それぞれの選択 #94 医療法人×経営権の承継

地域にとってなくてはならない病院を存続するために。
90歳理事長の決断

医療法人木下会 うしぶか心愛病院は、熊本県天草市南端部・下天草エリア唯一の精神科病院だ。外来診療、デイケア、訪問介護に対応し、120床を有する病棟では入院患者の受け入れを行っている。開業から55年が経った今でも、「なくてはならない医療施設」として地域医療を支えている。今年で90歳を迎える木下裕章理事長は、現役医師として現場に立ちながら、これまで医療法人を守ってきたが、なぜM&Aによる譲渡に踏み切ったのか。事業承継に至るまでの経緯を伺った。

  • 譲渡企業

    会社名
    医療法人木下会 「うしぶか心愛病院」
    所在地
    熊本県天草市
    事業内容
    精神科病院の運営
    M&Aの検討理由
    後継者不在のため
  • 譲受企業

    会社名
    Carus Medical Group
    所在地
    秋田県大仙市
    事業内容
    病院、クリニックの運営
    資本金
    1000万円
    M&Aの検討理由

    後継者不足に課題を持つ医療法人の支援、地域医療の存続のため

90歳になった今でも現役で医療活動に従事

まずは医療法人木下会のご紹介と、この病院を開業された経緯からお話しいただけますでしょうか。

木下
医療法人木下会 理事長 木下 裕章 様(以下、木下)

 120床の精神科病院を運営しています。熊本県の平均病床数は200床ですから、それほど大きな規模とは言い難いですが、天草に住む多くの患者さんにご利用いただいております。通院されている方の多くは、認知症です。通院患者の診療はもちろん、入院患者も受け入れています。

 

 この地域では認知症の高齢者が増えていますが、過疎化が進み、彼らの保護ができる方もどんどん少なくなってきているので、木下会では社会生活にうまく順応できない認知症患者を受け入れ、彼らの生活をサポートしています。

 現在、私は90歳になりますが、35歳のときに開業したので、今年で55年目を迎えます。私自身、理事長として病院の運営に携わる傍ら、今でも現役の医師として往診にも出ています。バスやタクシーに乗れないような交通の便が悪いところに住んでいたり、認知症を患いながら一人暮らしをされたりしている方々のところに伺い、診療にあたっています。これは地域に根差した病院を運営する、私たちの使命だと自覚しています。

「助けてほしい」と手紙に書き綴った

この地域になくてはならない医療機関のひとつとして認識され、貢献されてきた病院です。どのようなきっかけからM&Aを意識するようになったのでしょう。

木下
木下

 私自身が高齢になったため、もともと後継者を探す必要があると感じていました。とはいえ、真剣に考えはじめたのは2、3年前からです。医者は、自分の身体が元気なうちは、現役でいるという考えをもっていましたので、90歳まで現役を続けてきたことは、私にとってはごく普通のことでした。しかし、診療だけならまだしも、病院運営にも注力しなくてはならないとなると話は別です。おかげさまで病院運営は安定していますが、経営には精神的な負担も伴うため、医者と経営者という立場を両立するとなると、やはり90歳くらいが限界ではないかと考えるようになっていました。ところが、後継者を探すことは、簡単なことではありません。

90歳まで現役医師として医療現場の最前線で働き続ける先生の姿勢に感銘を受けました。それだけ気力も体力も充分だったということでしょうけれども、これまで後継者について考えていなかったとは驚きです。

木下

 もちろん、まったく考えてこなかったわけではありません。私には子どもが3人いて、みんな精神科医になったので、そのうちの誰かが継いでくれるだろうと、漠然と考えていました。当初は家族全員で力を合わせて病院運営や診療にあたっていたのですが、娘は結婚してここを離れていきましたし、息子は病院に残って私を助けてくれていますが、数年前に心筋梗塞を患いました。親としては、息子にあまり心労をかけたくはないという思いから、経営を任せるのは難しいと判断し、家族の誰かがこの病院を継ぐのは難しいと考えるようになりました。

 しかし、これだけ多くの患者さんに頼りにされている病院を簡単に閉じるわけにはいきませんし、今さら家族以外の勤務医から候補者を探すのも現実的ではありません。さらに天草は都市部から距離があり、過疎化が進んでいる地域であるため、自らの力で後継者を探すのは困難だと考えました。途方に暮れていた時に、タイミングよくM&Aキャピタルパートナーズの山本さんからお手紙をいただきました。

