

75年続く町工場の未来を拓き、雇用を守る。
老舗ベルメーカー4代目の決断
自転車用ベルの開発・製造を手がけるメーカーとして1949年に創業した、 株式会社東京ベル製作所。現在では、ベル製造において培われた金属加工技術を活かして店舗ディスプレイ用什器などの金属製品を展開するほか、自転車用にとどまらず多様なベル関連製品を開発し国内外に提供している。 2024年、同社はサンユー技研工業株式会社へ株式譲渡によるM&Aを行った。M&Aの経緯と今後の展望について、株式会社東京ベル製作所 市村 晃一 様、サンユー技研工業株式会社 梅本 大輔 様に伺った。
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譲渡企業
- 会社名
- 株式会社東京ベル製作所
- 所在地
- 東京都荒川区
- 設立
- 1949年
- 事業内容
- 自転車ベル製造、
その他金属製品の製造 - 資本金
- 4,650万円
- 従業員数
- 27名
- M&Aの検討理由
- 後継者不在、
さらなる成長発展のため
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譲受企業
- 会社名
- サンユー技研工業株式会社
- 所在地
- 三重県津市
- 設立
- 1970年(1948年創業)
- 事業内容
- アルミダイカスト金型設計製作、
金属加工、メンテナンス、試作開発 - 資本金
- 2,000万円
- 従業員数
- 96名
- M&Aの検討理由
- 事業領域拡大、
東京拠点・自社ブランド獲得のため
真面目に技術を磨き、挑戦と成長を続けてきたベル・金属製品メーカー
まずは、株式会社東京ベル製作所の事業内容についてご紹介ください。

東京ベル製作所は、1949年に豊島区西巣鴨で創業した自転車用ベルメーカーです。真面目に技術を磨き、また30社を超える協力会社の皆さまのお力を借りて、品質や機能性・デザイン性の高い製品で多くのお客様にお喜びいただいてきました。
創業当初は自転車用ベルの専業でしたが、現在では店舗ディスプレイ用の什器のほか、登山愛好家のための熊避けベルや風鈴、コーヒーフィルターなど、多岐にわたる製品を国内外にお届けしています。

自転車用ベルのみにとどまらず、事業の幅を広げてこられたのはなぜですか。

40年ほど前にスタートした什器事業がバブル期に大きく成長し、以来ベル事業に代わって主要事業となったこの什器の開発・製造を軸に、会社として好調な業績を維持してきました。しかし、やがてリーマンショック後の景気後退や製造業全体の海外シフトといったさまざまな世の中の変容を背景に、私たち自身も変容を迫られるようになっていったのです。
受注してお作りする什器と異なりベルは自社製品ですから、製造工程を工夫して業務効率を高めたり、新たな製品を考えて付加価値を高めたりする自由度も高いと言えます。そこで、顧問デザイナーの協力のもとアイディアを出し合い、ベルの発想や技術を活かした関連製品をさまざま開発・製造していきました。
この頃から私も勤めていた金融機関を離れて東京ベル製作所に入り、取締役部長や専務などとして製造部門全体や経営を見るようになっており、こうした新製品開発にも参画していました。なかなか他では見られないような斬新で尖った商品がおかげさまでお客様から好評をいただき、なんとか景気や業界の変動に対応していった時代だったと振り返ります。
どのようなきっかけからM&Aを意識するようになったのでしょう。
10年ほど前、先代である父が退任を決めて私が代表に就任したタイミングで、改めて事業の先行きを見通して「この先どうなってしまうのだろう」「これ以上の成長は厳しいのではないか」と不安を覚えたことがきっかけです。さまざまな商品開発の成果もあってある程度の売上を維持することができていましたが、事業成長率としては横ばいとなっており、業界の動向を見てもこの先の大きな伸びを期待するのは難しく思えたのです。
私の後を任せる後継者が不在であったこともあり、残された選択肢として「廃業か、M&Aか」という二択を強く意識するようになっていきました。
M&Aを選択肢の一つとしてかねて認識されていたのですね。

