漁業の町で紡いだ90年を託せる相手へ。
雇用も事業も守るM&Aが成就
かつて漁業で栄えた港町で、カツオ漁の網元として創業した丸吉水産商事株式会社。時代の移り変わりに合わせて海上・陸上の燃料供給へ業態を変え、さらにホテル経営にも挑んできた。創業から90年、先代たちが築いた事業を受け継いできた前代表取締役・加藤 友規氏は、自らの健康と向き合う中で、会社を次世代へ託す決断を下した。譲渡にあたって何よりも優先したのは、2つの事業を一体で引き継いでもらい、従業員の雇用を守ること。その決断までのさまざまな想いを振り返っていただいた。
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譲渡法人
- 会社名
- 丸吉水産商事株式会社
- 所在地
- 静岡県下田市
- 事業内容
- 下田港内の海上燃料など船舶向け燃料卸販売を主業とし、あわせて伊豆急下田駅前のホテル「マルセイユ」運営も行う。
- M&Aの検討理由
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後継者不在、
体調不安のため
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譲受企業
- 会社名
- REHC Advisors合同会社
- 所在地
- 東京都港区
- 事業内容
- 企業経営や事業運営を支援する
経営コンサルティングや
アドバイザリー業務を行う - M&Aの検討理由
- 社会インフラを担い、
事業成長性の高い企業への投資を目的として
漁業とともに地域密着のビジネスで発展を続けてきた
まず、丸吉水産商事の歩みについて教えてください。

創業は1936年、この伊豆半島にある下田の地で代々、仕事を続けてきました。私の祖父が仕事を始めた頃は、下田がカツオ漁で栄えていた時代です。祖父は5隻もの漁船を擁して漁業で生計を立てていました。「網元」と呼ばれますが、これが当社のルーツということになります。漁船に冷蔵・冷凍設備がなかったため、港で積み込んでおいた大量の氷で冷やしながら、魚の鮮度を保って持ち帰ったそうです。祖父はそのための製氷会社も営んでおり、これが事業の大きな柱でした。
その後、水産業も少しずつ姿を変えていきました。父の代になると「これからは車の時代が来る」と見込んで、陸上の燃料事業に乗り出したのです。石油元売り会社と代理店契約を結んでガソリンスタンドを開き、さらに船への燃料供給や備蓄基地といった海上燃料の分野へと、事業の軸足を移していきました。
燃料事業の古くからのお得意先のひとつが、第三管区 下田海上保安部です。安定した発注があり、支払いも確実なため、経営上の大きな基盤になっていました。
加藤様が入社したのは、いつ、どのような経緯だったのでしょうか。
私が入社したのは24歳の頃です。当初は別の道に進むことも考えていたのですが、父が病を患い、遠方にある病院へ長期にわたって入院することとなりました。そこで戻ってきてほしいと頼まれて、故郷である下田に戻ってきました。まだ大学卒業前後のタイミングでしたので、ほかの会社に勤めた経験はありません。
父が不在の中で、まずは現場の仕事から覚えていきました。初めは燃料を積んだ給油船に乗り込み、海上で船へ給油する仕事も経験しました。この給油船は、船体に60,000リットルもの燃料を積むことができ、2019年には新たな船の建造も行っています。
その後、病から回復した父が長く社長を務めましたが、1998年に私が新たな社長として経営を引き継ぐことになりました。
下田の変遷は事業にどのような影響がありましたか。

