

なくしてはならない会社の灯を受け継ぐ。
“多能工集団”と目指すさらなる高み
三重県伊勢市を拠点に、給排水衛生・水道・空調といった管工事を手がける株式会社サンシンは、地域のインフラを支える企業として発展してきた。後継者のあり方を見据える中、自社の価値を高めてからM&Aを模索し、同じ東海地方で地域の事業承継を担う、なごやホールディングス株式会社と出会う。M&Aを決断した背景と、両社がパートナーとして互いを選んだ理由について株式会社サンシン 取締役会長 山下智史氏と、譲受企業・なごやホールディングス株式会社 代表取締役社長 林秀和氏に伺った。
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譲渡企業
- 会社名
- 株式会社サンシン
- 所在地
- 三重県伊勢市
- 事業内容
- 給排水衛生設備工事・
管工事・水道工事業 - M&Aの検討理由
- 企業のさらなる発展のため
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譲受企業
- 会社名
- なごやホールディングス株式会社
- 所在地
- 愛知県名古屋市
- 事業内容
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事業承継支援事業
- M&Aの検討理由
- 地域インフラ企業の承継・
グループ経営の推進のため
「できませんは言いません」。困りごとを解決するうち地域に必要とされる会社になった
まず山下様がサンシンの経営を引き継ぐまでの歩みからお聞かせください。

伊勢で生まれ育ち、大学を出たのは就職氷河期にあたる時期でした。はじめに就職したのは、ご縁のあった空調メーカーです。空調は、建設業の中で管工事に分類され、水道工事を営む実家でも手がけていたため、私にとってもなじみのある分野でした。「いずれ跡を継ぐことにはなるだろう」と漠然と思っていましたが、父親と面と向かって承継の話をしたことは一度もありませんでした。
その後、本当はもう少し外で働きたい気持ちもありましたが、25歳でサンシンに入社しました。父はまだ50代でしたが、後継者をどうするか考え始めており、経営や資金繰りの舵取りに難しさも抱えていたようです。
入社されて、会社の中身はいかがでしたか。
最初に直面したのが、想像以上の資金繰りの厳しさです。経理を担っていた母が毎月のようにお金がないとこぼしていて、「手形が落ちなければ銀行取引が止まり、それが倒産につながる」と教わりました。
そこで私は、それなら手形取引をやめようと考えました。まだ会社経営の基礎さえ分かっていない素人だからこそ思いついたことですし、当社の都合だけでどうにかなる話ではありませんでしたが、半年ほどかけて取引先に協力をお願いし続けて、ようやく手形を廃止できました。
その過程では支払いを渋る取引先もいましたし、手形をやめるということは当社の経営がよほど厳しいのだと怪しむ仕入先もありました。そうしたところとの取引は整理し、当社に理解を示してくださる取引先に絞ってリスタートを切ったのです。これは長い目で見れば、その後の経営を安定させる土台になりました。
どのようにして安定した経営と独自の強みを築いてこられたのでしょうか。