手法の一つとして認識していました。失礼ながら、若い頃はM&Aに対して “乗っ取り” のようなマイナスの印象を抱いていましたが、各社から頂戴するダイレクトメッセージや事例紹介などを拝見して、もうそういう時代ではないのだなと。選択肢の一つとしてとり得るものではないかと考えるようになりました。
M&Aキャピタルパートナーズのことを知ったのも、ダイレクトメッセージがきっかけです。東証プライム上場企業であることや、着手金なしでご相談させていただけることに心強さを覚えて、面談をお願いしようとご連絡を差し上げました。
アドバイザーの“寄り添う姿勢”と“深い事業理解”が信頼につながった
ここからは、担当アドバイザーの宮下さんにも加わっていただきお話を伺います。お互いの第一印象からお聞かせいただけますか。

事前に多くの情報を収集され、ご自身の考えをしっかりと整理されていたことが大変印象に残っています。「まずは情報を幅広くご提供したい」とご訪問した私に対して「この部分の情報が足りないので聞かせてほしい」と整然と話されるご様子に、驚かされたとともに、M&Aを選択肢の一つとして非常に強く意識されていることを感じました。
そうした市村様のM&Aに対する思いを受け取りながらも、その選択が正解かそうでないかは進めてみなければわからないため、「進めた結果、東京ベル製作所にとって良い選択肢でないと分かればすぐに白紙に戻しましょう」という姿勢でお話をさせていただきました。
お会いしてみて宮下さんの真面目さが伺えましたし、そうして親身になってくださる様子に「頼りになりそうだ」と感じたことを覚えています。お聞きすると、私と同じく金融機関で働かれた経験があるとのことで、親近感もありました。
初めてお会いした頃にはすでに「M&Aをするのがいいのではないか」という思いが50%ほどはありましたから、正しくご判断、ご支援いただけるようにさまざまな情報をオープンにお話ししました。
宮下さんはどのような提案をしたのでしょうか。
まずはお預かりした決算書をもとに評価レポートをお出しし、論点の整理を進めました。今回は特に、事業の将来性をいかに示すか、資産の整理をどのように進めるべきかがポイントになりそうだとお伝えさせていただいたかと思います。

解決しなければいけない点、検討を深める必要がある点を初めに明確にしていただけることをありがたく感じ、大変良い印象を抱きました。
その後は、事業の関連性を見ながらお相手先を探し、共有してくださいました。
ご提案において重視していたのは、東京ベル製作所のものづくりに共感し、今後の成長に向けて新たな風を吹かせてくださるようなお相手先であるかという点です。
市村様のお話をふまえ、また実際に製品に触れたり製造工程を拝見したりしながら自分なりに事業への理解を深め、同様にお相手先への理解も深めた上で、「このお相手先なら製造工程においてこのような親和性がありそうだ」「M&Aによってこういった観点でシナジーが生まれるのではないか」と想像を膨らませていきました。
事業理解のためにと、当社の新製品を購入してくださったこともありました。実際の製造工程など技術的な部分は分からないことも多かったのではと思いますが、「理想のお相手先を探すために商品や事業のことをしっかりと理解しなければ」という宮下さんのお気持ちを強く感じました。
担当として、東京ベル製作所で働かれる皆さんに近い水準で事業や商品のことを語れるようになりたいという思いで臨ませていただきました。
その理解の上でお相手先を見極めてくださったこと、そして単に候補となる会社のリストを共有するだけでなく、私とも何度も対話をして目線を合わせてくださったことは、嬉しく心強く感じました。
互いに、事業や会社の将来に“可能性”を感じることができた―事業の親和性と共感がカギとなったマッチング
ここからは、譲受企業であるサンユー技研工業株式会社の梅本様にも参加いただき、お話を伺います。まずは事業についてご紹介いただけますか。

サンユー技研工業は1948年創業の生産用機械器具の設計・製作メーカーで、主に自動車のパワートレインやステアリング向けのアルミダイカスト金型を手がけています。125~3,000tクラスの金型を幅広く製作しており、製品をお届けする先も日本だけでなく欧州やアジア、北米、南米などと多岐にわたります。
M&Aに対する貴社のお考えを教えてください。
この15年ほどで事業を10倍ほどの規模に拡大してきた中、さらに会社を成長させるための一手として着目したのがM&Aでした。
同様の規模の金型製作を手がける事業者が非常に少なく、国内マーケット規模にも限りがあるという状況を背景に、当社にとってM&Aは “異なる業界と手を組み、マーケットを開拓する” 手段だと言えます。M&Aが、自分たちでは参入できなかった産業に入っていく起点になる、という考え方ですね。一から他業種に挑戦するのは、ノウハウの不足やライバルの多さなどから非常に困難な道になることを考え、M&Aを有効な手段だと考えています。
また何よりも大切に考えているのは、サンユー技研工業で働く従業員への目線です。M&Aによって新たなポジションが生まれることは、若手従業員にとってのチャンスを増やしモチベーションを生み出すことにつながり得ます。製造業界の中小企業においてはベテラン技術者が長く活躍するケースが多く、若手の登用がなかなか難しい中、一人ひとりが「実力があればキャリアを切り拓いていける」と感じられは、サンユー技研工業が応え得るものか」などを見ながら、事業の幅を広げ社内に刺激を与えてくださるお相手先を探していました。
宮下さんはどのような考えからご提案をされたのでしょうか。また東京ベル製作所とサンユー技研工業、お互い魅力に感じたのはどのような点でしょうか。

