

顧客基盤が重ならないから期待されるシナジー。
利他の心が結びつける旅行業界の新たなM&A
山口県萩市を拠点に、カウンター型の9店舗「NTAトラベル」を展開するエヌティーエー旅行。一方で、インバウンドや法人営業に強みを持つSOUグローバル&コミュニケーション。異なる顧客基盤を持つ両社を結びつけたのは、地域や従業員を大切にする共通の価値観だった。M&Aの成約までどのように信頼関係を築き、新たな可能性を見出したのか。その舞台裏を譲渡企業・株式会社エヌティーエー旅行 代表取締役 阿川 仁海氏と譲受企業・SOUグローバル&コミュニケーション株式会社 代表取締役社長 小松 幹氏にお聞きした。
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譲渡企業
- 会社名
- 株式会社エヌティーエー旅行
- 所在地
- 山口県萩市
- 事業内容
- JTBのフランチャイジーとして、各種旅行の手配業務をはじめ、国内および海外の航空券やJR各社のチケットの予約販売を行っている。
- M&Aの検討理由
- 後継者不在、企業の成長発展のため
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譲受企業
- 会社名
- SOUホールディングス株式会社
- 所在地
- 千葉県千葉市
- 事業内容
- 保育事業、介護事業、障害福祉事業、ライフエンディング事業、グローバル&コミュニケーション事業、海外事業
- M&Aの検討理由
- 事業の発展のため
足で稼いだ営業の積み重ねと会社の方針変更が独立の土台に
阿川様が旅行業界に入られた経緯を教えていただけますか。

当時、旅行業界には華やかなイメージがあり、テレビドラマで取り上げられるなど注目されていた時期でした。大学卒業時、そこまで強いこだわりはなかったのですが、日本旅行を就職先として選びました。入社すると、幸運なことに生まれ故郷である萩支店への配属が決まったのです。大学生活の4年間だけ福岡で過ごし、その後は慣れ親しんだ地元で働けることとなりました。
まだインターネットが普及する前の時代で、今のように自分のスマホで航空券や宿泊を手配することのほうが稀でした。研修や社員旅行などを提案するため、担当エリアにある中小企業を次々に訪問する飛び込み営業を朝から夕方まで繰り返します。訪問を終えて帰社すると、今度は企画書や見積書を作って、次の日にはまた持参してお客様のもとへ訪問するのです。営業部門と言っても、私ともう一人の先輩しかいません。同行して営業を習うこともなく、とにかく物量をこなして慣れるものだと思っていました。
ただ、地元出身ということもあって、地元企業の経営者の方々にはよくしていただいたと思います。何度も通ううちに、関係性も深まっていくものです。生産性が高いとは言えない泥臭い営業手法だったとは思いますが、私の性格には向いていましたし、経営者と直接話せる機会は楽しく、私が企画した旅行でお客様が楽しんでくださるのはやりがいもありました。
独立の道を選んだきっかけは何だったのでしょうか。
萩支店の統廃合の話が持ち上がったことです。入社以来、10年以上も同じ場所に勤めていたので、勤務先がなくなると聞いた時は驚きました。選択肢は、近隣の小郡支店へ移るか、思い切って東京本社へ異動を希望するかなどがあり、かなり迷いました。
ここがキャリアの岐路だったことは間違いありません。そんな時、父の言った「自分で続けられないのか」という何気ない一言で、初めて独立を意識したのです。私自身が旅行代理店を開くなど、想像したこともありませんでしたが、日本旅行には一定の条件を満たせば独立できる特約店制度があるとわかりました。そこで大阪まで赴き、専門の窓口にて相談したところ、割とすぐに承認が降りて、独立が認められました。予想よりもあっさりと認められたと思います。
ありがたいことに、日本旅行の看板や備品、これまでのオフィスにあったものを、ほぼそのまま引き継ぐ形で開業できました。そしてお客様も引き継いで営業すれば、当面の売上は問題ないと思っていましたが、自分の甘さも突き付けられました。常連のお客様を訪ねた際に「日本旅行と同じ水準のサービスは提供してもらえるのか」と問われたのです。今思えば、当然の要求ですが、恥ずかしながら、独立すればなんとかなると考えていた呑気な私は驚いてしまいました。
売上から経費を引かなければ利益は出ないという当たり前の事実に直面し、足を踏み入れた世界の恐ろしさを感じた時期です。一方、自分ですべての責任を背負うというシンプルさに、心地よさも感じ始めていました。
独立後、どのように事業を伸ばしていかれたのでしょうか。
当時は、年商1億円ずつ伸ばしたいという漠然とした目標を持っており、創業から3年ほど後には2号店を出店しました。ただ店舗を増やしたことで、初めて人を育てることの難しさに直面します。これまでは、1人のセールスパーソンでよかった私が、初めて経営者となって組織を運営しなければならないと気づかされました。
マネジメントとは何なのか、教わったことも実行した経験もありません。その時に出会ったのが、ドラッカーや稲盛和夫さんの本でした。特に稲盛さんの京セラフィロソフィーには大きな影響を受けました。地元に盛和塾(稲盛氏が主宰した経営塾)の支部があったので、そこで学ぶことにしたのです。ここでの学びは、当社組織の基本的な考え方になっています。たとえば「心を高め、経営を伸ばす」という言葉や「組織はトップの器以上の者にはならない」などの教えです。この時期に私たちなりのフィロソフィーを掲げることは、その後さらに店舗を増やしていくうえで、重要な基礎が確立できたように思います。
JTBの総合提携店になったのも大きな転機だったのではないでしょうか。