サンシンは給排水衛生・水道・空調といった管工事をメインとする会社です。1つの建物を建てるのに、様々な業種が関わって完成させるのが建設業の特色ですが、我々の仕事は、最初の仮設から最後の器具付け、取扱説明までと、とにかく工程が長くなります。そのため、受注から完成・引渡し、入金までの期間が長く、利益も出にくいのです。そこで、近年では造成や基礎工事のように完了が早く、早期に請求を起こしやすい工事を選ぶなど、自社の体力に合った仕事選びを意識してきました。
そしてサンシンの強みは、相談された仕事に対して「できません」と言わない姿勢です。細かく専門業種に分類されている建設業の職人は、「ここからここまでが自分の仕事」と仕事の境界線を引きがちです。しかし現実には、配管のためにコンクリートを壊したり、復旧したり、ペンキを塗ったり、といった付随工事が発生します。それを左官屋やペンキ屋に発注するのではなく、自分たちでやればいいんです。私は、便利屋の原点は水道屋だと考えています。お客様の困りごとで一番多いのは水漏れですが、それを直せる人間は、突き詰めれば何でもできます。言い換えれば、多能工の原型です。
「できません」と言わない姿勢を徹底したことで、会社にはどのようなプラスの変化が生まれましたか。
あるとき天井から異臭がするからと出張を頼まれたことがあります。まず排水の漏れを疑い、天井裏をチェックしたら、そこには鳩が巣を作っていました。ここで排水管と関係がない、専門外の仕事だからといって帰るのはナンセンスです。お客様は、水道屋なのか、害獣駆除業者なのか、どこに依頼をするのかを聞きたいのではなく、目の前の困りごとを解決してほしいのですから。
どうしても自社で対応できないなら専門業者を紹介するか、当社が受けてプロに仕事を回す。この考えを徹底したことは、他社にない強みを生み出すことになりました。
社員が自分から仕事を取ってくるようになると、公共工事が休工になる日や雨で現場が動かせない日にもできる仕事が増え、たとえ薄利であっても、空いた時間にできる仕事があり、小さな工事を積み上げられることは、会社にとっては大きな実りです。このように現場の社員たちが自立して働くことで、意識が変わり、施工力の向上にもつながりました。
飲食事業にも長く取り組まれていますが、本業と異なる分野に挑戦された背景には何があったのでしょうか。
飲食事業は、私自身の地元への想いを語るうえで外せません。伊勢神宮は、20年に一度、社殿を作り変える「式年遷宮」で知られています。前回行われたのは2013年でしたが、これを機に街を盛り上げようという機運がありました。
ちょうどその頃、料理人でもある親族が伊勢に戻るにあたって、飲食店の開業を支援しました。私自身は包丁も握れない素人でしたが、外宮を盛り上げたいという強い気持ちがあり、飲食店の設計施工・開業支援の仕事をしていたこともあり、自分でも店を出すことを決意したんです。
結果的に、この出店を皮切りとして、周辺では遷宮の前後で20店舗以上の飲食店が増えました。私のような素人が飲食店を経営して時流に乗っているのを見て、自分にもできるはずだと勇気が湧いた人も多かったのでしょう。微力ながら地域活性化の役に立ったのではないかと思います。建設業と直接の関係がない飲食店の経営を単なる道楽のサイドビジネスではなく、生まれ育った街への恩返しで続けてきたつもりです。これは本業であるサンシンを発展させてきた想いとも共通しています。
価値を高めてから託したい。株式を集約しM&Aの機をうかがう
順調に発展してきた会社の後継については、いつ頃から考え始めたのでしょうか。

私は先代から体系立てて経営を教わったわけではなく、乏しい知識と経験を持ち前の好奇心と器用さで補いながら何とか会社をリードしてきました。これは、いわば曲芸のような経営だったと思います。ではこの曲芸式の経営を、自分の息子や従業員に教え、受け継いでもらえるかと問われれば、難しいと言わざるを得ません。再現性が低いのです。
それに、限られた血縁の中から優れたリーダーを選ぼうとすれば、どうしても選択肢が狭くなるのは否めません。そんな考えもあって、M&Aという道は早い段階から頭の片隅に置いていました。
M&Aに向けて動き出した決め手は何だったのでしょう。
会社の世代交代を進めるなかで、経営の主導権をはっきりさせる必要が出てきたためです。それまでは先代も株式を相応に持っていた状態が続いていたので、それでは私が本当の意味で舵を取りきれません。そこで思い切って、私財を投じて株式を買い取り、親族に分散していた株式を家族のもとに集約しました。子どもの学資や会社にもしものことがあったときのための蓄えも充てての決断でした。

私もさまざまな経営者の方にお会いしてきましたが、初めてのケースでした。ただここで株式を集約されたことは、その後、M&Aを実行する上では重要なプロセスだったと思います。仮に株主が分散したまま話を進めると、まとまるはずだった内容が最後の最後に決裂してしまうこともあります。後の話がスムーズに運んだのは、この決断があったからこそでした。
谷さんと初めてお会いしたときは、単なる情報収集が目的でした。M&Aを行う・行わないの前に、まずは自社の今の価値を知りたいと思ったからです。かねてから社名をお聞きしていたM&Aキャピタルパートナーズなら信頼できるだろうと思いました。
ただ、その直前の業績がやや悪化していたこともあり、査定額は私の想定よりも低かったのをよく覚えています。そこで「M&Aは、自分が目標とするラインまで会社を磨いてから本気で考える」と谷さんに伝えました。会社の価値を測るには直近3期分の決算書が重要です。そこで3年間でしっかり経営改善に取り組み、3期分の好決算を並べてから価値を問うのがよいだろうと覚悟を決めたのです。

