で旋風を巻き起こしたい
最終的にOrchestra Holdingsを選んだ決め手は何でしたか。
決め手となったのはOrchestra Holdingsとのシナジーや根底にある柔軟な考え方でした。私たちの事業の柱であるゲーム受託開発の事業については高くご評価いただき、現体制を維持しつつも、お互いの親和性が見込める部分に関しては積極的に一緒に取り組んでいき、ともに成長を目指す方針でした。
25年間、私たちは新しいことに挑戦し続けてきた会社です。例えば同業種の傘下に入れば、こうした自由さが失われることを、何よりも懸念していましたが、全幅の信頼を置いていただき、社員が一緒になった後でも安心して継続勤務できるように我々の社風も尊重していただけたことは大きかったです
IPOを目指すなかで、ガバナンス体制や社内規程の整備など、多くの準備を重ねてきましたが、それらが実を結ばずに一度は頓挫したことを非常に申し訳ないと思っていました。しかし、今回ようやく日の目を見ることができたと安堵しています。デューデリジェンスがスムーズに進み、約1ヶ月という短期間で完了した点は、ランド・ホーのメンバーに誇りを感じているところです。
これほどDDがスムーズに進んだケースは珍しいと感じています。ランド・ホー社の場合、IPO準備によって体制が完璧に整っており、質問への回答や資料のご提出も迅速でした。経営陣や現場の方々が、長年にわたって真摯に会社経営に向き合ってこられた証だと思います。

夜間にメールのやり取りをするケースもありましたが、M&Aキャピタルパートナーズの対応の速さには本当に助けられました。私たちにとって初めての経験でしたので、細かな不安があっても、リアルタイムで返信をいただける心強さは言い表せません。
新体制での事業展開について、現時点での手応えをお聞かせください。
まずは予想していた以上にスムーズな船出となっています。例えば社内のコミュニケーションについて、偶然にも両社が同じツールを使用していたことで、M&A翌日から社員同士がスムーズに連絡を取り合える環境が整いました。
また、Orchestra Holdingsは従来からM&Aに積極的ですが、新たに加わる者に対する壁を一切感じません。現場レベルでも、既に何百回と一緒に仕事をしてきたかのように接していただいています。
だからこそ、私たちのゲーム開発のノウハウと、Orchestra Holdingsのデジタルマーケティングの知見を組み合わせ、新しい価値創造を1日も早く実現したいです。M&Aは私たちにとってゴールではなく、新たなスタートラインです。グループとしての信用力もうまく活用し、ゲームでも大きなプロジェクトに挑戦し続けていきたいと思います。
これからM&Aを検討する経営者の皆さまに向けたメッセージをお願いします。

IPOの準備を進めていたことが、M&Aのプロセスにおいても非常に有効だったことは間違いありません。経営者は、いつでも外部の評価に耐えうる体制づくりを心がけておくことが、IPOを目指すにしても、M&Aを選ぶ場合でも重要です。
判断の軸をぶらさない重要性についても、お伝えしたいと思います。私は今回、経済条件を最終的な判断基準としないと決めていました。シナジー、会社の安定性、事業の継続性の3点にのみフォーカスし、判断基準は最後まで変えませんでした。自社なりの明確な基準を持つことが大切だと感じました。
ゲーム業界に限らず、業績の波が大きい業界は少なくありません。しかし、業績変遷の背景や将来の可能性をしっかりと説明できれば、一時的な業績の変動は大きな問題にならない場合もあります。
また、IPOとM&Aを比較検討される経営者も増えていますが、企業の将来にとって必要な手段はどちらかを判断する上ではM&Aの情報収集もすることが重要かと思います。今後も、そうした判断基準の提示を通じて、さまざまな意志決定のサポートができればと思います。
M&Aにおいては、事業内容だけでは感じ取れないお互いの企業理念やビジョンの親和性は検討の過程においても重要な指標だと感じております。単なる規模の拡大目的だけでなく、お互いの価値観が合致することで、一緒になった後もスピード感をもってより大きな相乗効果が生まれると確信しています。このようなM&Aに関わることができたことをうれしく、誇りに思っています。

文:蒲原 雄介 写真:平瀬 拓 取材日:2024/11/7