M&Aが先生のお悩みの解決手段になりうるという認識はすでにお持ちでしたか。

木下
木下

 いいえ。これまでM&Aという言葉は知っていても、それが私たちに関係があるという認識はまったくありませんでした。いつもなら、そういった封書はすぐに捨てていたのですが、その日はたまたま手紙に目を通し、そこに「後継者問題の解決をお手伝いします」という一文を見つけました。それで興味をもったのですが、M&Aキャピタルパートナーズは東京にある会社なので、こんな天草の地にまで足を運んで本当に手伝ってくれるのだろうかと、少し不安でした。

 それでも少しの可能性にかけて、M&Aキャピタルパートナーズに連絡を入れることにしました。地域や病院の状況を手紙に書いて、何に困っているのかを正しく伝えようと考えました。そして、お聞きしたいこともきちんと書いて送ったところ、山本さんから「天草にお伺いしたい」というお返事をいただき、こんな遠くまで来てくれることに驚くと同時にありがたさを感じました。

 

天草という地域に理解のある先生を探してくれた

ここからは、担当の山本さんも交えてお話を伺います。山本さんの第一印象をお聞かせいただけますでしょうか。

木下

 山本さんは、いわゆるスマートな東京の人で、背が高くて若くてうらやましいと思いました。話してみると、誠実な方だとすぐにわかりました。私たちが置かれている状況をご理解いただき、M&Aに対する私の疑問にもきちんとお答えていただいて理解を深めることができました。

山本
M&Aキャピタルパートナーズ株式会社 企業情報部 主任 山本 宏司朗(以下、山本)

 お手紙をいただいた時から感じていましたが、改めてこの天草という地域には木下会が絶対に必要だ、と実感しました。この地域で生活されている方々のために、何らかのかたちで病院を継承する手段を講じる必要があり、そのひとつにM&Aという方法があるというお話をさせていただき、「熊本県に限らず、全国からお相手を探さなければ」と使命感を持ってご支援させていただきました。

木下

 山本さんのお話を伺って、M&Aによる病院の承継は有効だと感じましたし、最適なお相手がいるのであれば、山本さんにご支援をお願いしたいと思いました。しかし、ちょうど同じ時期に、取引先の銀行からもM&Aのご提案をいただいたばかりでした。銀行との付き合いも大事なので、その提案を受けることにして、山本さんには「申し訳ないけれども…」とお伝えしました。

山本

 私はあくまで、木下会が存続することが最も重要と認識していましたので、そのご支援がお取引のある銀行であれ、私たちであれ、誰かしらが相手探しのお手伝いをする必要があると考えていました。銀行とお話を進めるという木下先生の決断に一切の不服などなく、私たちがお手伝いできることが何かあればと、その後も何度か天草に足を運ばせていただきました。

木下
木下

 銀行に支援をお願いして1年が経ちましたが、相手探しに難航していました。山本さんも随分、心配してくださりましたね。私もどこかで「M&Aキャピタルパートナーズにも相手探しをお願いした方が良いのでは?」と思いつつ、やはり付き合いのある銀行に不義理はできません。とにかく彼らが相手を連れてくるのを待とうと思っていました。しかし、結果的には銀行からもM&Aキャピタルパートナーズに依頼することをお薦めされ、改めて山本さんに連絡を取りました。

 銀行のネットワークをもってしてもお相手探しに時間を要したことで、不安は大きくなりました。銀行からは、この地域に医者を集めるのは難しいという理由で相手探しが難航したとの説明があったので、正直諦めかけていました。私の願いは、跡を継いでくれる院長を連れてきてほしい、というシンプルなものです。もちろん私も達者でいる間は協力をするつもりではいますが、それが達成できれば、私は引退したいと思っていました。

 金銭的なリクエストをしていないのにお相手が見つからないのは、やはり地域性の問題が大きいのだろうと理解していました。M&Aキャピタルパートナーズに依頼すると決めてはいましたが、本当にお相手が見つかるかは分からないな、とも思っていました。

 

山本さんはどのように考え、どのような活動をされたのでしょうか。

山本
山本

 大事なことはあくまで病院の継続です。そのためにお相手に求めることは、利益の追及より、天草で精神科病院を運営している木下先生の思いそのものを大事に継承してくれることだと考えました。よって、きちんと臨床に携わっている先生で、地域医療に対する熱い想いを持っている方に絞って候補先を探していきました。そして、たどり着いたのが、今回のお相手であるCarus Medical Groupでした。