山下様のご意向がはっきりしていたので、新しい決算が出るタイミングでこちらからご連絡を差し上げるなど、定期的に接点を保つようにしていました。もともとは3年経過して、良い決算書が揃うまで待つというご意向でしたが、建設業は業績に波が起こりやすく、過去3年よりもさらにさかのぼったときの平均で評価されるケースが少なくありません。3年後にこだわりすぎず、良い決算が出たタイミングで検討を始めた方が会社の価値を高く見ていただける可能性が高まることは、私から申し上げました。結果的に、山下様が当初想定していたよりもM&Aを1年だけ前倒しすることとなったのは、そうした理由があったためです。
M&Aに臨むうえで、特に意識されていたことはありますか。
候補先リストに情報を開示する段階になったときは、積極的な情報開示をお願いしました。相手がよほどの競合企業でなければ断る理由はないと考えたためです。できるだけ門戸を広げたほうが、選びやすいのではないか。そんな想いもあったので、谷さんからどんどん候補企業を紹介してもらえることを期待していました。
またM&Aにあたり、自らの会社の価値を高めることを強く意識していました。言い換えれば、買い手の立場に立ったときに魅力的だと思われる会社であるということです。
先ほど紹介した飲食店は、建設業との関連性が薄いため、サンシンの事業に関心を持つ方からすればプラスの評価にはなりづらいでしょう。そこで飲食事業はサンシンから別会社へと切り離しました。逆に別会社で営んでいた不動産業は、建設業と相性が良いと考えて、サンシンの内部に移しました。いざM&Aとするとなれば、会社を買い手にとってわかりやすい、きれいな姿にしておくべきだと考え、準備を一つひとつ整えていきました。
どのようなお相手を望んでいらっしゃいましたか。

当初は、長く一緒にやっていけるであろう事業会社が良いと考えていました。商圏についても、私は大阪の大学出身ということもあって、近畿地方には土地勘がありましたが、今まで関わりの薄かった東海地方や名古屋を中心とするなごやホールディングスをご紹介いただいた際には、少し戸惑いもありました。
たしかに大阪でお会いしたことも多かったですね。山下様はフットワークが軽く、ご出張されることも多いのです。「明日は大阪にいるから、大阪に来てくれれば面会できるよ」と急きょお時間を調整いただいたこともありました。サンシンの事務所をスーツ姿の人間が何度も出入りすると社員の方も気にされますから、外でお目にかかることの方が多かったかもしれません。
私自身が物事を柔軟に考えるタイプなので、意図を汲み取ってくれず四角四面な対応をする人とはどうしても波長が合わず、一緒に仕事をする気になれませんでした。その点、谷さんはいろいろな面で柔軟でした。谷さんは、私が本当に納得できそうな相手を、きちんと見極めて持ってきてくれました。だから最後まで任せてみようと思えました。
それは、山下様とご一緒させていただく時間を重ねたおかげだと思っています。途中でお待たせしてしまった期間もありましたが、「ここなら心からお勧めできる」と確信できる企業に行き着くことができたので、ぜひ一度お会いいただきたいとトップ面談の場をご用意しました。
吸収されるのではなく“兄弟”が増える直感が決め手になった
譲受企業である、なごやホールディングス株式会社の事業概要をご説明ください。

