晴ればれ 「守りたいのは、家族と社員の笑顔。」 両親や夫への感謝があったからM&Aも応援できた

中島 由紀子様

「守りたいのは、家族と社員の笑顔。」 両親や夫への感謝があったからM&Aも応援できた

出演 株式会社中央保険プラザ 中島 由紀子 夫人

株式会社中央保険プラザ 代表取締役会長 中島広輝 様の奥様・中島 由紀子 夫人

地域に根ざした保険会社として、岐阜の暮らしと共に歩んできた株式会社中央保険プラザ。その発展を30年にわたり、時には陰から、時には表で支えてきたのが、中島広輝会長の夫人であり、お母様と立ち上げたNPO法人の理事長としても活躍する由紀子様です。M&Aという節目を迎えた背景には、地方の保険募集代理店ならではの課題と、家族の未来を見越した覚悟がありました。新しい暮らしに向けて一歩を踏み出した夫と、経営を支えてきた夫人の視点から想いを伺いました。


面倒見のよい幼稚園教諭から経営者の伴走者へ

まず由紀子様のご結婚前までのキャリアについて、お聞かせください。

中島 由紀子 様
中島 由紀子様(以下、由紀子夫人):

幼い頃から小さな子どもが好きで、幼稚園の先生になることがずっと変わらない夢でした。自身の卒園文集にも“せんせいになりたい”と書いていたほどで、母からも「いつも面倒見がよかった」と言われていました。

そんな夢はずっと変わることなく、大学では幼稚園教諭と保育士の資格を取得したのです。卒業後は、そのまま地元の幼稚園で先生として勤めるようになりました。結婚して退職するまで8年間勤めましたが、とてもよい思い出です。

広輝様とは、どのように出会われたのでしょうか。

由紀子夫人:

同じ勤め先の友人と一緒に参加したバーベキューで知り合ったのが最初です。あの頃、友人たちの結婚式で司会や受付を頼まれることが多く、次々に周りの子たちが嫁に行くのを見送りながら「次は自分の番かな」と内心、思っていた時期でもありました。そんなタイミングも後押しして、結婚に向けて自然と距離が縮まっていったのだと思います。


覚悟を決めた夫の起業と妻の覚悟

広輝様から「起業する」と聞いた時、どう思われましたか?

由紀子夫人
由紀子夫人:

娘の出産を控えた頃に「会社を辞めて起業したい」「保険業に挑戦したい」と言われました。当時の私にはまったく予想していなかった話で、正直びっくりしましたね。周りに起業している知人もおらず、しかも出産間近のタイミングだったので、不安が押し寄せたのを今でも覚えています。

同居していた両親に相談したところ、反対するどころか「何かあったら支えてあげるから」「やりたいことがあるなら、今がいいタイミングじゃないか」と決断を後押ししてくれました。その言葉で、気持ちが落ち着きました。夫は、無謀なことをするタイプではありません。きっと準備を重ね、確信を持ったうえで私に伝えているはずと思い直し、不安はすぐに消えました。

ご主人の挑戦を支えようと覚悟を決められたのですね。

由紀子夫人:

私なりに腹をくくりました。もし事業が失敗したら、私が働けばいいと思ったのです。地元で暮らしているのでつながりも多く、主婦となった私でも働き口など、どうにか見つけられるだろうという楽観的な自信もありました。

起業後、中島家の様子はどう変わりましたか?

由紀子夫人
由紀子夫人:

夫は、文字通り身を粉にして働いていたと思います。昭和のど真ん中世代ですから、お客さんとの飲食のお付き合いも多く、明け方の4時、5時になってから帰宅する日も多かったです。

それだけ保険代理店として独立するというのは大変なことだったのでしょう。夫は同じ岐阜県内と言っても、中心部からはやや離れた山奥の出身でした。そのため、岐阜市内には知り合いがいない状態でスタートしたのです。初期には、私の両親が知人に声をかけてくれ「うちの婿が新しい事業を始めたから話だけでも聞いてあげて」と、随分と紹介につなげてくれました。この時のご縁は、両親が亡くなった今も続いています。感謝してもしきれません。夫もこの恩を忘れず、ずっと両親を大切にしてくれました。

お仕事と家庭のバランスについてはどう感じていましたか?