ご提案があったとき、率直にどのように感じましたか。

木下

 「よく見つけてきてくれた」と感心しました。銀行が1年かけて見つからなかった候補先を、わずか数ヶ月で見つけてくる力量に驚きました。恐らく、山本さんがとても親身になって私たちのことを考えてくれた結果なのだろうと思いました。そして、トップ面談で、先方の代表である今野先生(Carus Medical Group 代表医師 今野健一郎様)にお会いしました。そのときに今野先生が、天草よりもさらに過疎化が進み、Carusが承継しなければ無医地区になるような地域で医療活動を経験していたというお話をお聞きしました。そして、天草を「もっと過疎化の進んだ地域でも事業を継承しており、天草はそれほど田舎だとは思いません」と言ってくださり、非常に安心しました。ずっと不安に思っていたことだっただけに、直接聞けたその一言に救われた気がしました。

 

山本

 今回のご事例では、地域の問題が論点になると考えていたので、天草という地域にご理解のある先生を探していました。ぴったり合う譲渡先が見つかりよかったと、私もホッとしました。

木下

 面談後は、山本さんが書類を作成したり、手続きを進めてくれたりと大変助かりました。最初に資料を見たときから、相手先に信頼を寄せていたので、円満に事が進んでありがたいと思いました。山本さんが頑張って条件面を整えてくれたおかげで私の子どもたちにも退職金を支払うことができて、本当に良かったと思います。

私の信頼に全力で応え、素晴らしい相手を見つけてくれた

成約直後の率直な気持ちをお聞かせください。

木下
木下

 とにかくホッとしました。家族も安心してくれたと思います。私自身は、身体が元気でいる限りはまだまだ現役でいたいという思いはありましたが、責任のある立場というのは年齢的にもプレッシャーに感じていたので、そこから離れることができたのは、とても大きなことだと感じています。病院を任せられる後継者が見つかって、責任感を分散させることができて、やれやれ、という気持ちになりましたね。

 今は新しい医師も来てくださり、月に一度開催される部長会には今野先生も電話で参加してくださります。成約前から大きく変わったことはありませんが、何か新しいことを始める際には相談をしながら進めることができます。従業員の待遇など経営的な部分は徐々に移行していければと思います。これまでは、私のどんぶり勘定で行っていた部分もありましたが、今後は経営面を任せることによって、従業員たちも安心できるでしょうし、さらにこの病院が働きやすい職場になっていくものと思います。

 

M&Aキャピタルパートナーズはどのようにお役立ちになりましたでしょうか。

木下

 私の信頼に全力で応えてくれて、とても良い相手を見つけてくれました。大袈裟ではなく、本当に山本さんと出会えて良かったと思っています。

ありがとうございます。最後に、皆様から、これからM&Aを検討する経営者の方々にメッセージをお願いします。

木下

 はじめはM&Aについて理解をしていなかったものの、最初の一歩を踏み出した結果、これまで抱えていた課題が一気に解消できました。やはり、まず動いてみなければ始まらないと思います。そして自分ひとりでできないのであれば、誰かを頼ってみるのも良いのではないでしょうか。本当に頼りになるパートナーを見つけることが、もっとも重要だと実感しています。

山本

 私の3倍も人生を重ねている木下先生に信じていただけたことに恐縮しながらも、大変ありがたく思います。そして、信頼に応えられるお相手が見つかったことも、本当に嬉しく感じている次第です。

 何度も繰り返すようですが、一番大切なのは病院の継続です。まだご縁は始まったばかりではありますが、地域医療の礎となるご支援ができたことを誇りに思っていますし、これからも医療施設の承継という観点から、多くの地域が抱える課題解決に努めていければと考えています。

木下様、弊社山本

(左から)木下様、弊社山本

文:伊藤 秋廣  取材日:2024/8/20

担当者プロフィール

  • 企業情報部 主任 山本宏司朗

    企業情報部主任山本宏司朗

    2019年M&Aキャピタルパートナーズ入社し、後継者問題の解決や成長戦略としてのM&A仲介業務に従事。
    現在は、主に医療法人を中心に数多くの成約実績を重ね、ヘルスケア業界M&Aプロフェッショナルチームメンバーに所属し、チームを牽引している。

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