私たちは、愛知・三重・岐阜を中心とした東海地方で、地域社会になくてはならない事業を次の世代へつなぐためのグループ経営を行っています。グループには、地域の安全や暮らしを支える通信・電気インフラの事業、古くからある内職業を通じて地域の雇用を生み出す事業、地元の学校の教育旅行を担ってきた事業、そして地域の伝統文化を受け継ぐ事業など、多様な会社が集まっています。
私たちが掲げる理念は、「家業から企業へ、そして老舗へ」です。歴史ある会社が大切にしてきた想いや文化を尊重しながら、時代に合わせて経営管理やガバナンスを整え、次の世代へ続く、より強い会社へと進化させていく。それが、なごやホールディングスの役割だと考えています。
M&Aで譲り受ける際、大切にしていることは何でしょう。
「その地域や業界において、なくしてはならない会社かどうか」をもっとも重視しています。そして、創業家やオーナーが長い年月をかけて築いてきた歴史や文化への敬意を持つことを大切にしています。M&Aは単なる株式や資産の移動ではなく、「経営のバトンタッチ」だと捉えています。
大切にされてきた従業員の雇用や取引先との信頼関係を守りながら、私たちのグループが持つ経営ノウハウや人材、ネットワークなどを掛け合わせ、次の10年、20年、さらにその先へと続く会社にしていく。こうした「折り目正しい承継」が、私たちのぶれない軸です。
私たちはファンドと比較されることもありますが、「ファンド的な投資機能を持った事業会社」に近い存在だと考えています。大きな違いは、あらかじめ投資期間や売却時期を設定していないことです。譲り受けた会社を再び売却することを前提とせず、長期的にグループの仲間として一緒に成長していくことを基本としています。だからこそ、短期的な成果だけを求めるのではなく、必要であれば人材採用や設備、システムなどにも継続的に投資し、10年、20年という時間軸で会社をより強くしていくことができます。これは、私たちの大きな特徴だと思っています。
最初にサンシンの件を聞いたとき、どのような印象でしたか。
まず、伊勢という当社グループにも縁のある土地で、長年にわたり水道・管工事を通じて地域の暮らしを支えてこられた、非常に重要な会社だと感じました。建設業は資格者や技術者の確保も含めて簡単に参入できる業界ではありません。一方で、人々が生活する限り、地域のインフラを守る仕事はなくなりません。まさに、私たちが考える「地域になくてはならない会社」そのものだと思いました。
山下会長と最初にお会いしたときは、長年建設会社を率いてこられた経営者としての圧倒的な存在感に、心地よい緊張感を覚えました。実際にお話しすると、会社や従業員の皆様、取引先、そして地域のインフラに対する強い責任感と愛情が、言葉の端々から伝わってきました。山下会長が長い時間をかけて守り、育ててこられた大切な会社を、私たちが責任を持って次の世代へつないでいきたい。そう強く感じたことを、今でも鮮明に覚えています。
山下様から見た林様の印象もお聞かせください。