由紀子夫人:

仕事の忙しさや飲み会は、経営者として必要なことだと理解していました。ただし、深夜の帰宅はともかく、週末のサーフィンには正直、腹が立っていました(笑)。夫にとってサーフィンがストレス発散となっているのは分かっていたのですが、私は週7日、24時間にわたって母親業が続いていたわけです。彼が週に2日ある貴重な休みを、どうして家族ではなく趣味に使うのだろう、と恨みつらみが募っていたのは…否定できません。

とはいえ、娘たちに「パパ嫌い」と言わせたくなかったので、感情的にならないように話し合いながら、家庭のルールをつくっていきました。夫は結婚当初から「夫婦の時間を大事にしたい」と言ってくれていて、記念日には必ず二人で食事に出かけました。今振り返ると、あの頃に夫婦の時間を積み重ねられたことが本当によかったです。両親や義両親の支えのおかげです。子どもが巣立った今も、夫と過ごす時間が幸せだと感じています。

お客様から食事の席に誘っていただき、私も一緒に参加することもありました。夫を通して世界が広がり、人との関わり方を学ぶ機会にもなりました。夫は家では仕事の大変さを口にしません。こうして家の外でお客様に可愛がっていただいている姿を見るたび、「頑張ってくれているんだな」と感じていました。


もう一つのライフワーク。働く女性を支えるために

ご自身が理事長を務めるNPO法人について教えてください。

由紀子夫人:

後にNPO法人となる「グッドライフ・サポートセンター」を立ち上げたのは、1997年のことです。母とその仲間たちが中心となって始めた市民団体で、高齢者を支える地域づくりを目指し、さまざまな活動を行っていました。

私が幼稚園教諭と保育士の資格を持っていたこともあり、若い世代の女性を支える子育て支援も取り入れようと、二本柱で活動を進めていきました。NPO法が施行された1999年には、いち早く法人格を取得し、東海九県下で第1号の認証団体となったのです。今では岐阜県内だけでも800以上のNPOがありますが、その名簿の一番上に「グッドライフ・サポートセンター」が記されていることを誇りに思っています。

立ち上げ当初は、どのように関わっていたのでしょうか。

NPO法人「グッドライフ・サポートセンター」の活動の様子
NPO法人「グッドライフ・サポートセンター」の活動の様子
由紀子夫人:

当初は、時間があいた時だけお手伝いをする程度でした。週2~3回ほど、娘をベビーカーに乗せて散歩しながらチラシをポストに入れるなど、子育てしながらできる活動にとどまっていました。事務所で電話番をしていたこともあります。

その後、娘が大きくなり時間がとれるようになると、母世代が築いた土台を引き継ぎ、事務局長として現場を支えました。4年前には理事長に就任し、2013年度には「子ども若者育成・子育て支援功労者 内閣府特命担当大臣表彰」を受賞しました。私が立ち上げた子育てサークルも輪が広がって、どんどん活動の幅が大きくなっていったように思います。当時は、子育てや介護を地域で支え合う仕組みがまだ整っていなかったため、理解が広まるまで時間もかかりました。現在は、これまでの経験を活かしながら、次の世代へバトンをつなぐ時期に入っています。


社員と家族を守るための夫婦の決断

NPO法人を運営しながら、中央保険プラザにも関わっていたのでしょうか。

由紀子夫人:

当時はまだ小さな会社でしたので、立ち上げの当初は週に一度くらい事務所へ顔を出し、掃除や銀行への入金、会計ソフトへの手入力など、裏方としてのサポートを行っていました。事業が軌道に乗り、従業員を雇うようになってからは、採用面でのアドバイスでも関わる機会も増加。女性は“第六感が働く”と言いますが、夫が見落としそうな部分に気づくこともあり、事務のリーダーへ「このあたりを少し気にかけてあげてね」と声をかける場面もありました。

広輝様を支えながら発展してきた会社のM&Aについて聞いたとき、どのように感じましたか?

