

M&Aをきっかけに第二の創業期へ漕ぎ出す。
ジェラート業界の拡大を遂げるための決断。
日本でジェラートの文化が開花するための一翼を担ってきたのが、株式会社UNOを創業した代表取締役社長の山﨑則夫氏。黎明期からイタリア製の製造機械の普及に注力し、息子である山﨑友樹営業部部長とともに事業を今日の姿まで育ててきた。業界をさらに発展させたいと願った末に選んだ道はM&Aだった。パートナーとなったのは、アイスクリームの原料メーカーである旭東化学産業株式会社だ。同社を率いる代表取締役・田口貴之氏とともに、異なる強みを持つ両者が巻き起こすシナジーについて語っていただいた。
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譲渡企業
- 会社名
- 株式会社UNO/
TELME JAPAN株式会社 - 所在地
- 神奈川県横浜市
- 事業内容
- ジェラートマシンの販売、ジェラートショーケースの輸入販売。製造指導、オリジナルレシピ開発協力、店舗設計支援など
- M&Aの検討理由
- 将来的な後継者不在のため
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譲受企業
- 会社名
- 旭東化学産業株式会社
- 所在地
- 東京都渋谷区
- 事業内容
- 食品添加物及び
食品副原料の製造 ・ 販売 - M&Aの検討理由
- 事業拡大、
既存事業とのシナジー創出のため
日本にジェラートの文化をもたらした親子の挑戦
まず山﨑様がジェラートの世界に入ったきっかけから教えてください。

イタリアに本社のあるジェラート機械メーカー、Carpigianiにセールスとして入社したことが、私の仕事のルーツです。この会社は1946年にイタリアのボローニャで創設され、1960年代から日本への輸出を始めました。
入社してまもない1970年に開かれた大阪万博でソフトクリームの機械を70台ほど納入、設置する仕事を任されました。当時の万博も開催期間は約半年で、私ともう一人の若手2人で機械のメンテナンスまでやりきりました。これがきっかけとなってソフトクリームの製造機械が爆発的に売れるようになり、次いでジェラート機械が日本へ上陸してきたのです。
私も入社するまでジェラートという言葉を聞いたことさえなく、一般的にもほとんど知られていない時代でした。業界の中を見渡しても、だれもジェラートなんて作ったことがないので、機械を売るべき相手も分かりません。そこで目をつけたのが酪農家でした。膨大な量の牛乳を生産しているので、牧場が機械を設置すれば新鮮な自家製ジェラートを生産できます。現代では、生産者が加工して販売まで行う「六次産業」もだいぶ当たり前になりましたが、当時はそんな言葉もありません。それでも、アーリーアダプターのように「挑戦してみよう」という酪農家が現れはじめ、各地で急速に話題となっていき、ブームに火がつきました。やがて有名なデパートでも扱われるようになり、ジェラテリアがテナントとして定着するようにもなりました。
たびたびイタリアに赴かれたそうですが、渡航の目的はなんだったのでしょう。
年に1回、イタリアで巨大な展示会が開催されるためです。名だたるメーカーがジェラートの機械やショーケースなどを所狭しと展示するので、情報収集には最適の機会でした。そして訪れるたびに、ジェラートの持つポテンシャルを思い知らされました。日本のようなコンビニエンスストアもなく、スーパーで販売されているカップアイスもないイタリアでは、アイスクリームと言えば自家製が主流です。だから美味しいジェラートが広く作られるようになりました。素材のよさを活かした美味しいジェラートは、四季に恵まれる日本でも絶対売れると確信し、様々な機械の取り扱いを伸ばしていったんです。