JTBからお誘いをいただいて総合提携店となったのは2014年です。この頃、私たちは日本旅行だけでなく、さまざまな旅行会社の商品を幅広く扱っていました。もちろん、私の古巣である日本旅行に対する恩義も感じていました。ただ商品が多すぎると営業の効率は落ちてしまいます。昔と比べて、JTBの商品力や知名度が抜きん出るようになっており、JTBブランドを名乗れることは私たちにとって地域で選ばれた証となります。
JTBの審査基準をクリアした各地にある旅の相談窓口をネットワーク化すれば、地元密着で団体や個人のお客様にきめ細かく提案を届けられる。それは、私たちだけでなくJTBにとっても大きなメリットがあるわけです。
カウンター店舗を軸に事業を展開されてきたわけですが、その価値はどこにあるとお考えですか。
複数の保険会社の商品を扱う来店型の保険ショップと同じく、お客様が来店し、私たちが取り扱っている商品の中から自由に選んで契約していただける点が、魅力だと考えています。昨今は、ダイナミックパッケージという価格変動型の商品も増えてきました。インターネットで個人が直接情報にアクセスできるものの、日々刻々と変わる情報を追うのは無理があります。そこで私たちのカウンターに来ていただければ、少しでもお得な条件でご提供できることも多いのです。こういった点からも、私たちのようなカウンター店舗の存在意義は、まだまだ残されていると考えています。
また、お客様へのきめ細やかなサービスを続ける一環で、旅行相談料もいただくようにしました。社内での慎重な意見や反発はありましたが、想定していたよりもずっとお客様は気にされていない様子でした。こうした細かな工夫は、自由に旅行商品の料金を設定できないという旅行会社の弱みを、克服する効果があったように思います。
コロナ禍では、多くの旅行会社が苦境に立たされました。
言うまでもなく、業界全体が最も厳しい時期でした。ただ私は、「コロナ禍がいつか明けた時に、山口県内の大きなシェアを握っておきたい」と思っていたんです。コロナの影響だけでなく、同業の経営者の中には病気で休む方や、後継者がいなくて悩んでいる方もいました。こうした各地の代理店に声をかけて、3店舗ほど譲り受けることとなりました。事業を存続する意味で歓迎されましたし、私たちは県内での確固たる基盤を築くことができたと思っています。
M&Aは選択肢のひとつ。着手金がかからない安心感と情報収集の大切さ
M&Aキャピタルパートナーズとの出会いについて教えてください。
田中さんからご提案のお手紙が届きました。M&Aキャピタルパートナーズは、テレビCMも放映している大手の仲介会社なので名前は知っていました。情報収集のために、お手紙へ返信する形でご連絡したところ、田中さんが萩まで来てくださるというんです。そのスピード感には驚きました。

こちらから萩へ参りますとお伝えすると、「話を聞くだけなら」とお時間を作ってくださったのです。
阿川様に初めてお会いした際には、誠実な方だという印象を強く持ちました。優しさがにじみ出るフラットな話し方と、これまでの道のりに対する自信と責任感を感じました。私がお伝えするM&Aの情報についても素直に耳を傾けてくださり、こうした方のお役に立ちたいと自然に思ったことを覚えています。

