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M&A成約事例・実績
ご成約者インタビュー 
それぞれの選択

M&Aご成約者事例
#29

「業績が良いからこそ早めの譲渡を」
40代の経営者が事業継続・発展にM&Aを選んだ理由

譲渡企業

中里工業株式会社

宮城県の最南端に位置する丸森町に根差し、金属加工業を50年以上経営してきた中里工業株式会社。鉄筋を加工して溶接金網を製造する同社は、コンクリート二次製品の製造販売をする地元のお客様へ同業者が行わない付加価値を提供し高い収益力を誇っていた。そんな同社がなぜ、M&Aを決意することになったのか。会長である中里 秀雄様に、その意思決定とスピーディなアクションに至るまでの経緯を伺った。

赤字なんて作りたくない。
家業の財務諸表を理解するために税理士資格を取得

中里工業の事業概要についてお教えください。
中里工業株式会社 代表取締役会長 中里 秀雄様
中里

中里工業株式会社は1968年6月に私の父が東京で創業した、コンクリート製品を補強するための金網を製造する会社です。現在は宮城県の丸森町に工場を構えて、20名弱の従業員と鉄筋を溶接して加工したり、金網をさまざまな形に組み立てたりしています。お客様は、道路用各種製品や農業用水路、河川護岸ブロックなどのコンクリート二次製品の製造販売をする東北エリアの方が中心です。創業当時、東京では高度経済成長期によって道路や上下水道、学校などの社会インフラの整備が盛んでしたが、父はこの需要が減少していくと予想していました。一方、地方ではこれから産業発展を見込めるし、人件費も東京よりも安いと判断し、1975年に中里工業を東北へ移しました。私たちの会社は小さいものの「業界安定企業を目指す」と従業員たちと握り合って50年以上運営してきました。

中里様が貴社へご入社になった当時についてお聞かせください。
中里

私が大学を卒業した当時、バブルが崩壊して日本が経済停滞に陥り始めていた頃でした。それなのに、弊社では好景気の頃と変わらない体制で金網の大量生産を続けていたため、過剰在庫を抱えるわ、仕事が減っていくわで経営がズタズタでした。私が入社した時には少額だった損失が、あれよあれよという間に膨れ上がる始末。父は「これはまずい」と、希望退職者を募集して従業員に辞めていただいたり、制作機械を新しく入れ替えたりしていました。弊社はもともと収益性や労働生産性、経営の安全性では問題がなかったので、経営体質を見直したり商品に付加価値を加えたりしたことで、数年後には利益が戻ってきました。

中里様はお父様の経営や現場の業務に対して、積極的に提案なさいましたか?
中里工業株式会社 代表取締役会長 中里 秀雄様
中里

入社して5年間は金網製品の特長や現場の業務を理解するために、製造に徹していました。私は経営のいろはを知らなかったので、金網を作れば作るほど儲かると思い込んでいました。しかし、忙しく動いたり残業したりしても、決算が終わるとマイナスになっている。「なぜだろう」と疑問を持って経営の中身を見るようになっていきました。30歳近くになって税理士の学習を始めてからは財務諸表を見られるようになったので、積極的に改善策を出していきましたね。長年自分のやり方を信じてきた父には「なんでお前がそんなことを言うんだ?」と怪訝な顔をされたこともありますが、それよりも真っ赤になっていく売上を何とかしたかった。そこで、反対や対立を生まないように父の意見を受け入れながら「試しにこういうのもやってみようよ」と前向きに進めていきました。実際にその提案によって事業がプラスに転じると、「こいつの言うことにも一理ある」と受け入れてくれるようになりました。

中里様は税理士の資格を取得なさったとのことですが、その背景をお教えください。
中里

恥ずかしながら家業の財務諸表を見てもよく分からなかったので、まずは会計学を勉強したんです。その延長線上で税理士科目の簿記と財表に合格したので、税理士の資格も取得しました。ゆくゆくは家業を経営しながら税理士事務所でも勤務できたら良いなと二足の草鞋も考えていました。

中里様はどのような経緯で社長へご就任になりましたか?
中里工業株式会社 代表取締役会長 中里 秀雄様
中里

実は、父が事故で亡くなったので私が社長になったんです。父は生前、自分で創業した中里工業をあの世に持って行くと言い張るほど思い入れが強かった。しかし、晩年は事業に関わることはなく、専務だった私が経営と現場を担っていました。当時、私の家族親戚は遠方に住んでおり、みんな高齢で、事業には一切携わっていなかったので、自分が事業を継ぐのだという覚悟はありました。

