それぞれの選択 #154 介護施設運営×経営支援

経営者としての責任を果たすための決断。
介護と医療の連携が未来を切り拓く

札幌を拠点に、介護施設の運営と高齢者向け給食事業を展開する株式会社らくらホールディングスを率いる代表取締役社長 浅沼静華氏は、スイスで金融の世界に身を置きながら、急病に臥した父のために帰国を決断した。受け継いだのは、300名を超える職員の雇用、そして地域の介護インフラそのものだった。医療連携の必要性を早くから見据え、M&Aの道を選択した理由とは。グループ会社である株式会社らくらダイニング代表取締役の成田克洋氏とともに決断の想いと、これからの展望について語っていただいた。

  • 譲渡企業

    会社名
    株式会社らくらケア
    所在地
    北海道札幌市
    事業内容
    介護施設の運営、高齢者向け給食事業等
    M&Aの検討理由
    更なる成長発展のため
  • 譲受企業

    会社名
    株式会社地域ヘルスケア連携基盤
    所在地
    東京都千代田区
    事業内容
    ヘルスケア分野における経営支援
    M&Aの検討理由
    -

ヨーロッパで暮らしていたから知り得た日本の介護の課題と伸びしろ

ご自身の経歴と創業までの経緯を教えていただけますか。

浅沼
株式会社らくらホールディングス グループ代表 代表取締役社長 浅沼静華様(以下、敬称略)

生まれ育ちともに札幌でしたが、幼い頃から海外志向を強く持っていました。父は、不動産や飲食など手広く事業を展開していましたが、父娘の性格が似ているためか、衝突を繰り返していました。父は内心、継いでほしいと思っていたようですが、大学進学を機に北海道を離れた私には、まったくその気持ちはありません。海外へ行きたいという願いを叶え、サンフランシスコに1年留学した後、スイスに渡り、日系の証券会社に採用されます。それ以来19年にわたって現地採用社員としてヨーロッパで過ごしました。仕事も充実し、スイスでファンドを立ち上げた頃、父が脳出血で倒れたとの連絡を受けました。大手術を受け、一命は取り留めたものの、変わり果てた父の姿に大きなショックを受けたことは今も忘れられません。
父が戻るまで幹部社員たちが会社を守ってくれるだろうと思っていましたが、父の予後は良くなく、やがて職場復帰できないことが明らかになりました。その辺りから、舵取り役を失った会社は急速に状況が悪化していったのです。これは介入してでも、どうにかしなければと思い始めました。会社を手放すか、もしくは私自身の手で立て直すかの決断を迫られた頃、頭をよぎったのは、初めて日本の介護施設を訪れたときの衝撃です。かつてスイスでも義理の祖母が入居していた介護施設を訪れた時には、庭があって動物がいて、入居者は自分のペースで生活を楽しんでいるように見えました。しかし、日本の施設は閉鎖的な空気感で、暮らしている高齢者たちも、働いている人たちも楽しそうではありません。
一方、父の経営する施設は職員が生き生きと働いていて、自らがやりたいことをやらせてもらえる環境があるのが伝わってきます。このギャップをまざまざと見せられた時に、ヨーロッパでの経験を持つ自分だから追求できる介護施設の姿があるのではないかという気持ちが芽生えていきました。スイスに拠点を置きながら、父や会社の心配をする暮らしは3年以上に及んでいました。

帰国後、グループとしての形をどのように作っていったのでしょうか。

浅沼
浅沼

介護施設の運営を引き継ぎながら、同年には新たにらくらダイニングを立ち上げました。父が生前、厨房の職員に繰り返し伝えていた言葉があると聞きました。それは「ここにいる方たちは、いつ最後の食事になるかもしれない。だから、今日の食事に力を込めて美味しくしてほしい」という内容でした。いわば遺言のような内容を聞かされ、別会社として独立させ、本格的に食事の改善に取り組もうと決めたのです。しかし、セントラルキッチン方式に移行した当初は、食事を提供するらくらダイニングと、それまで自前で料理を作っていた各施設の現場とで、激しいやり取りが続きました。何年もかけ議論と試行錯誤を続け、期待した水準を達成できるようになったのは、数年後のことです。
2016年にはらくらホールディングスを設立し、事業を整理統合。「粋に生きる世界へ」というビジョンもこの頃生まれました。

その後、成田様をらくらダイニングに迎え入れて、現在は社長になられています。このねらいとは、どのようなものだったのでしょうか。

浅沼

私たちは、食事を提供するターゲット層を拡大したいと考えていました。つまり介護施設に入居している高齢者層だけでなく、これからシニア層に入っていくセミシニアの方々が新たな対象です。そのためには、食の専門家がどうしても必要で、食品の営業や製造現場に長く携わってきた成田は、うってつけの人材でした。私が何度も粘り強くお誘いして、ようやく実現しました。

成田
株式会社らくらダイニング 代表取締役 成田克洋様(以下、敬称略)