由紀子夫人:

最初にM&Aの話を聞いたときは、あまりよい印象を持ちませんでした。M&Aとは、経営がうまくいかなくなったり、後を継ぐ人がいなくなったりした会社が引き継がれるものという、一昔前のイメージを持っていたので、「どうして、うちが?」と不思議に感じたんです。娘の結婚相手は後を継ぐつもりで入社してくれましたし、業績が悪いわけでもありませんでした。

ですから夫同様、最初は「詐欺ではないか」と疑ったくらいです。しかも、JALグループがこんな地方の会社に興味を持つというのが信じられませんでした。でも、夫の話を聞くうちに気持ちが変わっていきました。保険業界は変化が多く、地方で独立経営にてこの事業を続けるにはいつか限界が来ること、人口減少などもあり楽観視できない未来であること。そうした話を聞いて、「会社と従業員を守り、そして娘夫婦の将来のために決断したんだ」と理解できたので、最終的には賛成しました。

M&Aに向かっていく社内のムードはいかがでしたか?

由紀子夫人:

戸惑いを和らげるため、個別にフォローする必要があると感じていました。社内の要となるメンバーには特に丁寧な説明が重要だとも思っていました。急な変化を受け入れにくいのは当然ですし、今後も中心となって活躍してもらうメンバーには、一般社員よりも先に、正確な情報を知ってもらう必要があります。しかし、夫は自分がこうだと決めたら、なかなか考えを変えてくれません。特に娘夫婦は将来の承継も視野に入れていたはずです。だからこそ、背景にある経営者としての考えを個別に、時間をかけて説明してほしかったのですが、夫は首を縦には振りませんでした。

そこである時、東京にあるJALUXの本社で打ち合わせをするため、夫が出張する際に、幹部社員にも同行させたいと考えました。百聞は一見に如かずで、夫の思いを自分の目で確かめられれば、納得できるはずだと考えたためです。M&Aが成立した後にも中核として活躍してもらう二人が前向きになれば、今後他の社員が不安を抱いたときにも支えになってくれると思いました。この時はいつも以上に、同席させたほうがよいと主張し続けて、ようやく認めてくれました。JALUXの本気度に触れたことは、彼らのモチベーションを高めることにもつながったようです。


無理なく、ほどよい距離感で、元気に暮らすことが目標

ご夫妻のこれからの夢について教えてください

由紀子夫人:

夫は、早期リタイアをずっと目標にしてきました。体力と健康に自信があるうちに南の島へ移住し、サーフィンに没頭したいという想いが長年の原動力だったのです。それを目標に頑張ってきた人なので、夢が叶ってよかったなと、今は心から尊敬しています。

将来的に夫は沖縄へ移り住みたい様子です。しかし、私にはNPOの業務があり、孫も生まれたばかり。まずは数年かけて体制を後進へ引き継ぎ、自分は下支えへ移るつもりです。お互いに無理のないペースで、よい距離感を保ち、元気で暮らす。仕事も家族も、どちらも急がずに整えていきます。

沖縄旅行の際の写真
沖縄旅行の際の写真

ご自身のビジョンもお聞かせいただけますか?

由紀子夫人:

私はじっとしていられない性格なので、沖縄移住後もきっと新しい活動を始めていると思います。先日、移住者の方々と話したときに、仕事のほかに地域のボランティアに参加している方が多いと伺い、とても素敵だなと感じました。私もそうした形で地域に関われたらと考えています。また、これまで幼稚園の先生やNPOでの活動を中心に歩んできたので、これからは幅広い仕事に挑戦してみたいと思っています。

新たなスタートを切った会社の未来に、どんなことを期待しますか?

由紀子夫人:

今回のM&Aで、岐阜県を中心にしていたお客様がさらに広がることを期待しています。これまでお付き合いの深かった組合関係に加えて、異業種や県外企業とのつながりが生まれれば、社員にとっても新しい成長の機会になるはずです。

岐阜市も企業誘致に力を入れているので、そうした新しい動きを柔軟に取り入れながら、前向きに挑戦していくきっかけになれば嬉しいと思います。

担当アドバイザーが語る、
中島由紀子さんの素敵ポイント

中島会長(当時)が譲受企業を訪れる際に、幹部社員を同席させたのが由紀子様の発案だったとは知りませんでした。優れた営業力をもとに、来店型の店舗を作るなど次々に改革を起こしてきた中島様の陰には、常に奥様の献身的サポートがあったのだと知り、私も温かい気持ちになりました。 家族の幸せや従業員の将来を考える根底には、由紀子様の根っからの面倒見の良さが影響していたのだと思います。このような素敵なご夫婦、ご家族そして会社の将来に関わるご支援ができたことを、私自身も大変誇らしく思っております。

