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選択と集中とは、特定の領域や事業に経営資源を集中させることです。不採算事業やノンコア事業を切り離してコア事業に経営資源を集中投下することで、経営のスリム化や事業の成長を目指します。
本記事では、選択と集中とはどのような経営戦略であるのか、概要や広まった背景、目的と共に、経営の多角化との違いやメリット・デメリットのほか、選択と集中を実行する際の具体的な成功・失敗事例もわかりやすく解説します。
このページのポイント
~選択と集中とは?~
選択と集中とは特定の領域や事業に経営資源を集中させて、経営のスリム化や事業の成長を目指す。また不採算事業やノンコア事業を整理して、好調なコア事業に注力することで経営をスリム化させ、売上拡大や企業価値の増大を図る経営戦略である。
目次
1. 選択と集中とは
選択と集中とは、特定の領域や事業に経営資源を集中させて、経営のスリム化や事業の成長を目指すことです。
例えば、複数の事業を展開、あるいは多様な製品を扱う企業が、注力する必要性が低いノンコア事業の規模縮小や不採算事業を売却し、事業の中で注力すべきコア事業へ経営資源を集中させるケースが該当します。
事業を多角化させて経営リスクの分散や売上向上を目指す戦略を採るケースもありますが、多角化が進むほど業績に差が生じ、かえって経営効率が悪化してしまうことがあります。選択と集中は、不採算事業やノンコア事業を整理して、好調なコア事業に注力することで経営をスリム化させ、売上拡大や企業価値の増大を図る経営戦略といえます。
1-1. 選択と集中が広まった背景
「選択と集中」は、1980年代にピーター・F・ドラッカーにより提唱された経営戦略です。1990年代には、日本国内でも選択と集中が広がりをみせます。その背景には、「経営の成熟による多角化の限界」「米GE社での成功」が挙げられます。
1980年代から国内市場では、既存事業に依存する状態を脱するために、新たな領域や市場を開拓する多角化経営が進められました。しかし、1990年代にはバブル崩壊と共に不採算事業が増えた企業も多く、経営の圧迫へとつながったのです。
一方、北米では総合電機メーカー「ゼネラルエレクトリック(GE)社」が同様に多角化経営を進めていました。しかし、事業同士の関係性の低さからシナジー効果を生み出せず、経営状況が悪化します。当時のCEO(最高経営責任者)であるジャック・ウェルチは、ドラッカーからの助言をもとに選択と集中を実行し、事業を急成長させました。その後、選択と集中について述べた著書がベストセラーとなり、世界中に広まりました。
1-2. 選択と集中の目的
選択と集中の目的は、限られた経営資源をフル活用し、最大限の成果を出すことに尽きます。事業を継続するなかで、すべての事業に全力を注ぐのは難しいといえます。より将来性のある事業に経営資源を集中投下させることで、コストを最小限に抑えつつ企業価値を最大限に高めることができるのです。
1-3. M&Aによる選択と集中
M&Aは選択と集中を実現する手段として有用です。M&Aによる選択と集中には、次の手法が考えられます。
- 選択:ノンコア事業や不採算事業の売却によって、経営資源のスリム化を図り配分を効率化できる
- 集中:コア事業の領域でノウハウを持つ企業や、自社の弱みを補う強みを持つ企業を買収してシナジー効果を生み出すことができる
2. 「選択と集中」と「多角化」の違い
「選択と集中」と「多角化」との違いは次のとおりです。
- 選択と集中:一部の領域や事業に経営資源を集中投下する経営戦略
- 多角化:既存事業に依存している状態を脱するために、新しい領域や市場を開拓する経営戦略
一極集中型の経営では社会情勢の変化や強力な競合企業の登場には対応しづらく、たとえリーディングカンパニーであっても経営が傾く可能性があります。多角化はリスクヘッジのための重要な戦略であり、余剰人材などの人的資源を有効活用するためにも、1980年代には多くの企業が多角化経営に乗り出したのです。