ところがある時、Carpigiani本社が日本法人を完全に子会社化することが決まりました。取締役となっていた私は、これを機に辞めて、自らの手でビジネスを立ち上げることにしたのです。これが56歳前後のことでした。退職後、3年間は競業避止の縛りがあったので、直接製造機械を扱うことは許されません。ただ、お客様との関係は残っていたので、この間は全国を回りながらジェラートの原材料を販売して、糊口をしのいでいたわけです。3年後、ようやく自由になった私は、またイタリアへ渡り、以前から目をつけていたTELME(テルメ)社の機器を取り扱うことを決めました。大手の機械と比べて、TELMEは家庭用洗濯機のような縦に回転する構造を採用していました。これは、混ざりが良く、バケットも大きくて見やすいという明確な特徴があったのです。もし、大手メーカーと似たような機械を扱っても、後発では競争にならなかったでしょう。資本力と知名度のある大手に勝つには、独自性ある特徴的な機械を扱うのがベストだと考えました。TELMEの日本法人を設立したのも、こういった背景からです。
山﨑友樹様が入社したのは、どのような経緯だったのでしょうか。

もとは専門商社で営業をやっており、食品とも直接関係のない業界でした。父がジェラートに情熱を傾けているのは知っていましたが、一度も入社を誘われたことはありません。したがって私も一緒に働くつもりはありませんでした。営業自体は好きだったので、常に社内でもトップクラスの営業成績を上げていたのですが、それほど給料が上がることもなかったんです。頑張っても報われないと、くすぶった気持ちになりかけたころ、母の通院が必要になると分かり、会社を退職して付き添うことにしました。
3ヶ月ほど経ったころだったでしょうか、通院を続けていた母から「少しでも興味があるなら手伝ってみてもらえないか」と言われたことで、新たな挑戦を始めてみたいと思いました。子どものころには、父の工場に新しい機械が入るたびによく洗い物を手伝っていました。家族旅行も兼ねて遠方のお客様を訪ねて、ジェラートを食べ歩いたこともあるので、身近な存在ではあったんです。
無理に継いでもらう気持ちはありませんでした。50代後半で始めた会社ですし、夫婦が生活に困らなければそれでいいと考えていた程度です。まさか息子が入社すると言ってくれるのは想定していませんでした。ただし決まった以上は、業界のことをゼロからしっかり教えて頑張ってもらわなくてはなりません。実際に営業面では全国をかけ回ってくれたと思っています。
入社後の日々を振り返っていただけますか。
入社当時は社員がわずか2人で、マンションの書斎に机を並べている状態でした。とにかくお客様に会わなくては始まらないと、これまで営業が行き届いていなかったエリアに車で向かう日々でした。月曜日に出張へ出て、そのまま2週間ほど帰ってこない時期もあったほどです。営業車のメーターを確認すると、5年間の走行距離は20万キロ。これは、なかなか大変な日々でしたが、そのぶんの成果も得られました。
競合となるメーカーで、地方まで出かけるような熱心な人はほとんどいなかったので、頻繁に顔を出すようにしているだけで「よく来てくれたね」と喜んでいただけたものです。製造機械はもちろんですが、食材サンプルも車に積み込み、お客様に喜んでもらえそうな新しい情報を必ず持っていくように心がけました。すると材料だけ購入してくれていたお客様が、ショーケースを買ってくださるようになり、やがて製造機の販売へとつながるサイクルができていきました。少しずつでも着実に、当社のファンを開拓していくような感覚があり、体力的にはきつくても充実した日々だったことを思い出します。
イタリアからの輸入品ですが、最初は清掃マニュアルもレシピもなかったため、すべて自分で写真を撮影して、自作しました。昔、自身で装置を組み立てた経験もあったので、機種の違いを説明するのは得意でした。こうした知識も地方のお客様には喜ばれました。
社員の幸せとジェラートへの想いがM&Aへと向かわせた
業界の知名度向上にも積極的に関わってこられたと伺いました。

