従業員の未来を託すという覚悟。
ウェディングドレス事業に込めた想いの承継
ウェディングドレスのレンタル事業を手がける株式会社TIGは、安価で高品質なドレス提供、自社で制作するブランドドレスにより、顧客から高い評価を得ている。2025年、同社は株式会社くふうウェディングへの株式譲渡を決断した。愛着ある事業の未来をどのように捉えているのか、そして今後への想いを代表取締役の昌山理紗様に伺った。
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譲渡企業
- 会社名
- 株式会社TIG
- 所在地
- 東京都墨田区
- 事業内容
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ウェディングドレスレンタル、
フォトウェディング運営 - M&Aの検討理由
- 将来的な後継者不在・成長発展のため
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譲受企業
- 会社名
- 株式会社くふうウェディング
- 所在地
- 東京都中央区
- 事業内容
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結婚式場の口コミサイト「みんなのウェディング」、結婚式プロデュース・インポートドレスの販売
- M&Aの検討理由
- ウェディングドレスレンタル機能の内製化のため
レンタル価格への疑問を出発点に新たなビジネスが始まった
ウェディングドレスのビジネスを開始したきっかけを教えてください。

自身の結婚式で着用するウェディングドレスを探していた際、都内のドレスショップで、ワンピースタイプのドレスで1日20万円という金額に大きな衝撃を受けました。同時に「もっと安く手に入れる方法はないのか」という疑問が芽生え、海外の情報も調べてみることにしました。その過程で、アメリカで廃業したドレスショップの存在を知り、わずか200ドルで10着のウェディングドレスを譲り受ける機会に恵まれたのです。
届いたドレスの品質は良く、1日あたり20万円のレンタル品と比べても遜色ありません。仕入れた10着を誰かに着用してもらおうと、結婚を控えた知人のカップルに声をかけると、数組がすぐに関心を示してくれました。値付けに迷った末、1着7万円でお貸ししたら、安いうえに品質が高いととても喜ばれたので、これは事業として成り立つのではないかと考えるようになりました。
創業後、どのように成長していったのでしょうか。
当時はウェディング業界全体が活況を呈していたこともあり、お客様が途切れることがないほど多くのご依頼をいただきました。やがて私一名では対応しきれなくなり、事業の拡大に合わせて徐々に従業員を増やしていきました。2009年には個人事業での展開に限界を感じ、さらなる成長と組織化を見据えて株式会社TIGを設立したという経緯です。
法人化後も事業は好調でしたが、私自身は仕事に没頭するあまり、自身や従業員のことを省みる余裕を失っていました。24時間365日働くような状況が常態化し、従業員に厳しく当たることも増え、社内は決してよい雰囲気だったとは言えません。
現在のご様子からは想像できませんが、そうした状況をどう乗り越えたのでしょうか。
転機となったのは、知人の紹介で稲盛和夫さんが主宰する盛和塾に参加させていただいたことです。そこに集まる経営者の方々が「社会のため、従業員のために働く」と語る姿を見て、これまでの自分の経営姿勢を深く反省しました。同時に従業員が喜んでくれる会社にしたいという強い想いが芽生えたのです。
そしてこの想いは、なかなか子宝に恵まれなかった時期を経て第一子を授かったときに、さらに確固たるものになりました。子どもと過ごすために休暇を取ったとき、時間にゆとりのある環境の素晴らしさを初めて実感しました。その後、社内託児所の整備や福利厚生の拡充に取り組み、従業員や家族が心身ともに健やかな状態で働ける職場環境の実現を進めました。現在では従業員とお互いに育児をサポートし合える関係になっているのではないかと思っています。
その後、自社でもブランドを立ち上げられました。この経緯をお聞かせください。
自社ブランドを立ち上げたのも、ちょうど自身の子どもが生まれた頃です。従来は既製品のドレスのみを取り扱っていたため、お客様からデザインに関するご要望をいただいても、お応えできないことが少なくありませんでした。「腕の露出を抑えたい」「リボンがついたデザインがいい」など、一生に一度のウェディングドレス選びに、花嫁がこだわるのは当然のことです。
そうしたお客様の声を日々聞く中で、自社でドレスをデザインするという挑戦が始まりました。実現まで3年ほどかかりましたが、社内外から予想をはるかに上回る反響が寄せられたのです。従業員たちは「世界で一番かわいい」と心から信じて、デザインしたドレスをおすすめできるようになりました。これまでにいただいた数千ものご意見が反映され、お客様のお悩みを解決できるデザインが施されています。この取り組みにより、TIGは理想とするドレスを制作できるようになり、お客様は希望にあったドレスを着用できるという理想的な循環モデルができ上がったように思います。
自分に万が一のことがあったら。経営者として向き合った承継という課題
順調にビジネスが拡大する中で、M&Aを検討するきっかけについて教えてください。

