

熱意に応えるという決断。
60年の技術を次の世代へ引き継ぐために。
特殊な技術により、熱炉や搬送設備を中心とした省力機械を一つずつ設計し製造してきた、創業60年の機電株式会社。大阪府高槻市に本社工場を構え、大手電機メーカーの生産現場を支えてきた。たしかな技術力を持つ一方、近年は採用難という課題に直面し、ロボットSI事業を手がける株式会社JRCのグループに加わることを決断する。機電株式会社 代表取締役の小畑 武史氏と、株式会社JRC 代表取締役の浜口 稔氏を交え、成約式直後に決断までの道筋をお聞きした。
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譲渡企業
- 会社名
- 機電株式会社
- 所在地
- 大阪府高槻市
- 事業内容
- 検査設備、熱炉、組立設備、
梱包設備、搬送設備など、
産業用省力機械の設計・製作 - M&A検討理由
- 後継者不在、
更なる成長発展のため
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譲受企業
- 会社名
- 株式会社JRC
- 所在地
- 大阪府大阪市
- 事業内容
- コンベヤ部品・設備、環境・エネルギー・産業プラントの総合エンジニアリング、ロボットを活用した自動設備の設計・製造・販売
- M&A検討理由
- ロボットSI事業の強化に向け、機電の自動化技術や熱処理技術とのシナジーを図るため
小さな発明を繰り返し、顧客の信頼に応えてきた60年
まず会社概要を教えていただけますでしょうか。

私どもは熱炉や搬送設備、検査設備、組立設備、梱包設備などを手がけてきました。1966年に父が創業して以来、省力化機械の設計・製造をオーダーメイドで行ってきたメーカーです。
これらの機械に馴染みのない方にも分かりやすい具体例としては、自動車のドアの開閉試験装置があります。耐久試験ですので、同じドアで何千回、何万回と開け閉めを繰り返し、どこまで耐えられるかを確かめます。これを自動化することで、正確なデータをできるだけ早く依頼主である自動車メーカーに報告するわけです。
熱炉についても、お客様のニーズによってさまざまなものを開発し、お届けしてきました。金属や流体などを高温で加熱し、溶かしたり、固めたり、あるいは乾燥させたりします。これも自動車部品を例に挙げると、樹脂を充填して絶縁や保護を施す部品が数多くあるのですが、その樹脂を熱で硬化させる設備を手がけています。
機電の手がける熱炉にはどのような特徴がありますか。
ただ温めるだけなら、炉の専門メーカーがあります。当社は、さらに搬送の動きが加わる領域を得意としてきました。すなわち、動かしながら、運びながら温めるという作業のため、特殊な工夫が必要です。こうした組み合わせを長く手がけてきたため、ニッチな需要にお応えすることができているのだと思います。お客様のさまざまな要望を実現するためには、調整や提案を重ねることが欠かせません。かっこよく言えば、小さな発明を繰り返しているようなものです。当社で実験台や小さな装置をつくって、実際に試してみることもあります。
標準機のメーカーでは対応できない寸法の箱詰め機や、ロボットを用いたパレタイザーといった自動梱包ラインも手がけています。近年はこうしたロボットの領域も注力ポイントです。
小畑様ご自身は、どのような経緯で入社されたのでしょうか。
当初は、父の後を継ぐつもりはまったくありませんでした。学生時代には普通の学生と同じく就職活動をして、いくつかの会社から内定もいただいています。ただ、いざその会社で働く自分を思い描いたとき、かすかな違和感がありました。明確な目標を描いていたわけでも、なりたい人物像があったわけでもありません。ある日、何かに目覚めたように、「それなら家業を手伝ったほうがいいのではないか」と考えるようになったのです。
ただ技術的な知識も経験もなかったため、入社時に何をするかも決まっていませんでした。父からは「お金の勉強をしろ」と言い渡され、働きながら簿記を学んで資格を取得しました。このまま私は、経理担当を期待されているのだろうかと考えていたところ、今度は電気の勉強を命じられます。理系出身ではありませんでしたが、研究者になるわけではないので、学び直しがそれほど大変だったという記憶はありません。仕事に必要な最低限の知識を重点的に押さえていきました。
先代からの経営方針で、今も受け継がれているのはどのようなものでしょうか。

