アンゾフの成長マトリックスの戦略オプションは、M&A戦略とシナジー効果を導き出すために活用することもできる。「市場浸透戦略」をM&Aを活用して実現する場合は、「市場内の同業者とのM&A」が挙げられる。いわゆる水平統合型のM&Aといわれるもので、規模の経済性を働かせて経営効率を高める戦略で、金融業界、鉄鋼業界、化学業界、石油業界、医薬品業界、通信業界、流通業界など、多くの業界の大手企業同士による合併や経営統合がその典型といえる。これにより規模の経済性による収益性の改善が期待される。
規模の経済性とは、事業規模が大きいほどコストが下がり経営効率が高まることをさし、たとえ経営効率の悪い業績不振企業であっても、M&A後すぐに共同購買などの規模の経済性を生かしたコストシナジーが発揮され、業績が回復する例も少なくない。
既存サービス×既存市場
売り手企業
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売上10億円のディスカウントストア
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買い手企業
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売上150億円のディスカウントストア
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狙い
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売、買共に同業、同エリアでの活動をしていた。 仕入、物流の効率化を目指した事例
- 自社のバリューチェーン(企画・研究・開発、調達、生産、物流、販売・マーケティング・間接業務)について、相手先と互いに資源を有効活用することで、売上増を実現する。
- 相手先と重複している経営資源を統廃合し、コスト削減を実現する。
- 相手先の共同活動による規模の経済追求により、コスト競争力の向上を実現する
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「新製品開発戦略」をM&Aを活用して実現する場合は、「異なる製品群を扱う同業者のM&A」、「技術・特許取得を目的としたM&A」、「ブランド獲得を目的としたM&A」などが考えられる。いわゆる垂直統合型のM&Aといわれるもので、バリューチェーンの川上もしくは川下にある企業とのM&Aで、原材料の安定供給、技術や顧客ニーズの取り込みによる製品開発力の向上や販売収益の拡大などを目指す戦略である。例えば、卸売会社によるメーカーあるいは小売会社の買収や、メーカーによる開発・設計会社のM&Aなどがその典型。これにより範囲の経済性による収益性の改善が期待される。範囲の経済性とは、複数の事業を展開しながらも、経営資源を共有化することで全体の経営効率を高めることをさす。関連性のある事業であれば、技術、製造ノウハウ、物流、販売チャネル等、共有化できる経営資源が少なからずあるはずであり、これら共有化できる経営資源をうまく活用することで全体として経営効率を高めることを目指すものである。
新サービス×既存市場
売り手企業
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売上60億円の木材の卸会社
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買い手企業
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売上3000億円の建材卸会社
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狙い
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買い手は総合建材卸。 全国の販売拠点を確立しているが、当該木材のラインナップはなかったため買収することにより取扱高を増やした事例 新しいサービス、製品、技術を、既存の市場、顧客へ提供することで新たな成長を実現する。
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「新市場開拓戦略」をM&Aを活用して実現する場合は、「他エリアでの同業者とのM&A」、「海外市場獲得のためのM&A」、「大手取引先との口座獲得を目的としたM&A」、「許認可取得を目的としたM&A」、「異なる顧客層を得意とする業界他社のM&A」などが考えられる。これにより規模の経済性による収益性の改善が期待される。
既存サービス×新市場
売り手企業
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売上5億円のソフトウェアパッケージ開発会社
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買い手企業
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売上40億円のシステム開発会社
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狙い
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買い手は人材派遣、請負を中心とした企業。 パッケージ開発会社を買収することにより、自社の余剰エンジニアをパッケージ開発に割り当てることにより新市場へ参入した事例。 自社の既存のサービス・製品・技術を、販売地域を拡大したり、販売顧客層を拡大したり、新しい顧客へと広げることで新たな成長を実現する。
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「多角化戦略」をM&Aを活用して実現する場合は、「仕入先もしくは販売先のM&A(垂直統合)」、「共通の技術を活用できる分野への進出を目的としたM&A」、「顧客基盤を共有化できる企業のM&A」などが考えられる。共通の技術を活用できる分野への進出を目的としたM&Aの例としては、金融とITのコングロマリット企業による生命保険会社とのM&Aなどが挙げられる。また、顧客基盤を共有化できるM&Aの買収の例としては、家電量販店によるハウスメーカーとのM&Aなどが挙げられる。これによりコングロマリット・プレミアムが期待される。
コングロマリット・プレミアムとは、複数事業を展開することでの範囲の経済性の発揮だけでなく、 “大規模企業グループ"の一員として傘下のグループ各社において信用力やブランドカを活用した有利な営業展開や人材採用が可能となるなど、広範なシナジー効果の発現によリグループ企業を単純合算した以上の企業価値向上が実現できている状態をさす。一方で、コングロマリットのような分散した事業構造は、経営資源が分散し組織が複雑化するので経営の非効率化やグループ企業の甘えの体質等を招き、かえって企業価値が減少してしまうコングロマリット・ディスカウントも発生しやすい。2000年代以降、日本の大手企業が「選択と集中」により経営資源を集中化させてきたことは、まさにコングロマリット・ディスカウントの解消を狙ってきたものである。
新サービス×新市場
売り手企業
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経常収益300億円の生命保険会社(株主は外資の大手保険会社)
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買い手企業
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営業収益2400億円の金融コングロマリット
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狙い
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買い手は金融コングロマリットグループ。 生命保険事業はノウハウがなかったため、かつて外資系金融機関と50%ずつの合弁で設立していたが、諸事情により持分を譲渡し一時期撤退していた。証券、銀行、損害保険の分野ではノウハウが蓄積されていて生命保険市場へ再参入した事例。 自社のIT技術を活用して非対面チャネルでの独自の販売体制を構築したり、相互の顧客基盤を共有し、新しい顧客へ相互のサービスを広げることで新たなサービスを実現する。
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