「終わろうと思ったら、始まりだった」。
閉院の危機を乗り越えた72歳院長のM&A
約60年にわたり地域の精神科医療を担ってきた医療法人聖心会 三沢聖心会病院。患者に寄り添う診療を続け、地域に不可欠な存在として信頼されてきた。2025年、同院は医療、福祉サービスなどを提供するCTLグループへ経営権を譲渡した。M&Aの経緯と今後の展望について、医療法人聖心会 三沢聖心会病院 院長(元理事長) 矢幅 啓孝 様、元常務理事 矢幅 乃理子 様に伺った。
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譲渡法人
- 会社名
- 医療法人聖心会
- 所在地
- 青森県三沢市
- 設立
- 1984年
- 事業内容
- 精神科病院の運営
- M&Aの検討理由
- 後継者不在のため
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譲受法人
- 会社名
- CTLグループ
(医療法人高柳会、医療法人社団敬寿会、株式会社Change The Lifeにより構成される医療、福祉、生活関係サービスの提供を通じた社会貢献を目指すグループ)
- 所在地
- 東京都町田市
- 設立
- 1959年
- M&Aの検討理由
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地域医療存続のため
患者第一主義を貫き、時代の変化に対応してきた地域の精神科病院
創業の経緯と事業について教えていただけますか。

当院の成り立ちは、昭和30年代の精神科特例制度特例法が背景にあります。当時は国が設立を後押ししていたため、必要な資金と医師がいれば病院を建てられる時代でした。そのため多くの私的な精神科病院が日本中に設立され、同族経営で医師の子息が世襲する流れがありました。当院自体は、医師が不在となり困っていたところを父が頼まれ、その運営を引き受けたのが始まりです。
しかし、私自身はすぐに医学の道へ進んだわけではありません。一度は違う道に進もうとしたのですが、「君はその道に向いていない」と知人に諭され、勉強し直そうと決めて20歳で高校に再入学しました。その後、金沢医科大学に進学。卒業後は岩手医科大学の医局に6年ほど在籍し、平成元年に36歳で当院に入職しました。それから35年以上が経ち、現在に至ります。
三沢聖心会病院に入られて、特にご苦労されたことはございましたか。
私が勤め始めた当時は、ちょうど精神衛生法から精神保健法へと法律が変わる大きな転換期でした。さまざまな症状の方が明確な区別なく入院されていて、人権への配慮も今とはまったく異なりました。そのため病院の中は、正直に言うと“無茶苦茶”な状態。「これからどうしようか」と頭を抱えていました。この状況を改善しようとまず取り組んだのは、新しい法律に則った体制整備です。入院患者さん約300人分の書類を毎日作成し、1年がかりで整備し直しました。任意入院から医療保護入院への切り替えなど、法律に沿った形にする必要がありました。当時、法律がガラっと変わったため、この改革は父にはできなかっただろうと思います。そうした体制を整えることで、適切な病院運営が可能となり、治療が必要な方々がしっかりと治療を受けられる状況になっていきました。
どのような経営方針のもと、病院運営を進めてこられたのでしょうか。
経営方針として一番大事にしてきたのは、「決めつけないこと、型にはめないこと」です。特に薬物療法では、多剤併用が主流だった時代もありましたが、私は単剤治療が基本だと考えています。経営的な視点で見ると、私はあまり上手ではないのかもしれません。しかし、関連施設を複数作って患者さんを囲い込んで利益を生むようなことは絶対にしたくありませんでした。

院長の診療スタイルは、まず患者さんの話をじっくり聞くことです。ご家族の訴えと患者さん本人の話が違う場合、患者さんの言い分を優先するため、ご家族と意見が合わないこともあります。患者さんとの信頼関係は非常に深いですが、ご家族との関係構築は少し不器用かもしれません。実際に「前の病院では話を聞いてもらえなかったけれど、院長先生はちゃんと聞いてくれる」と言ってくださる患者さんが多くいらっしゃいます。
「まず受け入れないと信頼関係は成り立たない」というのが院長の口癖ですが、それでは病院が立ち行かなくなるため、経営的に苦労した面も多々ありました。私が金銭面などを管理し、ときには院長に意見して、バランスを取るようにしてきました。運営としては苦しいことも多いですが、ここで治療を受けながら地域で生活を続けられている患者さんを見ると、病院の存在意義を感じますし、院長のやり方が合っている患者さんも確実にいらっしゃる。その方たちのために、なんとか病院を維持していくことが、私たちの経営の根幹にあるのかもしれません。
後継者不在と経営難。行き詰まりつつある中、光明となったM&A
どのようなきっかけでM&Aを意識し、検討を始めるようになったのでしょうか。
まず、病院の経営が年々苦しくなってきたことが背景としてあります。現在の医療制度では、普通に診療しているだけでは診療報酬が実質的に目減りしていく仕組みになっています。私たちだけでは思いつかないような新しい収益確保策や体制変更が必要だと強く感じていました。それに加えて、後継者がいないという問題がありました。夫は72歳になり、年を重ねたうえに大きな病気も経験しています。

