「60歳を過ぎても昇給する給与体系」約束の末の決断。
独自の戦略で成長を遂げた保険代理店のM&A
徹底した事故対応力で、損害保険の顧客から信頼を積み重ねてきた株式会社グローバルサービス。同社は、従業員に「60歳を過ぎても昇給する給与体系で働き続けられる環境」を約束していた。その約束を確実に守るため、代表取締役の山本 篤様は、後継者問題の解決策として株式会社RM ホールディングスを譲渡先としたM&Aを決断。従業員を守るだけでなく、両者の強みを活かし合う理想的な補完関係が期待される。今回は、その経営判断の背景について詳しくお聞きした。
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譲渡企業
- 会社名
- 株式会社グローバルサービス
- 所在地
- 大阪府大阪市
- 事業内容
- 保険代理店
- M&Aの検討理由
- 後継者不在のため
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譲受企業
- 会社名
- 株式会社RM ホールディングス
- 所在地
- 東京都板橋区
- 事業内容
- 保険代理店等
- M&Aの検討理由
- 大阪エリアへの進出のため
事故対応力を磨き独自の成長を遂げた保険代理店
まず、ビジネスの場として保険業界を選んだ経緯をお聞かせいただけますか。

神戸大学卒業後、商社と並んで高給だった損害保険会社への入社を決めました。しかし、入社直後に感じたのは、業界の在り方に対する違和感でした。損害保険とは本来、みんなでお金を出し合って、被害を受けた人を助ける相互扶助の仕組みのはずです。ただ、私の目には、企業規模や取引関係によって対応に差が生じているように映りました。批判や衝突を避けようとする保守的な雰囲気にも馴染みませんでした。
社会の状況が変われば、損害保険のニーズは変化し、ビジネスモデルさえも変革していかなくてはなりません。しかし、リーダーとされる人材の中にも、経営陣が決めた方針に黙って従うだけで、イノベーションを起こそうとする人材は極めて稀だったように思います。ここで働き続けることへの閉塞感から早々に退職を決断し、一度は保険業界を離れました。
それでも後に、保険代理店を創業したのはなぜでしょうか。
その後、従業員10名程度の小さな自動車関連の会社を経営する社長に拾ってもらい、ここで自動車の修理や車検などを勧める営業を始めました。スキルを磨くうちに、はじめて自分の仕事が誰かに評価される喜びを知るようになります。仕事が面白くなるほど、ますます仕事に打ち込み、やがて社長からは独立を勧められました。上昇志向が強く、新たな道を切り拓く生き方が性に合っているというのは、社長も見抜いていましたし、私にもその自覚がありました。社長自身には、やがて自分の息子に会社を継がせるプランがあったため、長く勤めても私が経営者になれる可能性はありません。
そこで自分の会社を設立することにしたのですが、このときの資本金を社長が出資してくれて、背中を押してくれました。社名のグローバルサービスは、当時取引のあった保険会社の営業担当者のアドバイスを参考に、「保険に限らず、どんなテーマでも相談される会社になりたい」という思いを込めて名付けたものです。
創業の頃を振り返った際に、今日のような会社の成長はイメージできましたか。
いいえ、特に最初の5年ほどは本当に苦戦の連続で、生きるのに必死でした。今のような姿が想像できるはずもありません。保険の世界を甘く見ていたと痛感させられ、創業したことを後悔するほどでした。自動車修理の営業では、車検や定期点検の内容によって価格差がつけやすく、さまざまな方法で差別化ができました。しかし保険は違います。保険料も補償内容も横並びで、どの代理店で加入しても同じです。だから歴史があり、顧客がついている代理店に勝つのは困難なのです。「保険なんて誰にでも売れる」と、私に驕る気持ちがあったのも否定できません。
転機となったのは、ある運送会社の保険を扱わせてもらえるようになったことです。何十台もの車両を抱える運送会社では、毎日のように大小さまざまな事故が発生し、都度対応が必要になります。そこで私は、すぐ保険会社に対応を任せるのではなく、自ら事故対応にあたることにしました。そうすることで、保険に関する知識を蓄え、最善のお客様対応ができるようになると考えたのです。
多くの代理店は、保険会社に確認しなければ返答できない場面が多く、確認待ちの時間が発生しがちです。その間に顧客は不安な状態で待たされることとなり、それでは一流の営業マンとはいえません。お客様は、今すぐ正確な情報を必要としています。その場で即答できる対応力が、当社の強みであり、顧客への価値提供としても重要だと気づきました。
実際の保険対応が何よりの教材だったということですね。