父は以前から、信頼できる企業との長期的な取引を大切にしていたようです。大手と言われるような企業ほど取引条件も安定しており、安心してビジネスができると思ったのでしょう。そうした経緯から、大阪にある大手電機メーカーのグループとの取引が非常に強く、つながりは現在も続いています。古くからの得意先が多くいるというのは、会社運営の点でも安心です。
そのような大きな会社とお付き合いを続けるうちに、私の気持ちにも変化がありました。日本のものづくり、それも生産設備という点で、私たちの技術が下支えしていると実感できるようになったためです。少し大げさに聞こえるかもしれませんが、日本の礎を自分たちが作っているという自負も芽生えてきました。
そうした大企業が機電を高く評価したのは、どのような点だったとお考えですか。
自分で答えるのは難しい質問ですが、おそらく使い勝手が良かったのだろうと思います。小さな所帯で動いていますので、お客様の様々な要望に迅速に応えられるというのは長所です。俗に「無茶振り」と言われるような要望にも対応してきました。「我々でなければならない」という気風は今も残っています。微力ながらもご期待に応えてきたからこそ「あの会社なら、なんとかしてくれるだろう」と今でも多くのお客様に思っていただいているのではないでしょうか。気づけば、私が社長に代わってから20年が経ちました。父が築いてきたことを何とか守り続けたいという思いが強かったです。
ものづくりでは「世界一」と言えるような特徴を伸ばしている会社も多数ありますが、当社は「何でも屋」だったと考えています。お客様がやりたいと言ったことをサポートするのです。電気自動車が増えれば自動車メーカーのラインが変わり、設備も変わります。こうした変化にあわせて、当社も柔軟に変わっていきました。
採用の空白が続きM&Aは検討すべき選択肢となった
創業者から大切に受け継いだ会社のM&Aについては、いつ頃から意識されたのでしょうか。

10年以上前から頭の片隅にはありました。もちろん、最初は「将来そういう可能性もあるかもしれない」という程度の課題意識にすぎません。当時のM&Aという言葉には、どこか得体の知れない印象がつきまとっていたのも事実です。仕組みとしては理解できるものの、自身が当事者になるようなイメージは持てませんでした。
近年は仲介会社そのものの数が増えたのでしょう。それまでポツポツと届いていたダイレクトメールが急増しました。ほとんど目を通すこともなかったのですが、3、4年くらい前から内容に変化が感じられるようになりました。関心を持っている会社の情報も混ざるようになってきたのです。社名がわかった場合には、自分でその会社について調査する程度のことは行っていました。とはいえ、自分から銀行や商工会に相談するような積極的な動き方まではしていません。
後継者については、どのようなお考えでしたか。
息子がいますが、将来について深く話し込んだことはありません。私も父から「継いでくれ」と言われたことはありませんでしたので、息子が強く希望しない限り、こちらから頼むつもりはありませんでした。ただ息子も、祖父や父である私との関係が念頭にあったのでしょう。一度、親子で話した時は「代々続いた会社があるので、継ぐべきなのだろうか」という程度には考えていたようです。拒絶されたわけではないが、希望しているわけでもないと判断し、やはり私から勧めることはしませんでした。そんなタイミングで、佐野さんからも連絡をいただいたのだと記憶しています。

譲受企業となられるJRCは、自社で譲り受けに関心のある企業のリストを作っていらっしゃいました。お声がけさせていただいたのは、その中に機電の名前があったことがきっかけです。関心を持っている企業がいることをお伝えし、小畑様とのアポイントをいただきました。
初めてお会いしたときは、警戒されているのが伝わってきました。先ほどもお話があったように日々多くのご案内が届いているのだろうと想像がつきましたので、身構えられるのも当然です。慎重に言葉を選ぶ中にも、会社の歴史や誇りを守るために、財務面で手堅く経営してこられた様子が見て取れました。
こちらもすべての案内に応じるわけにはいきません。関心のある企業がいるというから時間を取ったのです。だから佐野さんの言う通り、警戒する気持ちはありました。初回の打ち合わせは10分ほどで終わったので、逆に印象に残っています。短時間で必要な情報を端的に伝えてくれたからです。
譲渡の条件として、明確に定めていたことはありますか。
それほど多くはありません。社員の雇用が守られ、機電が積み上げてきたことが活かせるのであれば、それで十分です。社名を残すことも条件として挙げたことはありませんし、私自身のこともあまり考えていませんでした。