田中さんは説明も上手ですが、ヒアリング能力が抜群に高いです。私の話をちゃんと聞き、必要な情報をピンポイントで提供してくれます。押しつけがましさを感じさせることも一切ありません。正直最初は「自分たちの利益ばかり考えているんじゃないか」という警戒心はありました。しかし、10回、20回と、労をいとわずに萩まで足を運ぶ姿には感心させられました。
着手金がかからないと言われたのも安心材料でした。以前、別のM&A仲介会社の話を聞いた時は、早々に着手金と成約時の手数料の話をされたこともあったのです。
嬉しいお言葉をありがとうございます。私たちは、M&Aはあくまで選択肢のひとつだということを大切にしています。「絶対にM&Aをしたほうがいい」などと急がしたり決断を強制したりしたことは一度もなく、経営者の皆さまに最善の経営判断をしていただくサポートをしたいと常に考えています。私も阿川様のお話から、学ばせていただくことはとても多かったです。
情報収集のつもりだったところ、次第にM&Aを現実的な選択肢として考えるようになったのは、どのような理由からだったのでしょうか。
譲渡金というものを初めて具体的に知ったことがきっかけでした。それまで「死」、すなわち相続から逆算して考えたことが一度もなかったのです。ようやく、自分の人生設計が「死を迎えない前提」で進められていたことに気づき、何を残すか、残せるのか考え始めたのがちょうど1年ほど前、田中さんとお会いし始めた頃でした。妻と中学生の一人娘がおり、父としては必要なものは残したい気持ちがあります。実は娘に向かって「将来は後を継いでほしい」と何度かほのめかしたこともあったのです。一方で、海外で働く夢があるとも聞いていたので、自分のやりたいことをやってほしいという気持ちもありました。
また、会社内部の組織課題も顕在化していました。一言で言えば人材不足で、何か新しいことに挑戦できるだけのスキルが身についていないという問題です。小さな例をあげれば、SNSで情報発信に力を入れようというアイデアが出ても、社内に適した人材はいません。そうなると、新たに育てることも困難です。
田中さんと様々な情報交換を続ける中で、会社を成長させるためには譲渡も譲り受けも同じだと気づきました。これまで同業他社を譲り受けた経験からも、M&Aは会社のさらなる成長戦略の一つです。自分が譲渡する側になることで、逆に会社がさらに発展する可能性があるのではないかと考えられるようになりました。
阿川様に幅広く情報を収集していただきたいという思いから、パートナーとなり得る企業を、事業会社、投資ファンド、同業の会社なども含め幅広くご紹介しました。その中に、お相手となるSOUグローバル&コミュニケーションも含まれていました。
ファンドの場合、現時点ではその後どこに譲渡されるかわからないのは、私にとって不安点でした。事業の存続を望む地域や従業員にとって、そうした先行きが不透明な状況でもよいとは言い切れません。そこで私が重視したのは、本社所在地が変わらないこと、当面の間は私が代表を務められることでした。知らない会社になり、屋号も変わり、さらに経営者も変わったとなれば、常連のお客様はきっと不安になることでしょう。
田中さんは決して「こうすべきだ」と押し付けてくることはありませんでした。さまざまな選択肢や可能性を丁寧に提示し、最善の選択ができるようサポートしていただきました。
お相手探しをする際一般的には、重なり合いによってどうシナジーを生み出すかを考えることが多いです。しかし、今回ご一緒になったSOUグローバル&コミュニケーションとは地域も営業方法も重なっていない部分が、まるでパズルのピースのようにぴったりはまる、稀有なマッチングの可能性があることをお伝えしました。
営業スタイルも地域も強みも違う両者だからこそ可能性を感じた
ここからは譲受企業のお立場で小松様にもお話を伺います。まず事業概要を教えていただけますか。