次々と襲いかかる試練。
記録的な大型台風による「営業停止」と新型コロナウイルス

中里工業にはどのような強みがありましたか?
中里

中里工業では、他社とは異なる製品を作ってきました。通常、金網は平らな形状でお客様へ納品して、お客様がご自分で加工することが多いのですが、弊社では最初から金網を加工して完成品に組み立ててからお客様へ持っていくという価値を提供していました。立体状金網だとかさばってトラックに積める量が限られるし、遠方への運搬が難しいので同業者は誰もやりたがらないんです。お客様からは「中里工業が全部やってくれるから助かる」とご評価をいただき、これをきっかけに1対1で取引するようになったお客様もいらっしゃいました。

反対に、どのような事業課題がありましたか?
中里工業株式会社 代表取締役会長 中里 秀雄様
中里

まず、公共事業の予算が削られて仕事自体が減っていきました。2011年3月に東日本大震災が発生した時は公共土木施設の災害復旧工事で忙しくなりましたが、一段落するとまた仕事が減っていくといった波に左右される毎日。販路でも、コンクリート二次製品を作っているお客様が経営難になって撤退していったので、同業者や弊社もいずれはその影響を受けるだろうと見ていましたが、新たにお客様を開拓しませんでした。なぜなら、弊社が長年懇意にしてきたお客様に納めている額を上回るようなお客様は他にいらっしゃらなかったんです。それに、当時の私は、頭のどこかで税理士として新たなキャリアをスタートさせることも考えていたんですよね。

また、人材雇用でも、ハローワークで募集したりチラシを出したりしてもなかなか人が来ませんでした。若い方は高校を卒業するとみんな上京するので地元にほとんど残っていないんです。しかし、東京の企業に就職した後に地元へ戻ってくる人もいるので、人材会社を介して若手人材を採用し現場で育成してきました。

貴社は、川の氾濫や台風などの自然災害に長年悩まされてきたと伺いました。
五福谷川
中里

今から約30年前に宮城県を流れる五福谷川で氾濫が起きた時、弊社の工場は川の下流にありましたが、政府から河川工事のために立ち退くよう金銭的援助を受けて現在の場所に移動しました。最近でも、2019年10月に発生した台風19号によって全国各地で記録的な豪雨に見舞われ、宮城県でも堤防が18ヶ所で決壊するなど甚大な被災を受けました。弊社では工場が3m以上浸水し、全ての機械が泥水をかぶったので、工場再開の見通しが立たない時期が8ヶ月も続きました。

工場再建に向けて機械や建物の費用を見積もると軽く3億円を超える。そこで、復旧費用の最大4分の3を国や県が支援するグループ補助金を受けられないかと申請をしましたが、その後、水災補償の保険金も支払っていただけることになったので、保険金と自己資金で再建費用を確保できました。ところが、お客様は「また中里工業が水害に巻き込まれたら8ヶ月も鉄筋を供給してもらえなくなる」と購買先を数社に分散していったため、私たちの仕事が減ってしまいました。追い打ちをかけるように、新型コロナウイルスの感染拡大によって中国から溶接機の部品が届かないトラブルも発生。相次ぐ試練にとうとう「先が見えない」と頭を抱えてしまいました。

M&Aはスピードが命。
立ち止まって悩んでいるうちに絶好のタイミングを逃す

M&Aをご検討になった頃、中里様ご自身はどのようなご状況にいらっしゃいましたか?
中里工業株式会社 代表取締役会長 中里 秀雄様
中里

40歳で税理士の資格を取った後、家業の傍ら税理士事務所にも勤めていた時期がありましたが、二足の草鞋は大変だったので中里工業1本に戻しました。その後、先述の台風19号があって、工場の復旧作業に携わっている間に2年が過ぎてしまいました。もし、同規模の自然災害が発生したらまた2年間身動きがとれないし、そうこうするうちに私は50歳になってしまう。そこで、誰かに会社を任せられないかと従業員の中から後継者になってくれる人を探しましたが、「会社が倒産したらどうするのか」「従業員が怪我をしたらどうするのか」と、ことごとく断られてしまったんです。