浅沼が熱心に声をかけてくれました。家庭の事情から、生まれ故郷である札幌に戻ることを考えていたタイミングでもあり、背中を押してもらった形です。前職の食品会社ではM&Aにも携わっていましたので、そうした経験も買われたのかもしれません。仕事への真摯さと事業の方向性に強く共感し、2年前から加わることにしました。ただ、M&Aでの経験が存分に活きることになるとは、当時はまだ想像していませんでした。

懸命に育てた事業だから、将来への備えが必要だと感じた

M&Aを検討し始めたのはいつごろですか。また、そのきっかけを教えてください。

浅沼

3年ほど前から、会社の今後を真剣に考え始めました。この10年あまりの歴史の中で、新たな施設をゼロからつくる経験もしました。自身が介護の専門家ではないため、職員のアイデアを引き出したり、責任感を与えたりして、理想とする施設をつくりあげられたという自負もあります。職員にも感謝していますし、「らくら」らしいスタイルは確立できたのではないかと思っています。
しかし、介護事業は、国の定める介護報酬制度に大きく左右される事業です。安定した事業と評されることも多いのですが、私は一概にはそうとは言えないと思っています。収益を外部環境に強制される独特の縛りは、一般的なビジネスの世界ではなじみの薄いものです。特に私が長年身を置いてきた金融分野は、投資に対するリターンが分かりやすく得られ、それを関係者に分配するのが当たり前でした。なおさら介護業界の不自由さに対する違和感は消えませんでした。
また、介護施設にとっては医療機関との連携が一層重要になってきています。国が医療と介護、そして日常の生活支援を地域で一体的に提供する地域包括ケアシステムを推進しているためです。もちろん地元のかかりつけ医との関係はありますが、これは入居者の状態に応じた、その都度の連携にとどまります。ご高齢の入居者が増え、容態の急変や看取りなど医療依存度の高い方を受け入れるにあたって、医療法人などのバックアップがあれば、職員は安心感を持って働くことができます。こうした点からも、小規模な介護事業者が単独で存続し続けることが難しくなっていくのは明らかでした。

どのような過程で検討を進めたのでしょうか。

浅沼

当初は複数のM&A仲介会社にコンタクトしました。その中で、トップ面談を経て具体的な段階まで話が進んだお相手もいたんです。しかし、最初に示されていた条件が少しずつずれてしまい、折り合いがつかなくなってしまいました。仲介会社としての機能を十分に果たしてもらえなかったという思いが残りましたが、このような経験があったからこそ、関わる方々の誠実さも見極めなくてはならないと考えるようになったのです。
私がお会いした限りで言えば、多くのM&Aアドバイザーがはじめから手持ちの企業の情報を持ち出してきます。こちらの要望を詳しく聞く前から、営業が始まる体験には辟易する気持ちもありました。それに話が進展するうちに、少しずつ買い手側に肩入れするアドバイザーが多いとも聞いていました。

M&Aキャピタルパートナーズ、三浦の印象は違いましたか。

浅沼

仲介会社に対するマイナスイメージが先行していたので、三浦さんに初めてお会いした時はストレートに聞いてみたのです。「あなたは、私たちと買い手側のどちらにつくつもりですか」と。すると真っ直ぐな表情で「どちらにも公平に、誠実に仕事をします」と答えてくれたので、この人は信じられると思いましたし、言葉通りに最後までフラットでした。もし媚びたり、ごまかしたりする態度だったら、このような長いお付き合いにはなっていませんね。

三浦
M&Aキャピタルパートナーズ株式会社 企業情報部 次長 三浦 仁志(以下、三浦)

ありがたいお言葉ですが、浅沼様にだけ申し上げたのではなく、常日頃から心がけていることです。それに浅沼様が、本音を隠すことなく真正面から意見を言ってくださる方だった点が大きいと思っています。やはりM&Aのような重要な仕事は、本心をさらけ出す関係性が重要です。初めてお会いした時から、サポートすることになったらきっとお力になれるはずだと感じていました。
私が大切にしたかったのは、浅沼様ご自身がM&Aを通じて何をかなえたいかということです。その中で、医療連携を実現できるパートナーであると同時に、適正な対価を示せるだけの財務的な力をお持ちであることが最低条件でした。その条件を正しく踏まえれば、候補は自ずと絞られていきました。

浅沼

三浦さんの受け答えは率直で「ここは厳しいと思います」という内容も隠さずに話してくれました。そうすると、こちらも迷いなく判断ができます。彼が言うのなら、そうなのだろうと思える仲介アドバイザーとは、なかなか出会えないものです。

過去に話がまとまらなかった経緯をお持ちだと、焦るお気持ちもあったのではありませんか。

浅沼

焦りを感じたことはありません。あくまでM&Aは、相手がいてこそ成り立つものです。それに違和感のあるままで、譲渡を行ってもおそらく誰も幸せにはならないでしょう。1社の候補に対して依存するのではなく、いつでも別の形を探れるのだと意識していれば、頭には複数の選択肢があることになります。「話がまとまらなくても、次がある」という気持ちでいることが良い結果につながるように思います。