当社は、SOUホールディングスの旅行やイベントの事業部門として、2024年に合併して誕生した会社です。SOUホールディングスは生活に欠かせないエッセンシャルワークを基本とした保育事業や介護事業・ライフエンディング事業、グローバル視点でコミュニケーションの架け橋となるグローバル&コミュニケーション事業の主力4事業で、人に寄り添い、人生の節目をより豊かで彩りのある価値創造を提供しています。
旅行部門はインバウンド、特に中南米からの観光客誘致に強みを持っています。法人営業が中心であり、NTAトラベルのようなカウンター店舗はほぼありません。同じ旅行業ながら、営業方法や顧客基盤がまったく異なります。
私自身はもともと日本航空(JAL)に勤めており、長く営業の現場で経験を積んできました。国内や海外の支店長を務めた後、当社の前身にあたる会社に転職し、合併を経て現在に至ります。
今回のM&Aは、SOUグローバル&コミュニケーションとしても、私個人としても初めての経験でした。SOUホールディングスにはM&Aの実績や知見が豊富にあるので、財務面の業務はそちらに任せましたが、事業の将来性についての判断は私たちに委ねられました。
阿川様と初めてお会いになった時の印象はいかがでしたか。
緊張された面も見られ、シャイで落ち着いた方という印象を持ちました。ご発言はそれほど多くなかったのですが、温和な雰囲気とは別に、内に秘めた闘志のようなものを感じました。奥様もご同席されていましたが、お二人の人柄の良さも伝わってきました。
やはりM&Aを結婚のような存在に例えるなら、人柄が合うか、合わないかというフィーリングの部分はとても大事だと思います。その点で、最初にお会いした瞬間に、素晴らしい方たちだと思いました。
小松さんは、優しそうな方という印象がありました。立派なご経歴があるにもかかわらず話しやすい方で、田中さんから事前にお聞きしたイメージそのままだと思いました。熱意はあるにもかかわらず、私たちのペースにあわせてくださることを感じさせてくれる態度で安心したことをよく覚えています。

後日、思わぬ共通点があることに気づきました。ご存じのように、かつて経営破たんしたJALを再生に導いたのは、稲盛さんです。私たち国内の支店長は、各地の盛和塾で、まさにフィロソフィーを学ぶこととなっていました。私は岡山と大分で、計5年ほど塾生として学ぶことで、地元の経営者とのつながりもできました。この時期に、私自身の経営者の軸もできあがったと思っています。特に「物心両面の幸福を追求する」という考え方は、大事なキーワードです。初めてエヌティーエー旅行の企業概要を拝見した時「NTAフィロソフィー」というワードがあったので「同じ仲間だ」と、ピンと来ました。
私も盛和塾で学び、人材育成の壁にぶつかった時期には、稲盛さんの本を繰り返し読みました。小松さんからお話を聞いた時は嬉しくなりました。言わば経営者としての根底にある考え方が同じだと分かったのは、安心材料として大きかったです。
同じ旅行業でありながら、両者の事業内容が異なる点についてはいかがでしたか。

逆に良い点だと捉えました。私たちが強みを持つインバウンド誘致で例を挙げてみます。強いという特徴をお話ししましたが、今、多くの外国人観光客は、都内にやってきて浅草を見たら、富士山を経由して西に抜けて、京都大阪を観光するという定番ルートを巡ります。そこで、「山口県のような新たな観光地に送客できないか」と考えているのです。萩や津和野は、昔から人気の観光名所です。エヌティーエー旅行には、地域に根差した素晴らしいネットワークがあります。私たちがインバウンドのお客様を送ることができれば、地域活性化にもつながります。これは、SOUホールディングスが掲げる「地域への貢献」という理念とも合致する要素です。
もちろんエヌティーエー旅行のお客様に対して、SOUグローバル&コミュニケーションが持つ商品を提案していただくこともできます。重なっていないからこそ、できることがたくさんあると実感しています。私たちはこれまで、インバウンドの仕事にはほとんど取り組めておらず、営業スタイルも属人化していたため、法人営業を組織的に進めることは困難な状況でした。そうした弱みを補っていただけるパートナーだと感じました。
阿川様ご夫妻のお人柄に惹かれただけでなく、小松様がNTAトラベルの店舗機能も高く評価されていらっしゃったことも強調しておきたいと思います。
カウンター店舗をこれだけ長い間、継続している事実そのものに価値を感じます。オンライン予約が主流になっている時代に、対面での販売を続けてこられました。JTBの提携店という限られた販売店しか名乗れない、とても価値のある「のれん」もお持ちです。さらに、お客様から相談料をいただける信頼関係が醸成されてきたことも注目に値します。これは、よほど地元の方々からの信用を得ていなければ実現できないことではないでしょうか。それに阿川社長が培ってきた経営哲学が、しっかりと社員の方々に伝わっているのも安心材料でした。
M&A成約後ですが、エヌティーエー旅行の研修旅行に参加させていただく機会がありました。そこで社員の方々と話した際、自分の勤め先や旅行業という仕事に対する愛着や誇りを感じていることが伝わってきました。
ちょうど社員研修旅行の時期だったので、お声がけしました。小松さんとともにSOUホールディングスの取締役も含めて3人で、山口までお越しいただきました。
社員の皆さんが集う場だったので、普段どんな様子でコミュニケーションを取っているかが分かりました。当面は阿川さんに社長を続けていただくこと、屋号も本社も変えないので、従業員の皆さんにとってはそこまでの変化は感じられないかもしれません。ただ、トップ同士が手を握るだけでなく、今後は社員同士が融合していく必要があります。その意味で、阿川さんのことを尊敬し、この仕事を大切に思っている方たちの存在は大変心強いものでした。