私にとって勉強になっただけでなく、事故に遭遇して不安を抱えるお客様にも安心していただけるようになったことは、大きなやりがいとなりました。法律の解釈、保険の適用範囲、賠償責任の範囲など、知らないことばかりでしたが、毎日どれだけの知識を得られたかわかりません。そして、顧客の業界が違えばニーズも違うため、運送会社から土木建築、製造業と、顧客の業種が広がったことがさらに事故対応力の向上につながりました。何かが起きても保険会社に任せるだけの一般的な保険代理店と比べ、差が開くのは当然のことだったと思います。
そして、この事故対応のノウハウを事務所のメンバーに落とし込もうと、社内教育も積極的に行いました。その結果、事務スタッフは対応が丁寧なだけでなく、私と比べても遜色のないレベルの的確なお客様対応ができるようになりました。せっかちな性格でで、必要なことのみ伝える私と話すよりも、お客様は自然と親切な事務所へ電話をするようになりました。この結果、私はますます新規開拓の営業に専念できました。スピーディで正確な対応が評判を呼び、新規営業をしなくても口コミでどんどん顧客が増える好循環が生まれました。信頼が新たな信頼を呼び、保険会社にも驚かれるほどの売上につながっていったと思います。
「60歳を過ぎても昇給する給与体系」従業員との約束がきっかけ
M&Aを意識したのはいつ頃からだったのでしょうか。
50歳を過ぎてから、後継者の問題や事業承継について、真剣に考えなくてはならないと思うようになりました。頭の隅には、かつて従業員と交わした約束があったためです。60歳を過ぎて定年を迎えると、再雇用の制度はあっても給料が以前から激減する企業は少なくありません。しかし、グローバルサービスの考えは違います。以前から、「60歳を過ぎても昇給する給与体系で、働きたい限り働き続けられる環境を保証する」と話していました。ただ、社長への依存度が高いこの組織で私に何かあったらどうなるのか考えると、不安は拭えませんでした。
病気になったり事故に遭ったりする可能性を、誰もが完全に否定はできないでしょう。もし突然の病に倒れたら約束が守れないだけでなく、従業員を路頭に迷わせてしまうかもしれません。改めてその責任の重さと向き合い、あらゆる手を使ってでも、そんな事態だけは避けなければならないと誓いました。それが経営者としての最低限の責務だと思ったのです。
とはいえ、後継者探しは簡単ではありません。難しくなっている原因の一つに、保険業界を取り巻く環境の変化が挙げられます。人口減少社会に突入し、カーシェアリングのような新しいサービスが広がる中で、人々の消費行動も変わりつつあります。いまや「何でも保有して保険を掛ける」という時代ではなくなりつつあるのです。社内に後継候補として考えていた人材もいますが、一人で会社を支えるには負担が大きいと思いました。さらに株式取得の問題もあり、会社の価値や株価が上がっていたため、従業員一人が株式を取得するのは金銭的な面からも現実的ではありませんでした。
そう考えた時、磐石な備えという意味では、やはりM&Aという選択肢が必要だと判断したのです。しっかりとした組織的な後ろ盾があれば、私に万が一のことがあっても、従業員たちは守られます。これがM&Aを真剣に検討し始めたきっかけです。
さまざまなお誘いがあったと思いますが、M&Aキャピタルパートナーズに面会の機会を作ってくださったのはなぜですか。
多くのM&A仲介会社からアプローチをいただいていましたし、山田さんとも実は2年前に一度お会いしていました。山田さんからは手紙と電話をもらい、他社のM&Aの事例について丁寧に説明を受けましたが、その時はまだこちらも情報収集の段階で、具体的な検討を始めるつもりはありませんでした。それから1年以上経過したタイミングで、今度は私から山田さんに連絡をしたのです。一人の社員が独立した時期だったので、今がきちんと体制を整える好機だと考えたためです。

初めてお会いした時から、山本様のお話には力強さがあり、日本一の保険代理店とお呼びしても過言ではないほど、特別なセールスパーソンでいらっしゃいました。先ほどもご説明があったような、自らが保険の知識を蓄えて事故対応を行うという保険代理店の姿は、これまでの私の価値観がひっくり返るほどのインパクトがありました。一方、傑出した経営者が、後継者の不在に悩むケースは決して少なくありません。まだ年齢もお若く、健康状態にもご不安はない状況でしたが、早くから「従業員のために」と真剣に行く末を検討される姿に感銘を受けていました。
山田さんの対応からは、自分自身がこの保険や金融の業種におけるM&Aのエキスパートになるのだという強い気概を感じていました。まず、私との打ち合わせで出る質問には、絶対にその場で説明できるように準備しているのが伝わってきました。こうした姿勢は、私自身が顧客対応で大切にしていた即断即決の考えと重なり、性格的な相性も非常に良いと感じたのです。これまでの経験から、その場で回答せずにいったん持ち帰る人は、いつまで待っても回答を出せないことが多くあります。その点で山田さんの姿勢は全く違いました。私の性格を見抜いて、合わせてくれたのかもしれません。