一方で、1990年代以降のバブル崩壊により、多角化経営を行っていた企業が危機を迎えます。事業を増やした結果、不採算事業によって経営を圧迫するようになったのです。その結果、2000年代前半には、多くの企業が多角化から選択と集中へと舵を切り経営戦略の転換を図りました。
3. 選択と集中が古いといわれる理由
選択と集中は、一部では古い、現在の経営戦略に合わないという考え方もあります。特に、2008年に起こったリーマンショックでは、選択と集中の実行は不況に弱い側面を露呈させました。
たしかに、現在における商流の変化の激しさに鑑みると、一部の領域や事業への経営資源の集中投下はリスクが大きく、選択と集中が必ずしも最善の戦略とは限りません。そもそもウェルチが提唱した「ナンバーワン、ナンバーツー戦略(※)」と、現在において認知されている選択と集中では解釈が微妙に異なります。選択と集中は、ノンコア事業を切り捨てるといった単純な考え方ではない点へも理解が必要です。
選択と集中は多角化を否定するものではなく、意識すべきは経営資源の投下先を慎重に見極めることです。短期と長期の両方の目線を持ち、自社の軸を作ることが重要です。
※ナンバーワン、ナンバーツー戦略…市場において1位または2位の地位を確立しない限り、その事業から迅速に撤退すべきという経営方針
4. 選択と集中のメリット
選択と集中には経営の効率化や主力事業強化による売上拡大、コスト削減といったメリットがあります。これらのメリットについて理解することで、自社が採るべき選択肢や、どの事業にフォーカスするべきかが見えてくるでしょう。
4-1. 経営の効率化
選択と集中の1つ目のメリットは、「経営の効率化」です。選択と集中を進める過程で、それぞれの事業にどの程度の経営資源を投下しているか、どの事業が経営を圧迫しているかが見えてきます。
そのうえで切り離す事業や今注力すべきではない事業を見極め、経営資源の配分を見直すことで、経営の効率化が図れるでしょう。
4-2. 主力事業強化による売上拡大
選択と集中の2つ目のメリットは、「主力事業強化による売上拡大」です。不採算事業や成長に時間がかかる事業に投下している経営資源を主力事業に集中させることで、短期間でのシェアや売上の拡大が狙えます。
これにより自社の企業価値が向上し、主力事業を軸に新規事業を立ち上げることもできるようになります。まずは主力事業で確固たるポジションを築くことで、事業同士のシナジー効果を考えた、効率的な多角化を目指せるようになるでしょう。
4-3. コスト削減
選択と集中の3つ目のメリットは、「コスト削減」です。不採算事業を切り離したり、それにより余剰になった人員を整理したりすることで、短期間で大幅なコスト削減が見込めます。
4-4. イノベーションの創出
選択と集中の4つ目のメリットは、「イノベーションの創出」です。コア事業に知識やノウハウを有する人材を集約させることで、新たなイノベーションの創出が期待できます。従業員同士のコミュニケーションにより、新たな戦略やアイデア創出の可能性も高くなるでしょう。
4-5. ノンコア事業売却による利益確保
選択と集中の5つ目のメリットは、「ノンコア事業売却による利益確保」です。M&Aによりノンコア事業を売却すると、その売却益を得ることができます。事業売却で得た利益をコア事業に投下すれば、短期間でのシェアや売り上げ拡大が見込めるでしょう。
5. 選択と集中のデメリット・注意点
選択と集中は経営の圧迫を短期間で改善する可能性を秘めていますが、それ相応のデメリットもあります。メリット・デメリットを踏まえたうえで適切な判断ができないと、かえって経営状況が悪くなるかもしれません。
選択と集中の3つのデメリットを解説します。
5-1. 人材流出・従業員の反発を招く可能性
拙速な選択と集中を実行すると、人材流出や従業員の反発を招く可能性があります。また、事業の切り離しや縮小を進めることで人員過剰となり、いずれ人員整理が必要となる可能性にも留意が必要です。