片や自転車用ベルや什器、片やダイカスト金型と扱う領域は異なりますが、梅本様はものづくりへのこだわりが強く技術に対する感度も非常に高い方であるため、東京ベル製作所の職人技に支えられた事業に共感し、親和性を感じていただけるのではないかと考えました。
またサンユー技研工業では製造工程に最先端の機械を取り入れたり、従業員の皆さまが「働きたい会社」を目指して、日本初の離婚手当をはじめとする充実した福利厚生や柔軟な勤務体制を導入したりと、さまざまな取り組みを実施されています。こうした活発な風土が、東京ベル製作所に新たな風を吹かせることへの期待も込めてご提案いたしました。
特に大きな魅力と映ったのは、ベルという私たちが扱ったことのない商品分野において高いシェアを有すること、私たちにないBtoCのノウハウや一から商品を開発する力を持たれていることです。
宮下さんのおっしゃる通り、お客様のニーズに合わせて金型をお作りする私たちの仕事とはまた異なる “ものづくり” への憧れがありましたし、M&Aによって当社の事業・商品展開の幅が広がっていく可能性への期待も感じました。
先にお示ししたリスク回避の観点では、製造業であり、金属加工を扱われているという点でサンユー技研工業の事業との距離も近いですし、競争や要請の厳しい自動車業界で長く事業を継続してきた経験があれば、自転車業界の要請にも応えていけるだろうと思えました。
これらの点と、ちょうど新たな拠点を求めていた関東圏の会社であったことが、理想に適うお相手先ではないかと感じた要因です。
同じ製造業ではありますが、いわゆる下町の町工場である東京ベル製作所にとって、先端技術を活かして金型製作をされるサンユー技研工業は “レベルの違う存在” です。そのためご提案いただいたときは「どうして譲り受けたいと思ってくださったのか」という疑問もありましたが、従業員の雇用を保証してくださるご姿勢に「ここなら大丈夫ではないか」と感じ、トップ面談に進ませていただくことにしました。
トップ面談での印象としてはいかがでしたか。

お会いして対話をする中で、「自社ブランドの獲得や当社のベテラン技術者からの技術の伝播が、サンユー技研工業にとって利益になると考えられているのではないか」などと、少しずつ東京ベル製作所に興味を持っていただけた背景を理解していくことができました。ベルをはじめとした自社製品に強い興味を示してくださったことが印象に残っています。
お若く勢いのある梅本さんや、サンユー技研工業の従業員の皆さんが東京ベル製作所に新たな風を吹かせてくださるのではという期待も生まれましたね。
BtoCのものづくりへの理解を深めることができ、その製造工程における効率などの課題もある程度見えてきました。サンユー技研工業はBtoB、中でも技術や製品の変化が激しい自動車業界で「いかに工程を改善するか」を常に問われてきていますから、私たちが東京ベル製作所からBtoCのノウハウを取り入れるだけでなく、私たちの経験を活かして工程改善に貢献するといった、長所のかけ合わせをしていくことができれば面白いなと感じました。
そして大きな決め手となったのは、市村さんのお人柄です。とても真面目で堅実な方という印象で、「市村さんなら、そして市村さんの色が反映された東京ベル製作所なら大丈夫だろう」と思えました。
その後少し時間を置いて意向表明をいただきました。私としても「お会いした後も変わらず我々に興味を持ってくださっているのなら、こちらに決めよう」と、迷いなくお話を進めることができました。
焦ってお話を進めるのではなくじっくりと判断させていただき、また個人的な事情もあって意向表明までにお時間を頂戴しましたが、それでも成約に至れたのはご縁があったということなのかもしれませんね。
事業を承継し従業員の雇用を守るために、オーナーに求められる決断
成約後の率直なお気持ちや、今後に向けた思いをお聞かせください。