カツオと入れ替わりで昭和50年頃からキンメダイの人気に火がつき、下田の街は活気づき、キンメダイが地域経済を支える存在になりました。その後、水産業そのものはゆるやかに下火となっていました。そこで次なる事業の柱として、個人で所有していた下田駅前の恵まれた立地を活用する案をいくつも出しました。
行き着いたのが、観光客の受け入れを見据えたホテル業で、開業から30年を迎えました。当初想定していたのは、内装費用などを抑えた、ごくシンプルなビジネスホテルです。しかし、評判の良いホテルを研究しているうち、リピーターの多いホテルを目指して、間取りや内装などから見直しました。高級な輸入家具なども取り入れ、現在のホテルは試行錯誤して一から作ったものです。
ご自身が社長になってから特に困難を感じたことは、どんなことでしたか。
さまざまありましたが、最近で言えば、やはりコロナ禍です。観光やビジネスが止まり、ホテル客が大幅に減少したのは、私どもに限らず業界全体の危機でした。漁業は一見関係ないように思われるかもしれませんが、旅館やホテルが休業したことで、獲った魚を買ってくれる先が激減してしまったんです。燃料代を考えて漁の便数を減らしたり、組合で休漁期間を設けたり、仕事そのものがなくなった時期もありました。この先どうなるか、不安は大きかったですね。
しかし、それでも今日まで事業を続けることができました。これは代々築いてきた土台と顧客との関係、そして支えてくれた社員一人ひとりのおかげです。会社として決して大きな規模ではありませんが、目の前を黒潮が流れる自然の美しいこの土地で、社員とともに歩み、事業を発展させ続けてきたことには、素直に誇りを感じています。
「新しい社長にもついていくつもり」背中を押した従業員の言葉
事業承継を意識し始めたのは、どのようなきっかけだったのでしょうか。

一つは、健康の問題です。一度、心臓を患って以来ずっと心臓に持病を抱えてきました。若いうちは体力もあり、なんとかやり過ごせていたのですが、年齢を重ねるにつれて体調を崩すことが増え、救急搬送されてしまうことも何度かありました。勤務中に突然倒れた時は、従業員にもずいぶん心配をかけてしまいました。そして10年ほど前に、別の心臓の病も抱えていることがわかり、「自分に万が一のことがあったら、この会社はどうなるのか」という不安が強く増していくのを感じたのです。
親族や社員への承継は、検討されましたか。
二人の子供、そして長く役員だった妻がいますが、それぞれ事情があり会社を託すのは難しかったため、社員への承継も検討しました。ただ株式を引き継ぐ負担の問題もありますし、古参社員が引き継いでも、十年スパンで再び同じ承継の問題に突き当たってしまうと考えると、なかなか踏み切れませんでした。
長年貢献してきた社員が、ある時「自分はこの会社に本当にお世話になったから、新しい社長になっても、ずっと働いていたい」と話してくれたことがあります。この言葉に勇気づけられました。私が守りたかったのはまさに社員の幸せであり、その社員たちのためには、第三者であっても受け継いでくれる人を探すしかありません。それなら、M&Aで確かな相手に託すのがいいだろうと思えるようになりました。
M&Aキャピタルパートナーズとは、どのように出会われたのですか。
M&Aを意識し始めた10年ほど前、M&Aの勉強会やセミナーの案内を受けると、足を運んで受講するようにしていました。その一つがM&Aキャピタルパートナーズ主催のもので、それから連絡をもらうようになりました。私が分からないことを質問すると、何でも丁寧に答えていただきましたし、折に触れて「その後いかがですか」「進捗はありますか」と電話やメール連絡もくれていたことが印象に残っています。その時点では、まだ私の中で切迫した想いはありませんでしたが、信頼できる会社だと思っていました。