勤続20年の古参社員には、交渉段階からM&Aの話を伝えていました。それ以外の社員には、店舗が離れていることもあり、文章でメッセージを送りました。今回のことは、従業員にとってプラス面が多いこと、心配が必要な事項は何一つないことを伝えたつもりです。
バランスの取れたサポートがあったから安心して最後までたどりつけた
デューデリジェンス(企業監査)のプロセスについて、振り返っていただけますか。

私自身はほとんど苦労していません。細かな書類の準備は、妻が中心になって対応してくれたためです。SOUグローバル&コミュニケーションや田中さんたちも、妻の忙しさや体調を気遣って手続きを進めてくれたことには感謝しています。
私自身は、とにかく田中さんの名前を口に出さない日が思い出せないほど、常にそばで助けてもらったという感覚があります。
今回のご成約は、奥様のご尽力抜きには語れません。私たちも、できる限りご負担を軽減できるよう、スケジュールの調整などを行いましたが、過不足なく資料を捜索し、作成していただいたプロセスには頭が下がる思いです。
阿川さんがおっしゃったように、田中さんの一生懸命な姿勢は素晴らしかったと思います。こうしてM&Aの仲介役の方と仕事をするのは初めてでしたが、よい意味で印象が変わりました。立場上、両者のバランスや伝え方で難しい場面もあったはずです。しかし、顧客ファーストで、阿川さんと私たちの気持ちや都合を第一に考えてくれるのは、見ていて清々しいものがありました。
今後への展望、そしてM&Aを検討する経営者に向けたメッセージをお聞かせください。
オーナーという立場を離れてサラリーマン経営者になった結果、これまでと異なる責任を感じています。これまでは営業数字が悪くても、最後は自分の責任でしたし、帳尻を合わせることもできました。これからは毎月、きちんと結果を出さなければならないプレッシャーがあります。しかし、取り組むことがたくさんあり、シナジーをどう生み出すかも考えるのは新しい挑戦であり、ワクワクもしています。
M&Aという選択肢は、すべての経営者が常に持っておくべきではないでしょうか。昔は、赤字経営でも、個人の資産が守られればいいなどと教わったこともありますが、それは違います。第三者に対して胸を張れるように健全な経営を行う姿勢が大切だと思います。
M&Aは交渉事ですから、利益相反が起こります。だからこそ、利他の心がないと絶対にまとまらない。相手のことを思いやる心が、結局は成功につながると、今回の経験を通じて強く感じました。
今後の展望としては、エヌティーエー旅行が持つカウンター店舗のノウハウを、私たちのネットワークと組み合わせていきたいです。地域に根差した旅行会社としての価値を、もっと広げていける可能性があります。
そのために大切なのは、社員同士が融合していくことです。M&A後の成功事例を一つずつ積み上げて、社員が「一緒になって良かった」と思えるようにしたいです。ただ焦ることなく時間をかける必要も感じています。SOUグローバル&コミュニケーションも、合併してそれほど時間が経過しているわけではありません。さらにエヌティーエー旅行が加わるので、組織的な一体感をどう醸成していくかがカギです。エヌティーエー旅行には、阿川さんが培ってきた組織運営のノウハウがあるので、そのエッセンスも取り入れさせていただきたいと思っています。阿川さんと同じく「利他の心」が必要という思いは私もまったく同じです。
改めて、金額や条件の重要性以上に、従業員や取引先に自信を持って説明できる相手を選ぶべきだと感じました。お互いに譲れないポイントを明確にしてすり合わせられれば、合流する効果が得られるのではないでしょうか。本当に一緒になりたいという出会いがあれば、今後もM&Aに取り組みたいと思います。
タイプも地域も異なる両者をお引き合わせし、ご縁組みできたことが光栄ですし、まだ始まったばかりとはいえ両者の関係者が前向きでいらっしゃることを嬉しく思っています。
思えば、阿川様が気軽な気持ちで情報収集を始めてくださったことから、この物語は始まりました。「利他の心」という、すばらしいキーワードが出てきましたが、私たちもまさに譲渡企業、譲受企業と関係される皆様のご満足いただく結果のために、これからも誠心誠意サポートしていきたいと思います。

文:蒲原 雄介 写真:平瀬 拓 取材日:2025/10/27
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