私が名古屋に対して苦手なイメージを持っていたことを、トップ面談の場で林さんに言葉にして伝えてしまいました。会社名にも「なごや」と書かれていましたから。ところが、林さんの人柄と、事業展望の明快さに触れるうちに、この人なら信用してもいいと思えました。気がつけば私の名古屋のイメージさえも、林さんが変えてくれましたね。
それに、完全に吸収されるのではなく、いろいろな業種の会社が集まっている点も魅力的だと思いました。言わば、兄弟が増えるような感覚です。オーナー会社は自由な一人っ子のようなもので、誰の影響も受けない代わりに、刺激も少なくなります。グループインによって兄弟会社が増えれば、いろいろな刺激を受けられるかもしれないとワクワクしました。
地域になくてはならない会社というコンセプトに、サンシンはぴったりでした。面談の後、山下様から「林さんでなければここまで話を進めていないだろう」とおっしゃっていただき、お引き合わせして本当に良かったと感じました。
その後のデューデリジェンス(企業監査)についてはいかがでしたか。
非常に整理された会社だという印象を受けました。歴史の長いオーナー企業の場合、会社の成長過程で形成されたさまざまな商慣習や経営上のルールを、承継を機に整理していく必要があるケースも少なくありません。その点、サンシンは財務面を含めて会社の状況がきちんと整理されており、山下会長が以前から将来を見据えて会社づくりをされてきたことがよく分かりました。M&Aを成立させることだけではなく、「次の世代にどのような状態で会社を渡すか」まで考えて準備されていたことに、良い意味で驚きました。
それは当然のことです。サンシンにとってこのM&Aは、なごやホールディングスとの“縁組”と同じことですから、調査に対しても誠実に向き合うつもりでいました。あらかじめ会社を整え、価値を高めようとしていたわけですから、隠すものも繕うものもありません。自分たちの会社をありのままに見ていただける、良い機会だと捉えていました。
双方が同じゴールを見据えていらっしゃることで、調査はスムーズに進みました。私たちは、その両者の想いをつなぐ役割に徹することができたと思っています。
「地域×グループ経営」で1社では届かない高みを一緒に目指す
サンシンがグループに加わり、どのようなシナジーを期待されていますか。
なごやホールディングスが目指している「東海地域でのグループ経営」が、サンシンに加わっていただいたことで、さらに一段進んだと考えています。グループにはさまざまな業種の会社がありますが、「地域社会に必要とされ、長く残していくべき事業」という共通項があります。異なる事業を持つ会社が集まることで、一つの業界や市場環境に左右されにくい経営基盤をつくることができます。同時に、それぞれの会社が持つ人材、顧客基盤、技術、情報、ネットワークを共有することで、単独ではできなかった挑戦も可能になります。
たとえば、グループには学校との関係を長年築いてきた教育旅行会社や、内職を通じて地域雇用を生み出してきた会社、開発やライフエンディングに関わる会社などがあります。そこにサンシンの建設・インフラに関する技術やノウハウが加わることで、グループ内で連携できる領域は大きく広がります。
また、山下会長が長年にわたって築いてこられた地域での人脈や信頼関係も、同じ東海地方で事業を営むグループにとって非常に大きな財産です。もちろん、M&Aをしたからといって無理にシナジーをつくるつもりはありません。まずはサンシンがサンシンらしく成長すること。そのうえで、それぞれの会社の強みを持ち寄ることで、一社では届かなかったところへ一緒に行ける。そんなグループにしていきたいと考えています。

経営者というのは、やはり他社の動きが気になって仕方ないものです。こうして、兄弟会社ができたことの喜びを私自身が強く享受しています。他のグループ会社のことが気になって、つい話を聞きに行ってしまうくらいです。
地元の人脈という話もありましたが、M&A後は経営者仲間から「相談に乗ってほしい」という声がずいぶん寄せられています。それだけ多くの経営者が、後継のことを誰にも言えずに抱え込んでいるのだと、改めて気づかされました。
社内ではどんな変化が起きていますか。
これまでやれなかったこと、やろうと思いつつ手をつけられなかったことが、形になり始めています。たとえば、予算を立てるという発想もその一つです。中小の建設業には、売上を積み上げていく考え方が根付いており、予算を組む習慣がないことも多いです。今後はこうした経営手法を当たり前にしていきたいと考えています。
また職人の世界はどうしても属人的になりがちで、私が一人で旗を振っても、なかなか現場まで届きませんでした。なごやホールディングスの力によって、業務報告のフローを整えるなど、一人ひとりが抱えていた仕事を皆で共有できる仕組みを確立するつもりです。
私は社長から会長になり、毎日決まった時間に出勤しなくてよくなったのに、なぜか以前より会社にいる時間が増えています。会社が良い方向に変わるという今しか見られない瞬間を、目の当たりにするのが楽しいのです。