私には大学生の息子がいますが、彼のキャリアや人生の選択を制限したくなかったので「好きなことをやりなさい」と話しています。私自身、就職活動をしていた頃は中里工業を継ぐことへの義務感を抱いていたので、息子にはもっと自由に生きてほしいんですよね。そんな後継者を探しては途方に暮れていた頃、タイミング良くM&Aキャピタルパートナーズ(以下、MACP)からご連絡をいただきました。

さまざまなM&Aの相談窓口がある中、なぜMACPをお選びになったのですか?
中里

中堅・中小企業の経営者に友好的なM&Aを支援していらっしゃる実績を拝見して、業界1、2位を争うMACPなら初めてのM&Aでも手厚くサポートしてくださるだろうと、何の迷いもありませんでした。それに、MACPではお相手の企業と基本合意に至るまで無料で支援を受けられるのですから、やらない手はありませんよね。

M&Aキャピタルパートナーズと仲介契約を締結したのは2021年2月で、ご成約に至ったのは6月末。4ヶ月という異例のスピードで進めることができた経緯をお教えいただけますか?
中里

譲受先の共和コンクリート工業が積極的に検討してくださったことが大きいですね。弊社には隠していることが一切なかったというのもありますが、私が提出した資料に対する懐疑的な見方もありませんでした。何よりも、共和コンクリート工業は土木建築用コンクリート製品の企画開発から製造・販売までを全国規模で行うことで業界でも有名な企業ですし、「ここなら大丈夫だ」と。MACP担当の中川さんからは、複数の候補企業を挙げていただきましたが、共和コンクリート工業とM&Aを進められたらと願っていたくらいです。

MACP中川

複数の譲受企業へお声掛けした方が選択肢や可能性が広がるため、敢えて一社に絞らずに提案させていただきました。候補には運送業や建築業、コンクリート業などがありましたが、「すぐにでも面談したい」と真っ先に手を挙げてくださったのが共和コンクリート工業様だったんです。また、中里様がゴールデンウィーク中でも書類の作成に取り掛かってくださったり、一見ネガティブに捉えられそうな情報も公開なさったりしたこともスピーディなご成約に繋がったのだと思います。

中里

中川さんから「後々トラブルにならないよう、良い情報も悪い情報もしっかりと把握したうえでお相手と交渉を進めていきましょう」「M&Aはご縁と決断のタイミングが重要です。無暗に検討を引き延ばすことは情報漏洩にもつながるためおすすめしません」と教わったんです。当時、台風19号の水害保険がいくら入ってくるかも分からなかったので、家業をたたんでしまおうという選択もありました。しかし、やっぱり50年以上培ってきた中里工業の技術を失いたくなかった。共和コンクリート工業と手を組んで中里工業の強みを活かすことで、より高品質な新製品を開発したい。そう決心してM&Aへ前のめりになっていきました。

また、中川さんはコンクリート業だけでなく中小企業の製造業や建築業にも精通していらっしゃるので、引き出しの多さに感心しました。共和コンクリート工業と中里工業が一番望んでいるものに対する審美眼があったからこそ、順調に駒を進め、結果的に当初二人で計画したスケジュール通り、スムーズに成約に至ったのだと実感しています。

MACP中川

ありがとうございます。オーナー経営者の方には最初に金額やスケジュール、ご勇退のタイミング、取引先との関係、株主譲渡に対してご希望を伺います。中には屋号を変えないでほしい、社員旅行を無くさないでほしい等といったお声も挙がるんです。今回顕著だったポイント「早くスケジュールを進めてご勇退になること」を含めて、共和コンクリート工業様がマッチするだろうと想定しておりました。

「これなら安心」
譲受企業の歩み寄りによってモチベーションを上げる従業員たち

M&Aの成約によって、長年取引してきたお客様や中里工業の従業員の方々がどのように反応すると思いましたか?
中里

「中里工業の一番の取引先が共和コンクリート工業と組んだらどうなるのか?」は、中川さんを通じて共和コンクリート工業に相談すると、共和コンクリート工業からは「自社で溶接金網の業務を抱えているから心配ない」と。また、中里工業の従業員についても、私が質問する前に「従業員の皆さんの待遇はこれまで以上に良くなる」とおっしゃっていただきました。共和コンクリート工業が中里工業を訪問してくださった時も、従業員たちの「自分の仕事はどうなってしまうのか」「見知らぬ人が頻繁に工場に来るのか」といった不安を払拭する具体的な説明をしてくださいました。