切り離しや縮小された事業に対して強いやりがいを感じていた従業員や、自分のスキルやキャリアプランに合わない部署へ移動させられた従業員から反発が起こることも考えられます。従業員のモチベーションが下がることで、生産性の低下や離職を招く可能性にも注意しなければなりません。
5-2. コア事業への依存度が高くなる
選択と集中によってコア事業への依存度が高くなることにも留意が必要です。コア事業に経営資源を集中させたからといって、必ずしも成長するわけではなく、短期的には成長し収益性が高まったとしても、長期的に同じ収益性を維持できるとは限りません。
一つの(もしくはいくつかの限られた)事業に集中すれば、依存度は高くなります。特定の事業への依存によって企業としての柔軟性が下がり、社会の変化や強力な競合企業の出現に対応しづらくなるでしょう。
5-3. 失敗するとハイリスク
選択と集中においては、選択肢を間違えたときのリスクが大きくなることもデメリットとなります。
不採算事業の縮小や切り離しを進めるほどコスト削減の効果が期待でき、コア事業に投下する経営資源を増やすほどリターンは大きくなる効果があります。一方で、縮小・切り離し事業や投資事業の選択を誤ればリスクも高くなる点にも配慮が必要です。
6. 選択と集中による戦略の具体的な事例
選択と集中による戦略の具体的な事例は、多岐にわたります。例えば、ブリヂストンは、コア事業であるタイヤ事業とソリューション事業の価値提供を中心に据え、第三の創業を実現するために、多角化の見直しと選択と集中を進めています。
ここからは、選択と集中による戦略の具体的な事例について、3件の成功事例、2件の失敗事例と共に解説します。
6-1. 成功事例
ここでは、選択と集中による戦略の具体的な成功事例として、次の3つの企業事例を紹介します。
- 日立製作所
- キヤノン
- アシックス
日立製作所
株式会社日立製作所では、コア事業とシナジー効果を生まない事業の徹底した整理を軸に、選択と集中を実行しました。
日立製作所は1910年の創業以来、製造業のリーディングカンパニーとして知られてきましたが、2009年3月期ではリーマンショックの影響で数千億単位の最終赤字を計上することになりました。当時は、日立化成(現レゾナック)・日立金属・日立電線(現プロテリアル)など優良な子会社を抱え大きな利益を抱えていましたが、本体たる日立製作所の業績は良くなかったことが原因です。
そこで、「成長期待の高いソフトウェアと社会インフラへの転換」と「シナジー効果が期待できないコア事業と飛び地の事業の売却」を実施するに至りました。今後も成長の見込める事業を高値で売却でき、事業整理と同時にコア事業へ投下する経営資源の確保が可能となりました。
キヤノン
選択と集中の先駆者といわれているのが、キヤノン株式会社です。バブル崩壊後の1995年、赤字事業であったパソコン部門から撤退し、デジタルカメラやプリンタ、インクカートリッジなど利益率の高い部門に経営資源を集中投下させました。
キヤノンの選択と集中で注目すべきなのが雇用方法です。通常、選択と集中では、人員整理を伴いますが、キヤノンでは人員整理を行わずに終身雇用を貫きました。また、年功序列ではなく実力主義を取り入れ、幅広い人材のスキルを活用させたのも特長です。
アシックス
選択と集中によって倒産危機を脱し、業界トップへとV字回復を果たしたのが、株式会社アシックスです。
スポーツシューズ製造企業として戦後に創業したアシックスは順調に業績を伸ばし、1980年代に入ると、スポーツウェアや周辺商品などを扱う総合スポーツメーカーへの転換を試みました。ところが、バブル崩壊により業績は大きく悪化し、7期連続での赤字計上となり倒産危機に追い込まれます。そこで、原点となるスポーツシューズ事業へ経営資源を集中投下させ、技術開発と製品開発に注力した結果、潜在的市場の拡大に貢献し競合企業を抜いて国内トップ企業となりました。
6-2. 失敗事例
ここでは、選択と集中による戦略の具体的な失敗事例として、2つの企業事例を紹介します。
- シャープ
- 東芝