成約が決まり、従業員の雇用も守ることができて、ひとまず安堵しています。初めは当然「この先どうなってしまうのだろう」と心配する従業員もいましたが、雇用を維持していただけることを伝え、一定安心してもらえたのではないかと思います。
私自身は、梅本さんから「今まで通りお願いします」とお話をいただき、3年ほどは変わらず代表を務めさせていただくことになりました。元気なうちに仕事ややりたいことに力を注ぎながら、少しずつ後任に引き継ぐ準備もしていければと思っています。

トップ面談時よりさらに深く事業全体を見ていく中で、今後に向けた方向性が少しずつ見えてきました。私が魅力を強く感じ、今回譲り受けの決め手の一つともなったベル事業を今後も継続・発展させていくために、しっかりと手を打つことが当面の重要な課題であると捉えています。
商品ラインナップをさらに増やすなど、東京 “ベル” 製作所という名前を活かして事業の幅を広げていくこと、その商品開発を支える重要な資金源として什器の分野でも付加価値を追求し、事業を成長させていくことなどに取り組んでいきたいと考えています。
まずは業界に精通した市村さんに経営をお任せし、そこから市村さんとも現場の皆さんとも対話を深めながら将来的な展開を見通していきたいところです。
今回のお取り組みにおけるM&Aキャピタルパートナーズの支援を、どのようにご評価いただいていますか。
最終的には「宮下さんが仲介してくれたから」との思いで決断できたと言えるほど、素晴らしいご支援をいただいたと思っています。
特に地方の中小企業においては、M&Aに対してドライでネガティブなイメージを抱く傾向がある中、それを覆すだけの人間味溢れる魅力的なお人柄でしたし、技術的な部分がわからない中でも事業を理解しようという強いお気持ちを感じました。
売り手・買い手のどちらにも偏ることなく、両者にとって良い進め方になるように一生懸命になって取り組んでくださったことを感謝しています。

情があるといいますか、下町的な温かさを私も感じていました。両者の間に立ち、さまざまな条件交渉を経て成約につなげるというのは大変な仕事だと思いますが、梅本さんのおっしゃる通りバランスよく、全力を尽くしてご支援いただけたことがありがたかったなと。宮下さんがいてくださってよかったと感じます。
嬉しいお言葉をありがとうございます。財務などの観点で調整が必要な項目はありましたが、互いに興味を持っていらっしゃる両者が一緒になるために必要な交渉・調整であると捉え、齟齬が起きてしまうことのないよう意識して丁寧に進めさせていただきました。たくさんの対話を重ね、お二人が思いや温度感を共有してくださった結果です。
ありがとうございます。最後に、これからM&Aを検討する経営者の方々にメッセージをお願いします。
M&Aは「10年先を見据えてどう生き残っていくか」を考えるにあたっての、有効な戦略の一つだと思います。残念ながら事業所の減少が続く金型業界もそうですが、客観的に見て成長産業とは言えない、いわゆる斜陽産業においては特に、M&Aが人材を集めて交流を促し活気を生み出すことの重要なきっかけとなるはずです。
お話を進めていくにあたってはどうしても売り手にも買い手にも気力が求められますが、会社が変われるチャンスというのはそれほど多くはありませんから、M&Aによって会社に新たな風が吹くはずだと思えたのならぜひ進めるべきではないでしょうか。今回の私たちの事例をもって、その意義や、当社のような中小企業もM&Aをする時代なのだということを示せたらと思います。
先にも少し触れた通り、今では “乗っ取り” のような印象も変わってきています。M&Aは中小企業がうまく事業を承継し従業員の雇用を守るための選択肢の一つであり、オーナーに求められる決断なのだと思います。
初めの面談でもお伝えした通り、あくまでM&Aは選択肢の一つであり、両者にとって良いお話でなければ白紙に戻す覚悟で進めさせていただきました。そうした中、将来のビジョンが見え「正しい選択肢だ」と思える良いご縁があったことを嬉しく思っております。
今後も変わらず、お客様にとって最も良い選択肢をおすすめしご支援する姿勢で臨んでまいりますので、M&Aをお考えのお客様はぜひ「どのようなお相手先がいるか」「どのような選択肢があるか」をご相談いただければ幸いです。

文:伊藤 秋廣 写真:コミヤ コウキ 取材日:2024/12/2