地域医療の基盤と高い技術を残す。
自身も診療にかかわり続ける理想的な承継
「鼻の日帰り手術」を専門に、治す医療にこだわってきた北東大阪耳鼻咽喉科 鼻・副鼻腔手術クリニック。前身の川村耳鼻咽喉科クリニックを2004年に開院した名誉院長・川村繁樹氏は、年間400件超の手術を行い、地域医療を支えてきた。このクリニックを守るために選んだのが、各地で医療機関の承継を支えてきたCarus Medical Groupへの事業承継だった。後継院長が決まり、自らも診療の現場に立ち続けるという希望通りの事業承継はどのように実現したのか。
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譲渡法人
- 会社名
- 医療法人川村医院
- 所在地
- 大阪府大阪市
- 事業内容
- 耳鼻咽喉科の運営
- M&Aの検討理由
- 更なる成長と発展のため
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譲受企業
- 会社名
- Carus Medical Group
- 所在地
- 東京都港区
- 事業内容
- 病院、クリニックの運営
- M&Aの検討理由
- 後継者不足に課題を持つ医療法人の支援、
地域医療の存続のため
鼻の内視鏡手術の研鑽を積み独立。地域医療のニーズとマッチしていた
川村先生が耳鼻咽喉科を専門にした経緯と、どのような医療に注力されてきたのかを教えていただけますか。

両親がともに医師だったことで、幼い頃から自分も医師になる将来を意識して育ちました。耳鼻咽喉科を専門に選んだのは、耳や鼻、喉だけでなく頭頸部までと診療の幅が広く、内科的治療と外科的手術の両方を担える点に惹かれたからです。
私はその中でも鼻を専門に定めました。これは大学で研鑽を積んでいた時期に、新しい技術として内視鏡手術が登場したことが影響しています。それまで肉眼では見えなかった鼻腔の内部が奥まで明るく見え、曲がった部分にも器具が届くようになったうえ、患者さんの身体的な負担も軽くなりました。まさしく手術の世界が一変した瞬間だったと思います。
未知の技術を探求する面白さがあったということでしょうか。
まだ誰も使い方を確立していない時代でしたから、自分なりの工夫がそのまま新しい知見になる面白さはたしかにあったと思います。学会でも積極的に発表を行い、本来なら雲の上のような存在であった有名大学の教授クラスとも対等に議論させてもらうことができました。自身が習得した知識や技術が評価にも結び付くことを知り、ますます臨床にのめり込んでいったんです。
開業はいつごろ決断されたのでしょう。
若いうちから、いずれは開業するつもりでした。「30代のうちに開業するのが当たり前」と見られていた時代です。実際に同期の医師たちは次々に開業し、大学に残っているのは私だけになっていました。臨床と新しい手術に夢中になり過ぎたのかもしれません。
その後、大学の先輩に誘っていただき、鼻の手術を専門とするサージセンターで副院長を務めました。まだ手術専門のクリニックは珍しく、先輩方と手術の議論を交わすのはエキサイティングな環境でした。ただ、すぐに「雇われる立場ではなく自身も経営に携わりたい」という想いが強くなり、独立の意志を固めました。
クリニックでは悪性腫瘍や頭蓋底におよぶ手術は対象外ですが、副鼻腔炎や鼻中隔手術などは、短期間で素早く、かつ患者さんの痛みを抑えて治療できます。内視鏡のおかげで低侵襲化が進んだことも追い風となりました。
開業したのは2004年です。それまでに担当していた患者さんが通いやすいことを条件に場所を決めたので、集患面の苦労はなかったのですが、レセプトをはじめ事務や経営の実務は大変でした。開業医の先輩でもあった姉夫婦に経理面の手ほどきを受け、薬剤師だった妻に受付に入ってもらって、夫婦二人三脚で勉強しました。
開業直後から多くの患者さんが訪れたそうですが、支持された理由はどこにあったとお考えですか。

患者さんの通院の負担を減らすため、開院当初からCTを導入しました。大病院だと初診に行き、後日CT撮影のために通院し、さらに別日に結果を聞きに行かなくてはなりません。たったそれだけで3日がかりになってしまいます。
それが手術専門のクリニックなら30分ほどで検査結果が出て、その日のうちに診断まで進みます。高額な投資となるので不安はありましたが、これは絶対に必要だと判断しました。患者さんに遠回りをさせる仕組みは変えたかったのです。
耳鼻科などは1日に100名、200名という患者さんを診る経営スタイルが一般的ですが、川村先生が手術に軸足を置かれるようになったのはなぜでしょうか。
たくさんの患者さんを次々に診ていくスタイルも一つのあり方ですが、1人あたりの診察にかけられる時間は自ずと制限されてしまいます。私は、それよりも手術によって根本を治す医療に力を注ぎたいと考えました。そうすれば最終的には、通院の回数を減らし、患者さんの生活を本当の意味でよくすることができます。一度の手術によって、悩みや不安を解消するのが役割だと思って取り組んできました。
勤務医20年、開業医20年の人生プランとその先を考える
川村先生が後継について考え始めたのは、いつごろでしたか。