私自身、まだ働けると思っていますが、夫婦の将来的なことを考えると不安がありました。「病院をどう閉じるのか」ということを、考えなければなりませんでした。
経営状態が良ければ、他の方に引き継いでもらう選択肢もあったかもしれません。しかし、ここは立地にも、交通の便が良いとは言えない田舎の海沿いです。若い方がここで骨を埋めてくれるかというと難しいでしょう。 また、私は24時間365日病院にいるようなライフスタイルですし、夫婦としてもほとんどプライベートがないような状況でした。
こういった状況から、M&Aという選択肢を本格的に考え始めたのは4年ほど前からです。以前、銀行のM&Aセミナーに参加したことがあり、その頃から頭の片隅にはありました。ただ、実際にM&Aの話を進めてみましたが、仲介業者のネットワークがこの地域周辺に限られてしまうようで、なかなかうまくいきませんでした。近隣の病院も経営が苦しいところが多く、この地域の医師はどこも慢性的に不足している現状です。そのためお相手は見つかりませんでした。
矢幅様は、M&Aについてどうお考えでしたか。
私自身に明確な将来像はありませんでした。ただ、目の前のことを「やり続けていくしかない」、終わりは自然にやってくるものだと考えていました。人生というのは、できないことがあっても諦める必要はなく、ただ一生懸命やってみる。そこでできなくなったことからやめていく、という考え方です。ですから、M&Aについても、私自身に強い推進力があったわけではありません。
確かに院長は、当初からM&Aに積極的だったわけではありません。ですが、院長はどんなに困難があっても逃げずに、やり抜く人です。その姿を私はずっと見てきました。
M&Aキャピタルパートナーズとのやりとりは、どのように始まりましたか。

2、3年ほどM&Aを進めようと模索しましたが、らちがあかず、もう「どん詰まりだな……」と感じていた、まさにそのタイミングでした。
ある日、A4サイズの、他のダイレクトメールとは明らかに違う立派な封筒が届いたのです。それまでも後継者不在の精神科病院向けのM&A関連のダイレクトメールはよく届いていました。ほとんど捨てていましたが、その封筒が気になり開けてみると、M&Aキャピタルパートナーズのものでした。「もし興味があればメールを」とあったので、メールを送るだけならと思い、送ってみたのが最初のコンタクトです。それと同時に、取引のある銀行に相談したところ、「M&Aキャピタルパートナーズは、実績が多く、大きな会社だから大丈夫だろう」と言われたのも後押しとなりました。
そして、当院の経営状態を見てもらった方が早いと思い、過去3期分の決算書と、これまでの経緯をすべてメールでお伝えしました。「行き詰まっているが、やっていくしかない。後継者を見つけたいが、うまい話ではないので苦しいとは思う」という考えも率直に伝えました。「とにかく可能性があるなら投げてみるしかない」という切迫した状況でした。
豊富な専門知識と実績を持つアドバイザーの的確な提案がべストマッチへ
ここからは担当アドバイザーの山本さんにも加わっていただきます。最初に三沢聖心会病院や矢幅ご夫妻にどのような印象を抱きましたか。

まず、三沢聖心会病院は地域にとって絶対になくてはならない重要な病院であると強く感じました。その上で、私に何ができるかを常に考えていました。初めてお会いした際、院長先生と奥様の素晴らしい関係性と、何よりもお二人のお人柄に強く惹かれました。
また、院長先生の先輩にあたる方が病院で働いていらっしゃるのですが、院長先生からの「うちの病院には医師が足りないから、どうにか助けてほしい」という手紙を受け取り、すぐに岩手から青森に引っ越して来られたというお話を伺いました。ご自身の人生を変えてまで助けに来てくださる方が周りにいらっしゃるのは、院長先生と奥様のお人柄があってこそだと感じました。
非常に重い内容の手紙を先輩に出しましたが、「よし、分かった。ここ(当時の職場)を辞めてから行く。待っていろ」と強く言ってくださったのです。それから今も変わらず、その先輩は医師として当院に勤めてくれています。
山本さんのアプローチや提案について、どのように感じられましたか。
M&Aキャピタルパートナーズではない仲介会社や税理士法人グループにM&A支援の依頼をした際は、具体的な譲受候補先の提示がなく、手探りな印象で、話が進みませんでした。しかし山本さんの場合は、最初にお会いした際から精神科病院のM&Aに深い知見がある印象を強く持ち、任せたいと感じました。
山本さんは、以前に離島の精神科病院のM&Aを手掛けたご経験があり、精神科病床の仕組みや患者規模に応じた運営について深く理解されていました。精神科特有の入院基本料や建物の基準など、専門的な話が外部の方に通じたのは初めてです。それだけでなく「精神科病院とは何か」「地域的な立地条件はどうなのか」といった背景まできちんと勉強し、理解してくれていました。
これまでの精神科病院のM&Aに関するご経験から、豊富な選択肢を提示してくださり「この人はここまで力になってくれるんだ」「検討の根拠がしっかりしている」と感じました。とにかく山本さんにすべてを預けてみるしかないと思い、正式に話を進めてもらうことにしました。
間に立つ方が専門知識を持ち、お相手方に的確に説明できなければ話は進みません。山本さんだからこそ、私たちが専門用語でしか話せなくても、うまくお相手方に伝わるように話してくれて、スムーズに話が進んだと思います。
また、落ち着いた安定した態度で、私たちの不安をうまく受け止めながらリードしてくれたので、安心して任せられました。