私は以前から、父が営む会社の手伝いもしていました。父は伝統的な経営手法を重んじる人物で、会社のデジタル化がほとんど進んでいませんでした。2020年頃から本格的な改革に取り組み始め、社内システムの導入やルール構築を急いで進めていたのです。さらに、父は不動産会社を新たに設立しました。従来の会社とTIGをあわせて、3つの事業を同時に手がけることとなり、私の負担が大幅に増加していたという背景があります。
また、TIGの元従業員が急逝するという出来事があったのです。その方は、退職された後も家族ぐるみのお付き合いをしていた身近な存在でした。同世代の方を突然失ったことで、大きなショックを受け、私自身も「何かあったとき」のことをより真剣に考えざるを得なくなりました。会社はどうなるのか、従業員の雇用は守られるか、そんな不安が日増しに大きくなっていったのです。
父の会社は親族以外どうにもできないと考え、TIGの事業を従業員の中から新たなリーダーに受け継いでもらいたいと考えました。しかし、中核となる従業員は子育てを理由に退職し、残っている幹部のスタッフにも継ぐ意思がないと断られてしまいました。そこで、自然とM&Aで譲渡する方法に目が向かい始めたのです。
どのような経緯でM&Aキャピタルパートナーズと出会われたのでしょうか。
偶然、M&Aキャピタルパートナーズの緒方さんからお手紙をいただいたことが直接的なきっかけです。多くのM&A仲介会社からお誘いの手紙は届いていましたが、それまではほとんど読まずに処分していました。しかし、知人がM&Aキャピタルパートナーズを通じて会社の株式を譲渡したという話を聞いていましたので、一度だけお話を伺ってみようと考えました。
緒方さんから見た昌山様の第一印象をお聞かせください。

昌山様にお会いしたときの第一印象は、聡明でありながら思いやりにあふれた経営者でいらっしゃるというものでした。お手紙をお送りした経緯やTIGについて私たちが調査して把握している情報、さらに標準的なM&Aの流れについてご説明している間も、真剣かつ穏やかな表情で話を聞いてくださいました。

昌山様は私たちとお会いする前から、会社の将来についてかなり深いところまでお考えでした。一般的な事業承継の選択肢についてご説明したところ、すでに従業員の方々とのお話は済んでいるとのことでしたので、状況や課題を明確に整理されたうえでご相談いただきました。
ビジネスについては、若者人口の減少や結婚しない方の増加により、ウェディング業界の成長鈍化や衰退を懸念する声もあります。しかし、TIGは接客される従業員様が自ら顧客の声を反映させたドレスを自社企画して提供していたり、本社スタジオでのフォトウェディング、自宅試着サービスなど、多様なサービスで、安定した経営と高い顧客満足を実現されてきたことに感銘を受けました。
お二人とも終始一貫して、非常に丁寧で、スピーディで誠実な対応をしてくださいました。初対面の時点でこの方々なら安心してお任せできるという信頼感が生まれました。
価値観が合致するパートナーと出会い、決断に迷うときも見守ってもらえた
どのように候補先を選定し、絞り込んでいったのでしょうか。
TIGは本業のレンタルドレス事業を中心に、海外へのドレスレンタルや観光地での和装レンタル、出張フォトウェディングなど、複数の事業展開を計画されていました。また、カフェ事業も手がけるなど経営の多角化にも取り組んでいらっしゃるので、ウェディング業界に限定せず、幅広い可能性を模索する方向でご提案いたしました。

ウェディング業界は、急激な成長は望みにくい状況です。しかし、この仕事が好きで頑張って働いてくれる従業員が未来に希望を持てないのは望ましくありません。M&Aによってシナジーが生まれ、会社と自身の将来像に夢を描けるような会社を推薦してほしいと、緒方さんと安田さんにお願いしました。
これまでTIGでのキャリアは、管理職を目指すか、フィッティングコーディネーターのようなドレスに関するスキルを高めるかといった、限られた選択肢しかありませんでした。M&Aはこうした制約を打破し、これまでは提供できなかった成長の可能性を生み出すチャンスだとも考えていたのです。
候補の中から株式会社くふうウェディングを選んだ決め手は何でしたか。
くふうウェディングは「結婚を祝う新しいカタチをつくる」をミッションに掲げ、ウエディング情報サイトの運営や結婚式のプロデュースなど、総合的なサービスを提供しています。直接お会いし、すぐ事業に対する価値観が合致していると感じました。TIGのビジネスはBtoCの視点を重視しており、お客様のご要望にどれだけ寄り添えるか、お客様に喜んでいただくためには何が必要かを常に考えています。こうした取り組み方や考え方にも共感していただけたと思います。
従業員の姿勢を評価していただいたのも嬉しく感じました。人材よりも、ビジネスモデルに興味を示していると感じる会社もありましたが、くふうウェディングからは「従業員のキャリアを含めた事業全体を大切にしたい」との言葉があったのです。その際に、会社の未来をお任せする相手として、理想的なのではないかと感じました。
成約にいたるまでのM&Aキャピタルパートナーズのサポートについてはいかがでしたか。
初回の面談から、今日まで、ずっとお二人にお願いして本当に良かったと感じています。特に素晴らしいと感じたのは、私が一度M&A自体を取りやめたいと申し出たときの対応でした。周囲からさまざまな意見をいただく中で考えがまとまらなくなったため、私がわがままを言ったのですが、お二人は無理に勧めることも、私に翻意を促そうとしたこともありませんでした。