漠然とした人生の区切りの計算はしていました。その昔、尊敬する先輩が話していた言葉に影響を受けたのもあります。「20年を勤務医として勤め、その後20年を開業医として診療したら、その先は自分の時間を持ちたい」という人生プランで、私もそれに共感していました。
40代半ばで開業した私で言えば、20年後には60代半ばになります。私の父は72歳まで現役の医師のままこの世を去りましたが、それも医師人生のあり方です。一方、ある程度の年齢になったらペースを落として、休みを取ったり、好きなことに時間を使ったりできる暮らしへの憧れもありました。
医学部に進んだ息子への承継も考えましたが、耳鼻咽喉科とは別の専門を志向しているようでしたし、「医院を継がなくてはならない」という思考が重荷になっている様子も感じ取れました。親が生きる道を決めるのではなく、息子には息子の人生を好きに歩んでもらえばよいと考えると、自然に別の方法を模索する気持ちになったんです。
鼻の慢性疾患は定期的な受診が欠かせませんが、一般の耳鼻咽喉科では対応が難しい、高い専門性が必要な疾患というのも少なくありません。そうした患者さんはもちろん、長年支えてくれたスタッフの暮らしもありますので、なんらかの形で事業を引き継いでもらう必要があると考えました。
M&Aキャピタルパートナーズを選んでいただいたのは、なぜだったのでしょうか。
率直に言って、M&Aに対しては身構える気持ちがありました。しかし譲渡を決断する前に、まずはこのクリニックが世の中からどう評価されるのかは知っておくべきだと思ったのです。さまざまな仲介会社から案内が届いていましたので、一度話を聞いてみようと思いました。
山本さんから手紙をいただいたのも、ちょうどそんなタイミングです。お会いした時には、生真面目で誠実な方だと感じました。若いですが、一つひとつの受け答えがしっかりしていて、この人になら任せられそうだと感じたのを覚えています。

川村先生は、鼻の手術において卓越した技術と経験をお持ちの、プロフェッショナル中のプロフェッショナルでいらっしゃいますので、初回はとても緊張しておりました。しかし奥様と一緒に優しく温かな雰囲気で応対してくださったので、お話がしやすかったです。
ただ一般外来を中心とした標準的なクリニックの承継とは、事情が異なるのは明らかです。 川村先生が素晴らしい医師であるということは、属人性が高いことの裏返しでもあります。 先生が高めてこられた技術やクリニックとしての信頼をどう受け継ぐことができるのか、答えがはじめからあるわけではないので、対話を通じて模索したいと考えていました。M&Aは、あくまでその選択肢の一つにすぎないということは繰り返しお伝えしていました。
院長の後継者がいたにもかかわらずM&Aは最適な道だった
医療法人の事業承継における一般企業とは異なる難しさについて教えてください。

医療法人の承継のご相談は近年とても増えていますが、法人の価値が院長個人の技術や、患者さんとの信頼関係に結びついているケースは少なくありません。川村先生のように、高度な手術を担える医師をすぐに採用することは困難です。事業承継にあたっては引き継ぎ手の確保が最大の焦点になるのですが、今回は現院長である朝子幹也先生の存在が重要なカギになりました。
朝子先生は、私の大学の後輩にあたります。関西医科大学総合医療センターの耳鼻咽喉科・頭頸部外科で教授を務め、学会でも要職を担ってきた、この道のエキスパートです。手術の技術はもちろん、患者さんへの向き合い方も含め、私が最も信頼を寄せる医師の一人です。
一方で、後継となる医師がいたとしても、医院の経営や雇用関係まで含めて円滑に承継できるとは限りません。診療に支障をきたすようでは本末転倒ですから、私自身も後継院長も、経営を支える第三者のもとで診療に専念できる体制が望ましいと考えました。
お相手選びはどのように進められたのでしょうか。
川村先生ご自身が今後も診療に関わるご意向をお持ちだったことは、譲受側にとって大きな安心感と魅力のある状態です。川村先生にはお相手を選べるだけの十分な強みがありましたので、先生の望む承継を実現できるパートナー探しに奔走することになりました。

代表医師である今野理事長(Carus Medical Group 創業医師 今野 健一郎様)とお会いし、これまで継続してきた医療を尊重してくれることを強く感じました。複数の医療機関を運営している実績と規模感があり、耳鼻咽喉科の診療にも理解の深いグループですし、理事長の語る理念やお人柄に触れ、ここなら私たちの願いを受け止めてくれると考えたんです。
また長く付き合いのある税理士にも加わってもらい、先方の経営状況を一緒に確認してもらいました。私も含めて、こうした分野は不得意だという医師が多いと思いますが、専門家が時間をかけて精査したうえで、「ここなら問題ない」とお墨付きを出してくれたことは大きな安心材料となりました。
Carus Medical Groupは、すでに20の医療法人をグループに迎え入れた実績があります。特別なエリアに限定することなく、各地の医療機関における後継者不足の解消に取り組んできました。そのなかでも川村先生という実績と知名度のあるプロフェッショナルをお迎えできることに大きな価値を感じていらっしゃいます。
川村先生の「診療に関わり続けたい」というご希望ともマッチしますね。
川村医院の承継後も、週に一度は診療に立ち、手術も続けたいと思っていたのは、今後も医師でい続けるためには必要な選択でした。診療や手術の機会が多少減ったとしても、現場にいれば、学会や勉強会に顔を出して、新しい知見を学び続けるきっかけにもなりますし、鼻手術を専門とする医師仲間とのつながりも保てます。一度、退いてしまうとなかなか再起動するのは難しいものです。そんな希望がかなう形となったことには、とても満足しています。
デューデリジェンス(企業監査)は想像していたより細かなものでしたが、もともと経営に大きな問題はなかったことに加え、税理士の助けもあったので、特に障害とは感じませんでした。
「つなぐ」という選択が、未来を開く
結果的に朝子先生が後継の院長となられました。新体制となった現在、川村先生からご覧になっていかがですか。