小畑様は、最初から最後まで変わらず、従業員の方たちのことを第一にされている姿が印象的です。特に若い従業員の生活や将来を守らなければいけないという責任を、強くお持ちなのは感じていました。M&Aによって会社が本当に良くなるのであれば「即決する」というお言葉もいただいていたほどです。経済的な条件ももちろん大切ですが、それ以上に、事業としてのシナジーがあり、会社の将来展望が明るくなるかを見ていらっしゃったのだと思います。
結果的には、そこから決断まで2年ほどかかったのはなぜだったのでしょうか。
条件が揃えば決めるという考えは持っていましたが、それは裏を返せば、揃わないうちは動かないという意味でもあります。私自身はまだ働けますし、会社の業績も比較的順調でした。ほんの1年ほど前までは、あくまで参考までに聞いているだけという意識だったのです。
そんな気持ちが大きく変わったのは、採用活動の不調でした。自社での採用は常に行っていましたが、ここ数年、まったく成果が出なくなっていたのです。特に私たちの重要な仕事である機械の設計ができる人は、応募さえありません。即戦力が採用できないなら、自社で育成するということになります。しかし、当社の規模は10名あまりですから、どれほど育成の余裕を許容できるのかという点は問題です。
もし、この数年でたった1名でも有能な設計者を採用できていたなら、これほど将来を不安に思うことはありませんでした。それほど困窮していましたし、「自力での採用ができないなら別の会社の力を借りてでも補っていくしかない」という気持ちは少しずつ強くなっていきました。
後継者が確定していないこと、社員の将来、そして人手不足の問題。世の中には、これらの課題を解消できずにやがて立ち行かなくなる会社が数多くあります。当社が同じ道をたどることはしたくありませんでした。これらを一気に解決できる方法として、当社に最も必要なことがM&Aではないか、そう考えるようになったのです。
M&Aへの本気度が伝わってきたから積極的に応えたいと思えた
譲受企業・株式会社JRCの皆様にもお話をお聞きします。まず御社の成り立ち、そしてご略歴をお聞かせください。

父がベアリングや電動工具を扱う商店を営んでいたところから始まり、1965年に浜口鉄工株式会社として法人化しました。そこでベルトコンベヤの部品の製造販売を手がけたのが出発点です。以来、長らく同じ事業を続けてきましたが、2018年に立ち上げたロボットSI事業が大きな転機となりました。
そこへM&Aによって譲り受けた複数の会社を中心に、環境エネルギー事業が加わりました。現在は、コンベヤ、ロボットSIとともに3カンパニー制を敷いています。

私はもともと投資ファンドにおり、その投資先の一つがJRCでした。私自身はファンドから常駐する形で2019年にJRCへ入り、上場準備及び新規事業であるロボットSI事業の立ち上げを担当することになります。2023年の上場に伴ってファンド自体は投資を終えましたが、私はそのままJRCに残りました。現在はロボットSI事業を日月に任せ、今は副社長兼CFOとしてJRCに携わり、M&A戦略の責任者も務める立場です。

私は2025年4月にJRCへ入社しました。前職では、液晶や白物家電を手がけるメーカーの生産設備をつくる事業の事業部長を務めていました。現在は当社の持つ技術を通じて、これから世の中が抱える課題の解決に貢献していきたいという考えのもと、ロボットSI事業を率いています。
M&Aについての戦略を教えてください。
3つのカンパニーがいずれもM&Aを活用した成長戦略を取っていますが、実行の判断軸は主に2つあります。当社がすでに持っている強みとのシナジー、そして会社同士の相性です。私たちは「協業型M&A」という表現で、親会社の方針を押し付けず、互いに成長を目指す姿を大切にしてきました。片方ではなく、両者がともに良い会社になるためのM&Aです。そのためには、信頼関係を保ちながら、一緒に壁を乗り越えていけると思えるかは非常に重要なポイントです。
機電に関心を持ったきっかけはどのようなことだったのでしょう。
主な理由は3つあります。まず、ロボットを使った自動化の領域に挑戦していること。2つ目は、当社の宇治工場と大阪という地理的な近さから、スムーズな連携が見込めた点です。そして3つ目が、熱処理という優れた特化技術を持っていること。こうした前提条件が揃っていたことが、関心を深めた大きなきっかけです。
トップ面談は、機電の本社で行われたと伺っています。小畑様はどのような心境でその日を迎えられましたか。
実は驚きと緊張が同居したような感覚でした。トップ面談とはお聞きしていたものの、技術的に詳しい部署の専門家がヒアリングに来るのだろうと予想していたところ、浜口社長も自ら来られたためです。上場企業の代表がわざわざ来てくださると知らされたときは、それだけ本気なのだと感じました。
私にできることは当社の情報をできる限り包み隠さずにお伝えし、ありのままの会社を見ていただくことだけでした。小さい地場の企業ですから、わざわざ視察されるのには気恥ずかしさもあったというのが本音です。