日本ジェラート協会の設立に関わったのが、今から20年ほど前です。それまで機械メーカー各社が別々に似たような協会を作っていたものが乱立していたのです。しかしそのままではジェラート業界がいつまでもまとまらないと思い、大同団結して日本ジェラート協会を作ったというわけです。前職時代は理事として、独立後も顧問として協会の運営に関わってきました。地道な努力のおかげか、今では多くの子どもがジェラートを認識してくれるようになりましたが、ここまで長い道のりでした。
こうした経緯から父の持つ人脈は広く、製造機械に対する目利きもたしかなものがありました。面倒見がよい性格でテストキッチンを無料で貸して、独立を目指す人のレシピ開発を手伝ったりもしていました。そこから有名ジェラテリアが誕生しているケースもあり、TELMEの評判にもつながっています。私の懸命な営業も販路拡大に貢献したのではないかと思います。
二人三脚で発展を続け、友樹様という後継者もいらっしゃいます。なぜM&Aを考えたのでしょうか。
これまでは、お客様からご注文をいただいてからイタリアへ発注を行うケースも多く、輸送コストや納期の面で課題を感じていました。 特にジェラート業界は、季節要因や新規出店タイミングなどで「すぐ導入したい」というニーズも多く、今後さらに市場を拡大していくためには、一定の在庫を持ちながら迅速に納品できる体制づくりが必要だと考えていました。
そのためには、当社単独ではなく、資本力や原料・物流面に強みを持つパートナーと連携することで、より安定した供給体制やサービス体制を構築していきたいという思いがありました。 また、私自身も年齢を重ねる中で、次世代へ事業をどう繋いでいくかを考える機会が増えていました。
社員やお客様、仕入先の皆様に安心していただける形で、事業をさらに発展させていけるパートナーを探したいという思いも、今回の背景の一つです。
私自身も、より多くのお客様にジェラートの魅力を届けていくためには、従来の延長線だけではなく、新しい挑戦が必要だと感じていました。
例えば、機械だけでなく原料やレシピ提案も含めた総合的な提案力、導入後のサポート体制、情報発信力など、まだまだ伸ばせる部分があると考えていました。
また、事業承継については私自身の次の世代を明確に描けているわけではありませんでしたので、将来の事を考えた際にM&Aも選択肢になり得ると考えていました。
今回の提携は、単に資金面だけを目的としたものではなく、互いの強みを活かしながら、より良いサービスや新しい価値を生み出していくための前向きな選択だったと感じています。
M&Aキャピタルパートナーズに仲介を任せた理由を教えてください。
ちょうどお手紙が届いたのが、お会いしようと思ったきっかけです。取引先の銀行からもM&Aを検討しないかと誘いがあったので、関連する仲介会社とあわせて双方の話を聞くことにしました。
ところが対応力の差には驚きました。竹俣さんは毎回必ずアップデートした内容の資料を作成してくれました。当社の分析も詳しく、今後のホームページのつくり方の参考にしたいほど精密に作り込まれた資料でした。一方で銀行から紹介された会社は、初回の面談から2週間経っても同じ資料でプレゼンするのだから、誰の目から見ても真剣度の違いは歴然としていました。

そのようにおっしゃっていただき、ありがたいです。UNOには、山﨑様が長年かけて積み上げてきた業界からの信頼と、友樹様が全国を駆け回って築いてきた現場発の強さがあります。必ず大きく成長できる可能性を感じていましたので、本当に納得できるお相手をご紹介したいという気持ちで取り組んでいました。

M&Aは選択肢の一つに過ぎません。ただ初めて経営者様とお会いする時、M&Aが最適解だと思われるケースも、逆にM&Aの優先度が低いと感じることもあります。UNOは、後継者がいて、親子間の連携が取れていて、ビジョンも明確に見えましたので、後者でした。それでもお二人が最初から揃って、私たちの話に耳を傾けてくださるということは、何か深いお考えがあるはずだと感じていました。短い面談の中でも、ジェラートへの誇りや、機械への愛着がひしひしと伝わってきたので、どのような形であれお役に立ちたいと感じていました。
M&Aを進めるにあたって、どんなパートナーを求めていましたか。

まず財務基盤がしっかりしていることと、社員がこれまでと変わらない条件で働けることです。トップが変わることで、社員が辞めてしまうような話もお聞きしますが、そんな状況にはしたくありませんでした。
業界への理解がある会社を最初から強くイメージしていました。その点、投資ファンドはややドライな印象もあり、短期的にはよくても将来が見えないことが懸念点でした。同じ方向を見ながら、一緒にジェラート業界を盛り上げていくことにコミットしてくれる会社との出会いを求めていたんです。
竹俣さんは最初に「納得できる相手でなければ無理に進めなくていい」と言ってくれました。候補として名前が上がったのが7~10社ほどでしたが、トップ面談へと進んだのが3社だったかと思います。
面談が始まる段階では、もうM&Aを実行すること自体は決意していました。よいパートナーと巡り合えれば進める、ただそれだけでした。
顧客や商材が重複しないからこそメリットがあると感じた
譲受企業・旭東化学産業株式会社の事業概要をご説明いただけますか。