大切に育てられた会社を譲渡されるという局面で悩まれる経営者は少なくありません。あわてて下した決断が後悔につながることもありますので、M&Aを進める場合のメリットやデメリットの整理や情報提供は最大限したうえで、あとは昌山様のお気持ちが固まるまでお待ちしようと緒方と話していました。
やはり最終的な判断は経営者ご自身でしかできません。私たちができることは、気持ちが再び前へ向いた際に、速やかなサポートができるように準備することだけです。昌山様から今こうして当時の迷いや葛藤をお聞きできて、また私たちの姿勢をご評価いただいて嬉しく思っています。
常に昌山様のお力になることを考えてサポートしましたので、最終的にM&Aが成立した日には深い感動を覚えました。昌山様のご決断をお手伝いできたことは、私としても大きな喜びです。
契約締結の当日、緒方さんは感極まって私よりも先に涙を流していました。その姿を見て私も胸が熱くなりました。これほどまで、他者のことに心を砕き、私以上に喜んでくれる方たちを頼ることができて幸運だったと思っています。
「譲り受けてよかった」と言ってほしい。創業者としての挑戦は続く
その後、会社にどのような変化が起きているかお聞かせください。

まだ数ヶ月しか経過しておらず、現時点では業務内容に大きな変化はありませんので、従業員への影響は全くないと言ってもいい状況です。M&Aについては検討段階から伝えていたこともあって特に驚きや戸惑いは見られませんでした。今後は、くふうウェディングの力をお借りして、社内制度の見直しや強化を進めていきます。組織体制や評価制度の整備が進む段階で、従業員も変化を実感することになるでしょう。
ウェディングドレス事業だけにこだわらず、グループ内のさまざまな資産を活かして、皆が主体的にキャリアを切り拓いてくれたらと期待しています。
当面は私自身が引き続きTIGを率いますので、一日も早く目に見える成果を出したいと考えています。これまでとは異なる企業文化の方々と一緒に働く難しさも感じています。一方で、これまでは経営について相談できる相手がいませんでした。同じ志をもったパートナーが身近にいることは、とても心強く思っています。まずは譲渡した企業の責任として、くふうウェディングに「TIGを譲り受けて良かった」と満足してもらわなくてなりません。それが最低限の私の務めです。M&Aによって生まれるシナジーを最大限に活かし、従業員にとってもお客様にとってもより良いサービスを提供していきたいと思います。
最後に、M&Aを検討されている経営者の方々へメッセージをお願いいたします。
中小企業の経営者で後継者問題に頭を悩ませている方は、本当に多いはずです。事業を継続し、会社を残したいという意向があるのなら、M&Aは有効な選択肢の一つになるでしょう。今回、M&Aキャピタルパートナーズというプロフェッショナルにサポートしていただいたのは本当に良い判断でした。
M&Aに対して懐疑的な見方を持つ経営者様もいらっしゃるかもしれません。ですが、私の会社のために汗を流し、誠実に取り組んでくださる方がいたという事実を、今一度お伝えしたいと思っています。経営者の個人的なつながりに頼っているだけでは、想像もできないような選択肢を示していただくだけでも、得るものは大きいはずです。
今回、昌山様のような人間的にも尊敬できる方のご支援ができて、最後まで気持ちの良いお仕事をさせていただきました。今のお話しにあったように、譲渡後に譲受企業が満足できるようにとお考えになっていたり、従業員にも顧客にもあらゆる面で誠実な姿勢を貫く昌山様のお手伝いができましたこと、私も心からうれしく思っております。
昌山様が満足してくださったという事実と、ありがたい数々のお言葉は一生忘れられない財産となりました。こうした機会にかかわらせていただいたことに改めて感謝申し上げます。
今後も経営者様が大切に育ててきた事業のバトンを渡すサポートを誠心誠意努めていきたいと思います。

文:蒲原 雄介 写真:松本 岳治 取材日:2025/07/02
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