事業のシナジーが発揮できるのではという期待が高まったのに加えて、小畑社長のお人柄から、社風も誠実で真面目な会社だという第一印象を持ちました。工場も拝見しましたが、しっかりしたものづくりをしている企業のたたずまいを感じて、一緒になれたらいいと素直に感じたことを覚えています。その場でロボットが実際に動いている様子が見られたのも良い印象でした。
技術者の目には機電の存在はどのように映りましたか。
私が伺ったのはだいぶ後の機会ですが、ちょうどロボットを製作している最中で、小畑社長からそのロボットについても詳しく説明をお聞きできたのです。社長が電気分野に精通されているとお聞きし、電気の基礎をしっかり押さえた設備を作られている印象を持ちました。

当社はロボットSIという事業に関しては、まだ新参者だと思っています。これまでユーザーだった期間のほうが長いです。その点、機電がものづくりに取り組みながら技術力を蓄えてきたことを素直にリスペクトしています。まだまだ、当社が勉強させていただかなければならない立場です。
一方で小畑社長の悩みの種だった採用課題については、解決に向けてお力になれるとも感じていました。機電に限らず、これまでもグループに加わる企業で採用に課題を抱えているケースは少なくありません。当社も採用人事の強化を進めており、採用戦略の策定や具体的な支援にも取り組んできたため、実績のデータも交えてご提案するようにしました。
意向表明を受けたときの小畑様の感想をお聞かせください。

この事業を伸ばしたいというJRC側の本気度が伝わってきたことは大変嬉しく思いました。まだまだ、さまざまな技術を必要としていて、その手段として当社に声をかけてくれたロジックも納得できるものです。この事実だけでも、社員の自信につながるでしょう。これだけ積極的な提案をしていただけるなら、私たちも積極的に応えていいのではないかと思いました。とはいえ、60年続いてきた会社の将来を、この時点では即断できません。結果としてJRCには長くお待ちいただくことになりました。
初めてお会いしてから成約までは2年ほどの時間を要しました。どのようなお気持ちで決断をお待ちになっていましたか。
当社としては意向を表明し、ベストの条件も含めて確認していただきました。あとは機電の決断を待つだけという気持ちでした。
機電にとってJRCがベストのお相手だという確信は、私個人としては早い段階から持っていました。ただ会社を託すご決断は、機が熟さなければできるものではありません。小畑様が動き出したいと思われたときにすぐ話ができる状態を保ちながら、必要な時間だとお待ちしていました。
さまざまなお気持ちを経て今日の成約を迎えられたわけですね。決断の決め手はなんだったのでしょうか。
正直に申し上げると、これが決め手だったと一つに絞れるようなものはありません。採用の苦境とともに、後継者不在と、社員の将来への保証など、いろいろな課題と感情が複雑に絡み合っていましたので、「最大公約数」のような決断ではないかと捉えています。
これ以上、悠長に待っていても、より良い相手が現れるかなど分かるものではありません。とはいえ、仕方のない選択という消極的な気持ちはありませんでした。熱心なラブコールを送っていただいたのなら、それにきちんと応えたいと踏ん切りがついたことが、最後の後押しになったと思います。
デューデリジェンス(企業監査)においても、小畑社長は現場を担いながら、しっかりご対応いただきました。確認しなければならないポイントは多くありますし、専任の担当者などがいない中で、大変なことだったと思います。
中小M&Aの現場で、こういったケースはよくありますので、本業の妨げにはならないよう、対応できる限りはこちらでサポートする形とさせていただきました。
技術と人を託し、自社単独では手が届かなかった領域へ挑む
従業員の皆様には、どのように伝えられたのでしょうか。
こうした情報開示でまずお伝えするのは、当社の基本的なスタンスです。これまで考えてきたこと、どんなことを一緒にやりたいと思っているのか。まさに小畑社長にお伝えしてきたビジョンを改めてご説明するとともに、だからこそ小畑社長の力が今後も必要で一緒にやっていただくという全体説明をしました。
続いて全員と個別面談も実施しています。これは当社が譲り受けの際によく行う手法です。全体の場では聞きにくいこともあるので、個々がどう感じているかを聞いておき、今後の運営の参考にします。できるだけ早くに信頼関係を醸成するための取り組みです。
私のあいさつは、できるだけ社員の方に安心していただきたいという主旨でした。何かが大きく変わることはありません。ただ、人事の面や営業の面など、これまで手が回らなかったところは強化していくという方針をお伝えしました。過去には個別面談で反発する意見が出たケースもなかったわけではありません。しかし今回は前向きに受け止めてくださる方が多く、手応えとしては良いものでした。
譲渡の事実を伝えること自体は難しくありませんが、従業員も一人ひとり異なる人間ですから、どう受け止められるかまでは分かりません。彼ならどう反応するだろうかといった個別の予想は、頭の中に浮かんでいました。浜口社長がおっしゃったとおり、前向きな反応が多かったのも、JRCのメッセージが明快だったことによるかと思います。
今後、どのようなシナジーを期待されていますか。
機電が手がける設備には、入口と出口にあたるローダー・アンローダーと呼ばれる工程があります。対象物によってやり方は変わりますが、そこを人手ではなくロボットで担うことができれば、新たなものを生み出していけるでしょう。機電がもともと持っている技術と、当社が培ってきたロボットを構築する技術を組み合わせることが、最初の一歩になると考えています。
そして機電が持つ優れた技術を後世に受け継いでいくこともまた、当社の使命だと感じています。これまでの臨機応変な提案力をそのまま吸収するつもりで、従来からのお客様にとってもよりよいご提案につなげていきたいところです。