当社は1955年、アイスクリームの安定剤の輸入卸からスタートした会社で、創業者は私の祖父です。それから5年ほどで自社工場を建設し、日本初のアイスクリーム安定剤のメーカーとして製造を始めました。現在ではアイスクリームやジェラートの製造者向けに、原材料の輸入や卸売のほか、香料や乳化剤など関連品目とのセット販売も行っています。
アイスクリーム市場はこの10年で4,000億円から6,000億円規模へと成長しています。コロナ禍の一時期を除けば業績も順調に推移してきました。
田口様ご自身はどのようなキャリアを歩んできたのでしょうか。
新卒で証券会社に入社しました。やがて自身が経営者となることを見越して、中小企業の経営者の先輩方と直接お会いできる仕事がしたかったというのが最大の理由です。現在のようにM&Aがより脚光を浴びている時代なら、M&Aキャピタルパートナーズのような仲介会社で研鑽を積む道もあったかもしれません。
ただ証券会社の支店で営業職として働いていても、お客様が事業を譲渡する場面を間近で拝見しました。投資部門に移ってからはM&Aの当事者としても携わらせていただきました。それらの経験を積んでから旭東化学産業に入社したのが2017年、社長就任は2021年です。就任から3年ほど、経営改善にある程度目処がついたところで、M&Aを経営戦略の一つとして位置付けており、現在にいたっています。
今回、UNOについての情報をお聞きになった時、どう思われましたか。

UNOの社名と、山﨑社長のお名前は以前から存じ上げていました。当社社員が日本ジェラート協会主催のコンテストに審査員として参加させていただいていて、その場で山﨑社長と名刺交換させていただいたご縁もありました。同じ業界の中にいたので、会社の存在は当然認識していました。
すぐに関心を持ちながらも、私どもが機械の専門家ではない点を考慮すると、かなり悩ましかったというのが本音です。製造機械の輸入卸をメインにしているUNOと一緒になった時、原料を専門とする当社が力になれるのだろうかと悩みました。同業である原料屋とのM&Aはシナジーが想定しやすく、判断はそれほど難しくありません。UNOに対してM&Aのオファーをすること自体が、当社にとっても新たな挑戦だったのです。
その悩みはどのように解消されていったのでしょうか。
やはりトップ面談が大きかったと思います。率直に言って私は機械のことは分かりません。しかし、一緒に高みを目指したいと思えるのか、トップ同士の相性を計ることがより重要だと思っていました。面談を重ねる中で、信頼してお任せできる、そして自分たちのことも信頼してもらえるという気持ちが自然に芽生えてきたことが決め手になりましたね。
初めて対面した際に感じたのは、非常によい方々だという印象です。ジェラートが本当に好きで、誇りを持って仕事をされていることと、さらなる発展のために、お客様と誠実に向き合い続けてきたことが、発する言葉や態度の一つひとつに表れていました。
UNOのお二方は、どのような第一印象でしたか。

田口さんがお見えになったときは、失礼ながらまずお若いと思いました。それにもかかわらずお話しされる内容がしっかりされていて、若くして200名規模の会社を率いているということは、それだけの基礎を早くから積んできたことは想像がつきます。誠実で、真面目な方だという印象でした。
第一印象もよかったのですが、私は2回目の面談がより鮮明に、よい印象が残っています。初回では、私たちの課題をよく聞いてくれたうえで、2回目にお会いした時にはもう具体的な施策を考えてきてくださったからです。間違いなく期待できるであろうことをいくつも示していただき、このような方こそ同じビジョンを持ってくれるパートナーなのだと確信しました。
私たちなりに、どうすればご一緒になってよい成果を発揮できるか整理した資料を持参しました。機械と原料という組み合わせは、全く同じものを扱う競合同士のM&Aとは異なります。お客様も商材も重複しないからこそ、シナジーを生み出せるなら、私どもの強みを活かせる部分だと感じていましたし、友樹さんが開発しているレシピの具体化を弊社の研究開発部門と一緒に取り組ませてほしいというアイデアもお伝えしました。