気持ちよく働いてくれていると思います。彼の力が存分に発揮できる環境は用意できていると思いますし、私が長年向き合ってきた患者さんも安心して任せることができました。
また、4月からもう1名の常勤医として岡崎医師を迎えました。これは今後のクリニックの持続性の観点から、年齢が私とそれほど変わらない朝子院長だけに負担させるのは酷だと考えたためです。もう1人、手術を任せられる実力のある専門医が必要だと思って、Carus Medical Groupにリクルーティングを依頼しました。
ただ、専門性が高いがゆえに通常の募集ではなかなか見つからず、Carus Medical Groupの今野理事長が持つ人脈を頼り、鼻を専門に研鑽を積んでいる医師を対象に、ヘッドハンティングも並行して進めました。手紙には朝子・川村と連名で記してもらったのですが、後日、岡崎先生から当時のことを「朝子先生の名前が記載されていたから、手紙を読まなくてはならないと思った」と聞きました。しかも、私も岡崎先生とは少なからず縁があったことが分かったんです。こうした大がかりな採用活動を単独の医院で行うのは困難ですから、より盤石な体制を作れたのはグループに入ったことによる成果だと思っています。
M&Aを終えて1年半が経過しました。率直にどう感じていらっしゃいますか。
本当に良い選択をしたと思っています。もし決断しなければ、将来への不安を抱えたままでしょうし、私が経営者のままでは医師の雇用関係もクリアにはできなかったでしょう。クリニックはこうして変わらず地域に残り、患者さんが通い続けられる環境を確保できています。医師となった息子に無理やり継がせるのではなく、自由な選択の道を残せたこともよかったです。
クリニック名からは個人名を外して改称しましたが、現在も名誉院長として週に一度は診療に立ち、手術も続けています。学会にも顔を出せますし、いつ身を引いてもよいという自由もあります。大切にしてきた医療を未来へつないだうえで、自分は無理なく関わり続けられるのは、願った通りの形ですね。
山本さんの仕事ぶりをどう評価していますか。
終始、迅速で細やかでした。私たちと譲り受ける側、そして税理士との間に立って、やり取りを丁寧に整え、私への報告もきちんとくれます。「この人は信頼できる」と安心してお任せできました。

ありがたいお言葉です。川村先生のようなプロフェッショナルの期待に応えるには、時間を惜しまず、同じ目線に立とうと努める以外にないと、自分に言い聞かせて向き合ってきました。私もこの仕事に携わって7年になりますが、川村先生との出会いと今回のご支援は私にとって印象深く、象徴的な仕事になりました。川村先生のお人柄と、積み重ねてこられた歴史があったからこそ、こうした理想的なM&Aが実現できたのだと思います。
最後に同じように医療機関の将来を考えておられる先生方へ、メッセージをお願いします。
長く真摯に医療を続けてきた先生ほど、晩年の過ごし方、締めくくり方に悩まれると思います。特に閉院という道を選び、医療機関を閉ざした場合、頼ってきた患者さんや支えてくれたスタッフが行き場を失うのはとてもつらいことです。ある程度、専門性の高い疾患を抱えた患者さんにとっては、代替となる医療機関を見つけるのも、通うのも容易ではないでしょう。
M&Aが唯一の正解だとは申しませんが、築いたものを未来へつないでいく道がたしかにあるのだということはお伝えしたいと思います。閉じると決断する前、そして閉じざるを得なくなる前に、さまざまな選択肢を考えてみるのがよいと思います。
M&Aアドバイザーという立場ですが、私たちはこれからも、その先生がどんな医療を大切にし、患者さんや地域に何を残したいと願っておられるのかを丁寧にお聞きするところから始めたいと思っています。対話を重ねさせていただいた末、M&Aが最適の道ではないという結論に至ることももちろんあります。ただ、それもまた誠実なご支援の形だと思っています。
承継の悩みは一人で抱え込みがちですが、早い段階で信頼できる相手に打ち明けていただければ、選べる道が広がるのは確かです。川村先生のようなお考えが、同じような岐路で悩む先生方の参考になることを願っております。

(左から)川村様/弊社 山本
文:蒲原 雄介 写真:平瀬 拓 取材日:2026年5月13日
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