嬉しいお言葉をありがとうございます。おっしゃる通り、山本様は決断力がある一方、論理的な思考プロセスを大事にされる方だと感じましたので、打ち合わせの前にはあらゆるシミュレーションをして、山本様の疑問や心配を先回りできるように意識しました。
交渉のフェーズに入った時は、スピード感のある対応も頼もしく感じていました。交渉事では、熱が冷めないように時間を置かないことが鉄則です。先方へ確認してほしいことを、こちらの意図を的確に汲み取ったうえで迅速に伝えてくれたので、コミュニケーションが非常にスムーズでした。素早く両者のニーズを明確にできたのも、それだけこちらに真剣に向き合ってくれたからこそだと思います。
正反対のビジネスモデルが生む理想的な補完関係
譲受企業として名乗りをあげた、株式会社RM ホールディングスの第一印象をお聞かせください。
我々とさほど規模が変わらないと聞き、最初は不安がありました。本当に資金調達が実現できるのか、心配に思ったものです。ところが、全株式の一括取得という意向を聞き、その印象が大きく変わりました。段階的な株式取得や一部買収といった折衷案も想定される中で、あえて全額にこだわる姿勢から、先方の強い覚悟を感じたのです。
話を聞けば、単なる投資目的や、余剰資金の運用先を探しているような会社とは明らかに違う本気度が伝わってきたので、私も全力で応えようと思いました。実際にお会いし、互いの強みが異なることがプラスになる、弱点を補完し合える関係になれるとも確信しました。

グローバルサービスは、特定の保険会社1社のみを扱う専属代理店で、顧客のほとんどが法人。対して、譲受側のRMホールディングスは、グループ会社を通じて複数の保険会社を扱う乗合型代理店で、主な顧客は個人。一見すると正反対で、M&Aでは珍しい組み合わせです。しかし、両社の初めての顔合わせでは、すでに違いをポジティブに捉えていた姿が印象的でした。こうした補完関係は、M&Aの理想的な形の一つとして、今後増えていくのではないかと思います。
営業のアプローチや組織の編成も全く異なりますが、重要なことは、成果が出ている組織は、それぞれが正解だということです。そのため、どちらかに統一する必要はないと考えています。地域も関西と関東で離れているので、それぞれの独立性は完全に保たれます。むしろ互いに競争心を持って、先方より早く営業目標を達成して、存在感を示したいと思っています。
M&Aにより、従業員の未来を守りつつも攻めの経営を実現する
当面のグローバルサービスの体制についてはどのような計画でしょうか。

何も変わりません。先方の小林さん(株式会社RMホールディングス 代表取締役 小林 元気 様)からも、営業スタイル、経営手法、取引関係など変える必要はないと言われています。この言葉に、経営者としての器の大きさを感じましたし、私は自分たちの会社を守るために、一番大切である「従業員が安心して働き続けられる環境維持」に努めていきたいと思います。
ビジネスにおいて、相手の強みを認め、それを活かそうとする姿勢は簡単なようで難しいと思います。多くの場合、譲受側は自社のやり方を押し付けがちです。しかし彼らは、私たちが築いてきた独自の価値を認め、それを大切にしようとしてくれました。この懐の深さと経営哲学に感銘を受けました。私たちよりも彼らのほうが若く、これから何でも挑戦できるでしょう。将来性も十分であり、従業員の将来を任せられると感じました。
M&Aを発表したときの従業員は、皆一様に驚いていました。私が会社を引っ張ってきたことを知っているからこそ、まさか私がM&Aを選ぶとは予想していなかったのでしょう。しかし、自分に万一のことが起きた時のためを考えての決断だったと説明すると「それほどまでに考えてくれていたのか」というポジティブな声もあがりました。そして私が代表者として残る旨と、現場の仕事は今までと変わらず、経営基盤としては安定する旨を伝えました。その後、従業員たちは今までと変わらず、いつも通りに働いています。
同じようなM&A検討中の経営者に向けて、メッセージをお願いします。
経営者として、従業員を最優先に考えるべきです。雇用を第一に考えるのであれば、法人を存続させるために何が必要か、真剣に考えなければなりません。後継者がいるならM&Aの必要ないかもしれませんが、いないのであればいち早く検討すべきです。
創業からの事業成長を考えると、身内以外の従業員が株式を譲り受けるのは金銭的に困難で、大きな借金を背負わせることになりかねません。しかし、自分が高齢になれば、徐々に判断力も低下するでしょう。私の場合、まだ判断力があるうちに、従業員の将来を確実に守れる道を選べましたので、今がベストタイミングだったと思います。M&Aを選択することは、決して逃げでも、終わりでもありません。従業員を守り、会社を永続させるための戦略的な選択です。
今回は、グローバルサービスの卓越した事故対応力と、RMホールディングスのグループ会社を通じた乗合代理店としての強みが融合し、理想的なマッチングとなりました。山本様が長年かけて築き上げてきた「その場で即答できる対応力」という独自の価値と、RMホールディングスのグループ会社を通じて持つ幅広い商品ラインナップが掛け合わさることで、両社に新たな成長の可能性が開けると確信しています。従業員の皆様にとっても安心できる事業承継の体制が組めたこと、このような意義深いM&Aに携わらせていただけたことを、大変光栄に思っております。今後も保険代理店業界の健全な再編と発展に、全力で貢献していく所存です。

文:蒲原 雄介 写真:蔵屋 憲治 取材日:2025/8/25
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