広い意味では同じアイスクリーム業界でありながら、取り扱い製品が重複しないことによる予想以上の効果があるのではないかと、私たちも感じていました。そしてピースが自然にはまっていく感覚があって、お二人とお相手先との相性の良さは、面談を重ねるごとに確信に変わっていきました。
私が印象的だったのは、山﨑様と友樹様のお二人で、同じ面談の受け止め方、感じ方に少しずつ違いがある点でした。それぞれの本音を帰路につきながら確認するプロセスがあったからこそ、結果的に田口様や旭東化学産業への理解が深まっていたようにも感じています。親子お二人が揃って、かつ真剣に検討していただいていたからこその効果だったのではないでしょうか。
田口さんからの熱意が伝わり、気持ちがほぼ固まっていたところに、父と私宛にそれぞれ手紙をいただいたことが決め手になりました。第二の創業期を一緒に作っていきましょうという内容で、心が動かされました。
そう言っていただけると嬉しいです。手紙に込めた思いを、これから一緒に形にしていきたいと思っています。
M&Aキャピタルパートナーズに対する評価をお聞かせいただけますか。
私どもはM&Aに力を入れており、多くの仲介会社とやり取りをしていますが、M&Aキャピタルパートナーズの方々は突出して素晴らしいと思っています。竹俣さんは、依頼したことを必ず当日中に返してくれます。
これらは実は、山﨑社長や友樹さんにも共通して感じたことでした。その日中でなくても構わないことでも、夜遅くなっても朝早くても、返信してくれるその姿勢は、相手本位であり、誠実さの表れだと思います。私たちの社員にも常々、そうしたマインドを求めていますが、実際に体現されている姿を拝見すると、否応なく信頼感が増します。
デューデリジェンス(企業監査)に伴う書類作成や資料は想定した以上に大変な作業でしたが、竹俣さんがつきっきりで伴走してくれたのは心強く感じていました。
M&Aキャピタルパートナーズにお願いして本当によかったと思いました。普段の仕事をしながら、こうした書類の準備に向き合わなくてはならないこちらの気持ちに寄り添ってくれるのがありがたかったですね。書類に不備があったとしても伝え方が丁寧で、決してこちらを責めるような言い方もされませんでした。プロの仕事を徹底していると感じましたし「自分たちができることはサポートします」という言葉の通り、常にサポートしてくれました。
ありがたいお言葉をいただき本当に嬉しいですが、これは誠実にさまざまな手続きを迅速に進めてくださった両社様のおかげで、私たちの方がむしろ助けていただいたという感覚があります。コミュニケーション面で工夫したこととしては、一定お待ちいただく期間が生じますし、面談も複数回行うため、その都度、面談の目的や意義をお伝えしたり、あとから思い返していただけるように会議資料をまとめたり、双方の理解が深まるように努めました。
竹俣と私とで毎回の面談後に振り返りを行いました。山﨑会長・社長がそれぞれ何を大切にされているのか、どのような調整を行うべきかのコミュニケーションをとることで、田口社長へのご説明も的確に行えたのではないかと思います。田口社長の売主様を尊敬する気持ちと柔軟な姿勢も、本件の成就に繋がる大きなポイントだったと感じております。
パートナーとしての真価を発揮する未来が動き出す
成約直後で詳細は「これから」というタイミングですが、今 後の計画についてお聞かせください。