一刻も早く地域包括ケアシステムを実現したいという共通の理念

株式会社地域ヘルスケア連携基盤(以下、CHCP)との最初の顔合わせを振り返っていただけますか。

浅沼・成田
浅沼

東京に出向いて、M&Aキャピタルパートナーズの事務所でお会いしたのが初対面の機会でした。部屋に入ってこられた時の社長の笑顔と、「任せてください」という言葉の安心感が、今も印象に残っています。先ほど、地域包括ケアは国が推進していると説明しましたが、そうした方針にかかわらず、自らの手で率先して地域包括ケアのプラットフォームを作るという確固たる決意をお持ちです。
私が思い描いていた高齢社会の姿と、目標にしている方向性が一緒だと確認できたことは、決断するうえでの大きな材料となったのは間違いありません。医療と介護が対等に連携できる、そのステージに参加させていただくんだという気持ちが強かったです。

成田

私がこの件について詳しく聞いたのは、だいぶ後になってからでした。デューデリジェンス(企業監査)が始まる段階だったかと記憶しています。いよいよ本格的に自分の仕事が始まるのだと感じました。CHCP側の本気度の表れだと受け止めていますが、先方がデューデリジェンスのために敏腕のアドバイザーをアサインしたと知った時は、リクエストの量もスピードもハイレベルな対応が求められることを覚悟していました。
しかし、要求が細かく厳しいものであったとしても、一つひとつ丁寧にクリアしていくしかありません。できるだけ私のところで対応しながら、浅沼の確認が必要なものは判断を仰ぐように心がけました。

三浦・浅沼・成田
三浦

たしかに先方からの要望のレベルは高かったのですが、それに応える浅沼様、成田様のスピードも特筆すべきものがありました。

浅沼

社員に指示を出して書類を取りまとめる成田は、本当に大変だったと思います。私は最終チェックを行いながら、会社の歴史を全部思い起こすような感覚になり、懐かしさも感じていました。過去の株主名簿やすでに取りやめた事業を振り返るだけでも、ここまでの軌跡をなぞることができます。そして、三浦さんは両者の間に立って、こちらの状況をよく察しながら動いてくれました。常に気持ちの余裕を保ったまま、成約を迎えられたのは三浦さんのおかげだと思っています。

従業員の方々の戸惑いといったものはありませんでしたか。

浅沼

株主が変わることがプラスなのだというニュアンスで伝えました。職員たちの日常業務には特になんの変化もありませんので、将来を見越して医療機関のバックアップ体制が整うことなどのメリットを強調しました。従業員360人が別々の施設で働いているので、すべてを把握していませんが、ネガティブに受け取った者はいなかったと考えています。

介護と医療と食で、高齢社会のニーズに向き合う

食の事業を担うらくらダイニングは、今回のM&Aの対象には含まれていません。今後はどのような展開を考えていますか。

三浦・浅沼・成田
成田

既存事業である介護食を促進するだけでなく、新たな事業の柱を確立したいと考えています。具体的には、北海道の農畜産・海産物を活かした加工食品を道外、そして海外へ展開する計画です。私が流通業で培ったノウハウを活かしながら、近々にはローンチできる段階まで来ています。

浅沼

北海道の地産地消はすでに有力なブランドになっています。らくらダイニングという名前でそのブランドを体現した商品を作り、広く愛していただける形に育てていってほしいと期待しています。

最後に、同じ立場の介護事業者や医療法人の経営者の方々へ、メッセージをお願いします。

浅沼

経営者として一番大切なのは、10年先を考えることだと思います。自分が育てたものを手放す寂しさや切なさは、確かにあります。でも、介護と医療と食を包括的に考えることが日本の高齢社会に必要だと判断したとき、資本力があり多様な事業を展開している会社と組むことは、買収されたということではなく、「新たなステージに参加させてもらった」という感覚が強いのです。一人で抱えることが正しい選択なのか、経営者が立ち返って考えてみてほしいと思います。来たチャンスは、そこで掴む。その決断は間違いではないと、今は確信しています。

成田

浅沼の様子をそばで見ていると、自身よりも会社と職員の将来に視点が向いているということを感じていました。踏ん切りがつかないという方には、一緒に働いてきた従業員の将来の幸せに視点を置いて判断されることが、一番の道標になるのではないかとお伝えしたいです。

三浦

経営者様が焦りを感じてから動き始めても、手遅れになりかねません。事業としても、ご自身の気持ちとしても余裕のあるタイミングでこそ、いい相手が現れたときに自信をもって決断できるのではないでしょうか。まずは情報収集の一歩として、私のような人間をうまく使っていただき、どんな未来が描けるかを具体的に考えてみていただけたらと思います。


 

文:蒲原 雄介 写真:伊藤 竜也 取材日:2026年3月10日

担当者プロフィール

  • 企業情報部 次長 三浦 仁志

    企業情報部次長三浦 仁志

    欧州外資系製薬企業にて法人営業を経験の後、大手米国外資系企業にて医療コンサルティング業務に従事。直接医業承継課題に触れたことをきっかけに、ヘルスケア領域に特化したスペシャリティファームにキャリアチェンジ。多数のM&Aを支援し、当社へ参画。ヘルスケア、医療法人を中心としながらも幅広い業界のM&Aを手掛けている。ヘルスケア業界M&Aプロフェッショナルチームリーダー。

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