【高槻市内で開かれた成約式では両社長があいさつし、固く握手を交わした】
採用については、当社の人事機能を活かした支援を早速開始し、成果をお見せしたいと考えています。それにはPMI(M&A成立後の統合プロセス)をどのような手順で進めていくかも非常に重要です。小畑社長をはじめ、皆さんと連携をとりながら進めていきたいと思います。
改めて成約式を迎えて、どのようなお気持ちですか。
このようにセレモニーを開催していただき、一つの区切りを迎えられたのは確かです。今年は、創業60年という節目にあたります。私が勤めて33年、社長になってから20年ほどになりますので感慨深い気持ちですが、これで終わりではありません。
実績、技術、人脈と、そして大切な当社社員をJRCに委ねて、さらなる発展を目指していきたいという思いでいっぱいです。力添えをいただくことで、当社だけでは実現できなかったことに何かできるのではないかと期待しています。
当社のグループに加わっていただいた機電の方たちの将来を、これからより良いものにしていかなければなりません。その思いは、今日を迎えていっそう強くなっています。グループとしても、機電の力を加えて、より良いものにしていきたいと考えています。
無事にこの日を迎えられ、強力な会社がまたパートナーとして加わっていただけたことを、本当に嬉しく思っています。当社がやりたいことと、小畑社長がやりたいことが今後組み合わさっていくと考えると夢が広がる思いです。
M&Aキャピタルパートナーズの仲介に関してのご評価をお願いできますでしょうか。
もし担当が佐野さんでなければ、この結果にはなっていなかったかもしれません。そう思えるほど、いつも丁寧で、常に積極的に動いてくれました。何を聞いても対応してくださいましたし、よく足を運んでくださいました。
私も、佐野さんがいなければ、このM&Aは成立していなかっただろうと思います。紆余曲折の場面でも本当に粘り強く対応していただきました。意向表明後も、さまざまなことで小畑社長が悩まれているご様子なのは承知していました。それを最後までしっかりと寄り添い、まとめていただいたのは佐野さんとM&Aキャピタルパートナーズのお力あってこそです。今後もご一緒できる機会があれば嬉しく思います。
最後に、同じような立場にある経営者の方々へメッセージをお願いします。
当社のようにさまざまな事情を抱えながら事業を続けている会社は、数多くあると思います。特に連日報道されているような人手不足の問題は、対応によって後悔することも、行き詰まることもあるでしょう。そういう会社に対しては、M&Aという選択肢を必ず入れておいたほうがいいと申し上げたいです。私自身、潜在的な可能性としては早くから感じていましたので、そのことが結果的によかったのかもしれません。
当社もM&Aを通じてさまざまな会社と出会い、グループに迎え入れてきました。そのほとんどの方が、「一緒になってよかった」と言ってくださっています。これからそうした選択をされる方には、いい企業が数多くありますので、ぜひベストな選択をしていただきたいと思います。
2年ほどにわたってやり取りをさせていただき、機電にとってJRCが非常に相性の良いお相手だと思い進めてまいりました。成約に至らなければ自分の責任だと考えてきましたので、この日を迎えられたことに安堵しています。JRCは上場企業ですから、業績も含めて今後の歩みを拝見することができます。機電が加わり、両社が伸びていく姿を見られることを、何よりも楽しみにしております。

(左から)常川様/浜口様/小畑様/日月様/弊社 佐野
文:蒲原 雄介 写真:蔵屋憲治 取材日:2026年9月1日
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