サンシンには、高い技術と経験を持ち、自分の仕事に責任を持って取り組む職人気質の方が多くいらっしゃいます。それはサンシンの大きな強みです。一方で、それぞれが持っている知識や経験、仕事の進捗などを会社全体で共有し、可視化できるようになれば、個人の力を会社全体の力へと変えていくことができます。
経営についても同じです。これまでは山下会長が中心となって描いてこられた戦略を、これからは次世代の経営陣や現場の皆様と共有しながら、一緒に考え、一緒に実行していく。山下会長が築いてこられた強さを残しながら、「個人の力で強い会社」から「組織として強い会社」へ進化していくことが、これからのサンシンにとって非常に重要だと考えています。
あらためて、M&Aキャピタルパートナーズの仲介をどう評価されますか。
本当に誠意を持って取り組んでいただいたと感じています。仲介会社の役割は、相手と引き合わせるだけだと捉えている人もいるでしょう。ただ、それは谷さんのような本当の仕事ぶりを見たことがないから生じる誤解だと思います。少なくとも谷さんの働きを間近で見てきた私は、仲介役の真価を理解できました。
これまで多くのM&A仲介会社や金融機関の方々とお付き合いしてきましたが、その中でも特に信頼できるパートナーだと感じています。今回特にありがたかったのは、単に条件を調整するだけではなく、私たちがどのような会社を譲り受けたいのか、そして山下会長がどのような相手に会社を託したいのか、その双方を深く理解したうえでご縁をつないでいただいたことです。
M&Aは条件だけで成立するものではありません。特に事業承継では、最終的には「この人たちになら会社を任せられる」「この方が築いてきた会社なら私たちが引き継ぎたい」と双方が思えることが非常に重要です。その意味で、今回のサンシンとの出会いは、私たちの理念に非常に合ったご縁をつないでいただいたと感じています。また、常にレスポンスが速く、分からないことや難しいことについても率直にコミュニケーションしていただけたことが印象に残っています。プロフェッショナルとしての冷静さと、人と人との関係を大切にする温かさの両方で支えていただきました。

そう言っていただけて、本当に光栄です。私たちが大切にしているスピード感を評価いただけたのもうれしいですし、何より、節目ごとに山下会長と林社長が直接お顔を合わせ、一つずつ不安を解いていかれたことが、この成約につながったのだと思います。
お二人が同じ方向を向いてくださったからこそ、私たちも安心して間に立つことができました。
もう一つ付け加えると、私が「林さんと直接話したい」と相談すると、何度でもトップ面談をセッティングしてくれたのも誠実だと感じました。
仲介会社の立場としては、両者を直接会わせるのは本意ではない場面もあったかもしれません。それでも、我々トップ同士が対話し、確認することで得られる安心感や納得感を優先してくれました。そのことに今も感謝しています。
最後に、M&Aを検討されている経営者へ、メッセージをお願いします。
私が動き出したのは、一般的には「まだ早い」と言われる時期でした。しかし、自力でまだまだ頑張れるし、会社の行く末を最後まで見届けるつもりだと思えるうちに検討した方が良いように思っています。会社の価値が上がっていくのを、当事者として一緒に喜べることほど面白いことはありません。だから早かったとは一切思っていませんし、私と当社には絶妙のタイミングだったと感じています。
私がこれまでご支援してきたオーナー様は、比較的お若い方が多くいらっしゃいました。心に余裕のあるうちにご検討いただくと、よりよいご縁に出会いやすくなると感じています。M&Aを選択肢のひとつとして考えていただき、よいお話があれば考えてみるくらいの距離感が、最適な出会いを引き寄せるのだと思います。
オーナー経営者にとって、M&Aを決断することには大きな葛藤があると思います。会社は単なる資産ではなく、長い年月をかけて築いてきた人生そのものに近い存在だからです。だからこそ私は、M&Aは単なる「会社の売却」ではないと思っています。適切な相手とのM&Aであれば、会社を次のステージへ進め、未来へつないでいくための「成長戦略の一つ」になり得ます。
長く続いてきた会社は、その地域で雇用を生み、人々の暮らしを支え、取引先との信頼関係を築きながら、一つの灯を守り続けてきた存在です。その灯が、後継者がいないという理由だけで消えてしまうのは、地域社会にとっても大きな損失だと思います。
その会社の歴史や文化を尊重しながら、次の世代へつなぎ、その灯をさらに大きくしていきたいと考えている会社もあります。M&Aありきで考える必要はありません。ただ、会社の未来を考える選択肢の一つとして、早い段階から信頼できる専門家に相談してみることには大きな意味があると思います。そして、もし本当に信頼できる相手と出会えたのであれば、それは「会社を手放す」ということではなく、「会社の未来を託す」という前向きな経営判断になるのではないでしょうか。

(左から)弊社 谷/山下様/林様
文:蒲原 雄介 写真:髙木菜乃 取材日:2026年6月18日
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