担当アドバイザー

企業情報部 課長 山田 啓
大学卒業後、大手金融機関に入社。主に経営者、富裕層に対して、金融商品を活用した資産運用、相続対策、リスクマネジメント等のコンサルティングに従事。
営業活動の中でお客様からM&A戦略や事業承継等のご相談を受けることが多く、より一層寄与したいという思いから、M&Aキャピタルパートナーズに参画。
金融業全般、上場企業のカーブアウト、FAメーカー、建設関連、IT、人材派遣、リサイクル関連、医療法人等、幅広い分野にてご支援実績を有する。

家族と社員の笑顔を守るM&Aの挑戦

JALグループ初のプロ代理店提携で実現する全国展開戦略。組織力で切り拓く事業の発展

保険代理店✖航空系商社グループ

#133
譲渡企業
株式会社中央保険プラザ
代表取締役会長 中島 広輝
譲受企業
株式会 JALUX保険サービス

岐阜県を拠点に、組合マーケットを中心とした保険代理店事業を展開してきた株式会社中央保険プラザ。創業者からの事業承継を果たした後も、業界の変化を見据えてさらなる成長を模索していた。一方、JALグループの商社株式会社JALUXの子会社である株式会社JALUX保険サービスは全国拠点化戦略を推進する中で、中核となる保険代理店との提携による新たな展開を検討していた。両社の価値観が合致し、JALグループで初めてとなるプロ代理店との提携が実現。その経緯について、詳しくお話をうかがった。

事例詳細を見る

成約事例インタビュー
晴ればれ

社長を公私共に支え続けた社長夫人について取材し、M&A譲渡やM&Aによって感じられた変化など、
“社長夫人の視点”からのインタビューを「晴ればれ」としてご紹介しております。

晴れ晴れインタビューイメージ

「病院と院長である夫を支え続ける。」
地域医療を未来へ繋げるためのM&A

出演
医療法人聖心会 三沢聖心会病院
矢幅 乃理子 夫人

地域の精神科医療に貢献してきた医療法人聖心会 三沢聖心会病院。2025年、同院は医療法人社団正心会とのM&Aを行いました。患者に寄り添う診療を続ける矢幅啓孝理事長を公私にわたり支え、病院経営を担ってきたのが元常務理事の矢幅乃理子夫人です。後継者不在、経営難という現実に直面し、M&Aによる事業承継を決断するまでの経緯、そして地域医療への思いを伺いました。

晴れ晴れインタビューイメージ

「挑戦したいことに、これからも。」
夫婦の二人三脚で歩んだ創業からM&A

出演
ピースオブシャイン株式会社
沼辺 亜利紗 夫人

創業から9年、化粧品メーカーとして独自の商品力と顧客からの高い支持を誇るピースオブシャイン株式会社は、2024年12月、業界大手の日本精工硝子株式会社との資本業務提携を発表しました。
創業者である沼辺大地社長を公私にわたって支えてきた、副社長の沼辺亜利紗様にお話を伺います。ご自身も美容が大好きで、SNSでの情報発信や商品開発にどのように関わってこられたかを語っていただきました。

社長を支え続けた社長夫人へのインタビュー


M&A成約実績

累計成約数約10,000社以上

弊社では、創業以来、累計1,000組以上のお客さまをお手伝いしてまいりました。国内No.1の調剤薬局業界のM&A成約実績の他、多種多様な業界・業種において多くの実績がございます。


M&Aキャピタルパートナーズが
選ばれる理由

創業以来、売り手・買い手双方のお客様から頂戴する手数料は同一で、
実際の株式の取引額をそのまま報酬基準とする「株価レーマン方式」を採用しております。
弊社の頂戴する成功報酬の報酬率(手数料率)は、
M&A仲介業界の中でも「支払手数料率の低さNo.1」を誇っております。