先ほどの即納品や在庫を確保することへの課題について、山﨑社長からお話しがありましたが、早速当社から資金を供給することを決めています。これにより思い切った投資の決断もできるようになればと期待しています。
社員の皆さんの反応はいかがでしたか。
田口さんが直接、社員全員に説明してくれました。8名全員が狭い部屋に集まり、全員の視線が一斉に向くので圧力を感じたかもしれません。
独特の緊張感はありました。私や当社がどのような存在なのか、気になるのは当然のことだと思います。ただ、皆さんが安心して働けるように、当面の仕事内容は変わらないこと、そして今後の業績によって給与面も期待していただきたいとお伝えしました。
社員にしてみれば、安心感を覚えると同時に、今後の頑張り次第でキャリアのチャンスが広がることを感じてくれたのではないかと思います。
これからの展望をどのように描いていますか。
最初にお示しした提案書で、最後のページに書いたのが「一緒にUNOを目指しましょう」という言葉でした。UNOとはイタリア語で「1」のこと、つまりナンバーワンになろうという決意です。機械と原料というルーツの違いから、顧客も商材も重複しないからこそ、お互いの特徴を活かした組み合わせができるという価値をこれから発揮していきたいと思います。お客様にも喜んでいただける自信があります。
私が描いているのは、国語の教科書に出てくる物語「スイミー」のような姿です。小魚が集まって、大きな魚のように振る舞うことで大海原でたくましく生き抜いていく様子が描かれていました。まさしく私たち一社としては大きな存在ではありませんが、同じ業界の仲間が連なって協業することで、巨大資本にも負けないグループを作れる可能性があります。まずは私たち2社でしっかり業績を伸ばして、スイミーの可能性を体現していきたいと思っています。
業界をもっと大きくしたいという想いは揺るぎません。一般消費者の目線では、ケーキ、チョコレート、アイスはすべてスイーツという大きなカテゴリーの中から食べたいものを選びます。その中でジェラートの優先順位を少しでも上げたいのです。四季がある日本でこそ、素材を生かした美味しさを誇るジェラートはもっと輝けるはずです。たとえば、有名な店が各都道府県に一軒ずつでも誕生すれば、業界はもっと広がります。著名な洋菓子屋のケーキをぜいたくして買うのと同じように、ジェラートにも同等の価値があると思ってもらえるように、田口社長の発想や経験を借りながら、業界に革命をもたらしたいと本気で思っています。
私はリタイアが近いですが、安心して任せられるなと今の話を聞いていても思いました。資金ができたからといってすぐ売上が上がるわけではありませんので、しっかり人材を育てて、会社を大きくしてほしいと願っています。土台はできたと思っていますので、私もサポートは続けますが、道筋をつけられたことへの満足感もあります。
最後に、M&Aを検討している経営者の方へメッセージをお願いします。

良いパートナーと巡り合うこと、これに尽きると思います。そして引き合わせてくれるプロの仲介会社の存在は頼もしいです。私としては、悩んでいる方は、ぜひM&Aを検討した方がいいと申し上げたい。私自身、やって良かったと思っていますから。
会社が乗っ取られるといった固定観念を持つ必要はないと思います。素敵な会社さんと巡り合える可能性があるのだから、一つの選択肢として早めに話を聞くだけで、未来は明るくなるのではないかと思います。
私たちとしては、今後も変わらず、新たな仲間が増えていくことは、とても楽しみな要素だと考えています。したがって引き続きご縁があれば、 M&Aは有力な選択肢に入ってくると思います。
M&Aはやりたいと思って、即座に実行できるものではないとお伝えしたいです。体調が悪くなってから考えても遅いかもしれません。今のうちから選択肢の一つとして情報を集めておくことが大事です。仲介会社は多数ありますので、始めは複数から話を聞き、その中で良し悪しを判断していただければよいのではないでしょうか。その上でご縁があれば、ぜひ弊社にも声をかけていただけると嬉しいです。
後継者がいらっしゃっても、明確なビジョンがあっても、M&Aはどなたにとっても選択肢になり得るものだと改めて気づかされました。今、M&Aという手法がこれだけ広まっているのには理由があります。自社にとってメリットのある話なのかどうか、まず情報収集をしていただくだけでも損はないと思っています。ぜひ多くの経営者の方に、一度話を聞きに来ていただけたらと思います。

(左から)弊社古澤/田口様/山﨑(則)様/山﨑(友)様/弊社竹俣
文:蒲原 雄介 写真:平瀬 拓 取材日:2026年3月30日
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