シャープ
過度な選択と集中により赤字を拡大させてしまったのが、シャープ株式会社です。
かつては液晶のリーディングカンパニーとして名を馳せたシャープですが、その確固たる地位を守るために多角化を考えず、液晶事業に経営資源を集中投下させました。しかし、リーマンショックや海外勢の台頭によって業績は悪化し、また地デジ化の完了に伴い市場動向も弱まったことから赤字拡大を続けてしまいます。
多角化に踏み出さなかったことから他事業を成長させられず、液晶製造を続けることで負債を生み出し続けたのです。将来を予測できず、選択を誤ったことから業績不振は続き、2016年には鴻海精密工業の傘下に入ることとなりました。
東芝
経営資源をハイリスク・ハイリターンの事業へと集中投下した結果、失敗したのが株式会社東芝です。2006年には米原子力プラント大手のウェスチングハウス社の買収において、三菱重工業株式会社との競争で約6,200億円の買収価格提示により大逆転の買収劇となりました。
その後、音楽事業である東芝EMI(現EMIミュージック・ジャパン)や銀座東芝ビル(現銀座TSビル)を売却し、DVD事業から撤退する一方で、半導体・原子力発電事業を主軸として経営資源を集中投下させ、当時の半導体では国内首位・世界3位、原発では世界首位に躍進します。
ところが、半導体事業は価格と需要の変動が激しく、リーマン・ショックにより需要が減り、価格は70%も下落するなど巨額の赤字に転落します。また、原子力発電事業は2011年の福島原発事故により売却を余儀なくされ、大きな赤字を計上する結果となりました。
7. M&Aで選択と集中を実現させるには
M&Aで選択と集中を実現させるには、次の2点を意識することが大切です。
- 長期的な視点を持つ
- 専門家に相談する
7-1. 長期的な視点を持つ
長期的な視点を持って実施することが、M&Aで選択と集中を成功させるために肝要です。
目先の利益のみを意識するのではなく、長期的な企業成長のためにはどのような取り組みをすべきかを慎重に判断する必要があります。
7-2. 専門家に相談する
豊富な経験と知識を有する専門家に相談することも、M&Aにおける選択と集中の実施には欠かせません。整理すべき事業、集中するべき事業を判断するには、多角的な視野が必要になります。
そのためには、経験豊富なM&Aの専門家に相談し、客観的な第三者の立場からの助言をもらうのも有効な方法といえるでしょう。
M&Aキャピタルパートナーズでは、M&Aに関する経営者様のお悩みについて解決策のご提案をいたします。M&Aにお悩みの経営者様はお気軽にご相談ください。
8. まとめ
選択と集中とは、特定の領域や事業に経営資源を集中させてノンコア事業や不採算事業を売却、あるいは切り離すことで、経営のスリム化や事業の成長を目指すことです。
選択と集中は、事業売却によって経営資源を確保でき、強みのある事業へ集中投下させることで、売上拡大などの成長に寄与します。一方で、選択を誤れば、それ相応のリスクを伴うことにも注意が必要です。
時には多角化も視野に入れ、長期的な視点に立って計画を進めることが、M&Aにおける選択と集中を実現するためには肝要です。そのためにも、専門家からの助言を受けることをおすすめします。
よくある質問
- 選択と集中はいつから注目されている?
- 選択と集中は、1990年代から2000年代にかけて注目されました。提唱者であるドラッカーが選択と集中について述べたのは、1980年代の頃でした。その後、選択と集中を成功させたGE社のウェルチによって書籍化されたのを機に、国内でも広がったといわれています。
- 選択と集中の反対は?
- 選択と集中の反対語や対義語として、しばしば取り上げられるのは「多角化」です。たしかに、事業を多方面に拡大させる多角化は、事業を選択して整理し、特定の事業に経営資源を投下する「選択と集中」に反するようにも思えます。しかしウェルチの考えに基づくと、選択と集中は多角化と矛盾するものではありません。大切なのは、双方の戦略をうまく活用することです。