私がこちらの事務所へ加藤様を初めてお訪ねしたのは、1年少々前のことです。以前に連絡を差し上げていた前任者に代わって、私がお手紙を郵送させていただいたのがお会いする直接のきっかけでした。
通常は他社の事例などをご紹介しながら、M&Aを進めるかどうか少しずつ話を進めていくことが一般的です。ただし、加藤様の場合は初回から「会社をいつ、どう託すか」という具体的な段階から打ち合わせをスタートしました。M&Aに踏み切る覚悟はすでに固まっていらっしゃいましたし、その真剣なお気持ちを伺う中で、従業員の方を第一に考えていらっしゃる姿勢が強く印象に残っています。
白石さんからのご連絡はとても良いタイミングでした。M&Aに関心があると言いながら、それまで真剣には決断の時期を決めていませんでした。小康状態にあればもう少し頑張ろうという気持ちも湧きますし、日々の仕事に追われて優先度が上がらずにいました。白石さんからの連絡があり、止まりかけていたものが再び動き出したという感覚です。
人柄で選んだ将来を託せる相手との出会い
相手先を探すにあたって、加藤様はどんな条件を挙げられましたか。
まずは社員の雇用を今のまま守っていただけること。そして、当社の2つの事業である燃料の卸売とホテル運営を一体で引き継いでいただけることです。特にこれまで一緒にやってきた社員が、突然職を失うようなことになっては困ります。M&Aでは、本社から別の人材が送り込まれ、それまでの社員に退いてもらうようなやり方をとる例もあると聞きましたが、私はそれだけは絶対にしたくありませんでした。さらに私の体調がいつ悪化するかは分かりませんので、あまり長い時間をかけず、早く進めてほしいという思いもありました。
加藤様のご体調を考えると、長い時間をかけてじっくりというよりは、短期集中でしっかり進める方針でした。2事業を別々に進めれば譲渡先は見つけやすくなりますが、どうしても期間が延び、順調でも1年以上はかかります。それだけ加藤様のご負担も大きくなることから、やはり一括での譲渡を曲げることはしないと、話し合いを重ねて決めていきました。
佐々木さんは途中から面談に参加していたそうですが、当時の心境を教えてください。

加藤様のもとを白石がお訪ねし、ある程度お話が進み始めた段階から、私も一緒にお伺いするようになりました。M&Aを決心されていると聞いていたものの、やはり創業90年を超える会社です。加藤様の中には、いろいろな葛藤がおありになるだろうと想像していましたので、加藤様のお気持ちに寄り添えるように、と心がけていました。
譲渡先を探すうえで、難しさはありましたか。
片方の事業だけ引き受けたいという企業が多かったのは事実です。事業の方向性が全く異なるため、一体で引き受ける相手を探す大変さはありましたが、加藤様のご意向に沿うことを第一に絞り込みを進めました。
4社とトップ面談に進みましたが、なかには両方の事業を対象に考えていたはずが、後から「ホテルだけに絞らせてほしい」と申し出る方もいました。魅力的な企業でしたが、残念ながら条件に合いませんでした。
その中で最終的にREHC Advisorsを選んだ決め手を教えていただけますか。
やはり山本さん(REHC Advisors 合同会社 代表社員 山本 宏規様)とお会いした時の印象です。この方であれば、私が大切にしてきたことを同じように受け継いで、社員を大事にしてくれると最初から感じられました。若く、渡米経験もあり視野が広く、お会いするたびに「この方なら任せられる」「受け継いでほしい」という思いが強くなっていきました。
山本様は当初から、「経営の前面に立つのではなく、しっかり後ろから支えます」と明言されていました。仮に大企業が引き継ぐとなれば、これまでの屋号を変えて子会社として運営する形になる可能性もあります。一方で山本様は、加藤様の意向を踏まえて、2つの事業をそのまま継続すること、従業員の方々の雇用を守ることを、はっきりとお約束くださいました。そこが最終的な決め手になったのだと思います。
事業そのものや下田という地域の魅力についてはいかがでしたか。
燃料事業は社会インフラであり、地域を支える仕事である点を評価されていました。ホテル業についても、下田は観光地として吸引力の高い地域です。インバウンドのお客様が戻ってきている状況もあり、観光は伸ばせる可能性が高いと捉えていらっしゃるようでした。
加藤様が先方のお人柄や誠実さを評価されたのと同じように、山本様も、加藤様と専務である奥様のことを誠実な方だと感銘を受けたようでした。90年近く事業を続けてこられた歴史は、誠実な経営者がいることの証明だと感じ取られたようです。事業の魅力とともに、ご夫妻の作ってきた組織の魅力もしっかり評価されていました。
デューデリジェンス(M&A実行前の企業監査)では、100年近い歴史ある会社だけに、書類準備などご負担も大きかったのではないでしょうか。