中里工業株式会社 代表取締役会長 中里 秀雄様

それだけでなく、「私たちは溶接金網を作ることに対しては素人だから、中里工業の皆さんから教わりたい」と歩み寄ってくださったんです。当然、共和コンクリート工業は図面から土木建築用コンクリート製品を作っていらっしゃるので滅相もないことですが。共和コンクリート工業からこうしろああしろという指示を受けることもなく、従業員たちは今までと変わらず仕事に取り組めることを喜んでくれました。後日、私からも従業員たちへ改めて説明しても、誰からも反発は上がってきませんでした。

選択肢を減らすなんてもったいない。
M&Aは次世代で事業存続を実現させる新手段

共和コンクリート工業とのM&Aが成立した現在、現場ではどのような動きがありますか?
中里工業株式会社 代表取締役会長 中里 秀雄様
中里

共和コンクリート工業は本社の札幌及び東京を中心に全国各地で支店や工場を設置していますが、中里工業の生産技術を活かした金網部門を作って生産体制や経営基盤の充実化を図りたいとおっしゃっています。それに伴い、従業員たちと「新事業が立ち上がったからといって転勤にはならない」「新人研修生が中里工業の工場に来たら教えてあげてほしい」といったやりとりが発生しています。最初、従業員たちは緊張していましたが、打ち合わせを重ねるうちに冗談を言い合いながら仕事をするようになりました。私は蚊帳の外にいるようで寂しいくらいです(笑)。

共和コンクリート工業と一緒になったことで、今まで抱えていた課題がどのように解決できるとお考えですか?
中里

これまでの現場では溶接金網の製造工程に無駄が多かったんです。こちらが「鉄筋はこうやって作った方が良い」と提案しても、お客様の図面が既に決まっていて変更できなかった。そこで両社の製造責任者で話し合い、開発の時点から「こうした方が作りやすい」を取り入れながら図面を作成していくことになりました。こういった製造工程を改善するだけでも業務効率化が望めますし、優れた製品を低廉な価格に設定できることに繋がっていくので共和コンクリート工業にとってもプラスになると思います。

中里様ご自身は今後、どのようなロードマップを描いていらっしゃいますか?
中里

共和コンクリート工業と中里工業の両社のサポートを徹底させてから、税理士としてのキャリアを進めたいと考えています。また、最近アメリカのグリーンカード(永住権)を申請したので、取得できたらハワイに活動拠点を置きたいですね。その目標に向けて英検2級に合格したので、現在は準1級を勉強しています。

まだ40代の中里様が、事業の生存戦略の手段としてM&Aをお選びになった背景をお聞かせください。
中里

「中里工業は無借金で経営も順調なのに、45歳という若さでM&Aを決断したのはめずらしい」と言われますね。昨今、少子高齢化によって事業承継が問題になっていますが、国がM&Aの支援に乗り出しているのを見ると、日本の中堅・中小企業が次世代で生き残る新たな手段として、M&Aを選択肢に入れていくのは必至だと思います。

皆さんは「別会社の支配下になったら思うようにできなくなるのではないか」とご不安になるかもしれません。一方、「息子が家業に関係のない企業に就職した」などと悩むよりも、自分が元気なうちに後継者を見つけに行ったり、M&Aを取り入れたりする方が事業の生存戦略もスムーズに進むと考えています。あれこれと悩んで足踏みをしているうちに歳も取るし、体力も判断力も鈍るし、経営も中途半端になって財務状態が悪化してしまう―。やる・やらないは別として、早い段階からM&Aをご検討になることを推奨したいですね。

最後に、M&Aで譲渡をお考えの方に向けてメッセージをお願いいたします。
中里

少しでも事業承継や事業存続などで不安材料をお持ちでしたら、M&Aに関する情報を集めてみることをお勧めします。さもなければ、せっかくの選択肢や判断軸が減ってしまいます。最終的な意思決定をするのはオーナー経営者ご自身です。MACPに問い合わせて自社の企業評価や譲渡の条件、M&Aの実態を聞いてから断念するのもアリですし、そのままM&Aに駒を進めるのもアリです。つまり、そこに辿り着かないのでは話にならないんです。ずっと迷っている間に絶好のチャンスを逃しているなんて、もったいないじゃないですか。

中里工業株式会社 代表取締役会長 中里 秀雄様

(文=ナカス モモコ  写真=伊藤 元章)2021/07/19

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