正直に言って、「つぶれる寸前の病院を拾ってくれるところはない」と思っていました。当然のことです。でも、山本さんは見つけてくれました。
最初にお会いした際に、「これはグズグズしていられませんね。早急に動きます」と言ってくれたのが印象的でした。すべて上手に調整していただき、見事なフェアプレーでした。
まさに、その言葉ですね。院長も、私も、「グズグズしていられない」という言葉があったからこそ、山本さんを信じて任せてみようと思えたのです。
候補先はどのように絞られていったのでしょうか。
山本さんが、「『一緒にやっていこう』という熱意の高いお相手と、まずはお話するべきです」と、最初に一か所紹介してくださいました。他にも興味を示してくれたところはあったのですが、「まずここからです」と。結果的に、多数の候補先を検討せず一点集中で進められたのは良かったと思います。
実際にお相手とお話した印象はいかがでしたか。

初めてお会いする方でしたが、波長が合うのを感じました。理想論を語られたのですが、昔の私を見ているような気がして、共通するものを感じました。理想がないと、人生はつまらないですから。
お相手が前のめりになってくれているのを感じて、進めることにしました。院長自身も「山本さんが紹介してくれた相手だから」という信頼感があったと思います。
今回のケースでは、積極的に動いてくれるお相手を紹介しなければならないと考えていました。それを一番体現してくださったのが、お相手となったCTLグループです。最初から、「自分たちが行って、一緒にやっていこう」という主体的な姿勢を示してくださいました。外部からアドバイスするだけでなく、積極的に内部から関与して再建に取り組んでくださるお相手が必要だと考えていたので、その点でも最適だと判断していました。
地域医療を未来へ繋ぐ。M&Aで得た安堵感を胸に新たなスタートを切る
成約直後の率直なお気持ちや今後に向けた思いをお聞かせください。
「やっと仲間ができた」という感じです。ずっと一人でしたから。
(精神科医としては)令和4年に他院から先生が来てくださるまで、本当に一人でしたからね。相談相手がいなかったのは、寂しかったのではないかと思います。私自身は、今はほっとしています。ただ、これから職員に伝えるのですが、長く勤めている職員は動揺するのではないかと心配です。院長が残るので、そこは安心材料になると思いますが、うまく乗り切れるか……。患者さんも含め、これから丁寧に説明していく必要があります。
しかしながら、院長が安心して医療に専念できる足場が固まったと感じています。
今回のM&Aは三沢市にとっても、良いことかもしれません。医療を継続していくための基盤を固め、三沢市がこれから20年、30年と発展していけば良いと思います。私としては、病院を閉院して終わろうと思っていたら、新たなスタートとなったのです。

【成約式と従業員開示の様子】
ありがとうございます。最後に、これからM&Aを検討する経営者の方々にメッセージをお願いします。
自社の経営状態だけを考えている方もいますが、お相手を選ばなければならないM&Aを自分たちだけで成功させるのは非常に難しいと思います。

医師の中には経営に長けている方もいれば、そうでない方もいます。院長のように365日当直のような状況では、外部との交流も限られ、M&Aを検討するにも厳しい。誰に相談すれば良いかも分からないですし、身近にM&Aを経験した方も少なく、聞ける知り合いもなかなかいません。
一方で、M&Aの仲介会社は非常に多く、医療に特化している仲介会社なのかどうかも分かりにくい。ダイレクトメールは今でも来ますが、担当者の方の人柄も見えず、なかなか話を進めようとは思えませんでした。今回の経験を通じて、担当者との相性や実績、真摯な姿勢は非常に重要だと感じています。
医療に人生を捧げてこられた院長先生と支えてこられた奥様に対して、私のような若輩者に何ができるか、正直ずっと心配でしたが「何とかお力になりたい」とずっと思っていました。今回素晴らしい方とのご縁があり、今日という日を迎えられたのは、ひとえにお二人が築き上げてこられたものが素晴らしく、その価値をお相手先がしっかりと理解してくださったからだと思います。私の力というより、お二人の思いが伝わったことが何よりも嬉しいです。私の精神科医療の勉強やM&Aの経験が、今回少しでもお役に立てたのであれば、本当に光栄です。

文:伊藤 秋廣 取材日:2025/4/15
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