経理を担ってくれている社員がしっかりしていて、大体は揃えることができました。私が頭を抱えるようなことは、ほとんどなかったです。
そうですね。経理の方のご尽力のおかげで、スムーズに進めることができました。加藤様が事前に何名かの従業員の方にM&Aについて説明されていたため、その方々が私と一緒になって主体的に準備してくださり、大変助かりました。
従業員に情報を知らせるタイミングは難しいと思います。加藤様は、事前に打ち明ける不安はありませんでしたか。
私の健康のことは、社員もよくわかってくれています。だから、「万一という事態に備えなければならない」「この会社のみんなの幸せに関わることだから、自分がしっかり動けるうちに決断したのだ」と率直に伝えることにしました。社員が理解し、心配してくれたのはありがたいことでした。
「足るを知る」ことで理想と思える承継が実現できた
成約から数か月が経ちました。社内の様子はいかがでしょうか。

うまくいっていると思います。山本社長には現在に至るまで心から感謝しております。先日も山本社長が開いたバーベキューの会に私も呼んでいただきました。社員の面々もよい表情をして働いていると感じていますし、数字についても安心できる状況だと聞いています。
ただ私が会社を離れて1か月も経たないうちに、情勢不安から燃料供給が不安定になる事態が起きました。何十年に一度という事態で、引き継いだばかりの山本さんには気の毒に感じています。私も仕入れ先に連絡し、備蓄分を回してもらうよう掛け合うなどしました。
そもそも創業90年の会社を引き受ける機会などそうそうありませんから、山本様は責任を強く感じていらっしゃいました。承継後は、ご自身の経営改善手法を活かせる場面もあるとおっしゃって、前向きに取り組んでいらっしゃいます。
M&Aキャピタルパートナーズのお二人への評価をお聞かせください。
まず感謝しているのは、白石さんと佐々木さんのレスポンスがとにかく早いことです。迅速にどんどん進めてくださるので、むしろこちらが急がなければと思ったほどです。お電話も頻繁にくれましたし、仕事に対する情熱を感じてとても心強かったです。
ありがたいお言葉です。お体のご不安が懸案だと思っていましたので、「いつまでに」というよりは、今、加藤様に決めていただくための情報をできる限りたくさんご提供しようと意識していました。事業者に引き継ぐのか別の形をとるのかという整理から始め、お相手探しと並行して株式の集約にも取り組みました。局面ごとのやるべきことを細やかにご説明してきたつもりです。
なるべくスピード感を持って進めたいと思いながらも、M&Aありきでスピード優先に偏ると、お気持ちに寄り添えないのではないかとバランスをとることは心がけていました。
体調が優れず、今日はお話しできないといった場面も何回かありましたね。そういう時も、私の体調に配慮して、しっかり寄り添ってくださったなと感じています。
最後に、これからの会社の在り方に悩む経営者へメッセージをお願いします。
会社を経営してきた方には、それぞれの人生や想いがあります。それをさまざまな理由で手放さなければならないのは、おつらいことだと思います。私自身もそうでした。ただ譲渡の判断基準は、経営者それぞれです。社名を残したい、社員を守りたい、譲渡金額を重視するなど、全部をかなえるのは難しいものです。最大公約数の考え方で、どこか諦めなければならない部分も出てきます。また「足るを知る」、つまり求めすぎないことも、必要なのではないかと思います。
今、社員が「社長、お体の具合はいかがですか」と声をかけてくれることが一番嬉しいのです。そんな状況にたどりつけたのも良い出会いがあったからです。改めてお二人に感謝しています。
10年前の加藤様は、まだまだM&Aに迷っていると言いますか、半信半疑の段階だったかと思います。その段階からでも、情報はご自分から集めていらっしゃいました。だからこそ、いざという段階で、スムーズに話が進んだのではないかと思います。今はまだその時ではなくても、将来に向けての準備ができるよう、私たちはさまざまな方の未来に向けてお力になれたらと思っています。
改めて創業90年を超える会社を加藤様が次の世代へ渡す決断をされたことは、客観的に見ても大変勇気のいるご英断だったと思います。そこに至るまでには、いろいろな葛藤もおありだったはずですが、最適と思えるタイミングで、最良のお相手と一緒になれたとご本人が感じていらっしゃることを嬉しく思います。早めから選択肢を考えておくのは良いことだと改めて実感しました。

(左から)弊社 佐々木/加藤様/弊社 白石
文:蒲原 雄介 撮影:松本 岳治 取材日:2026年6月23日
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