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労働契約承継法とは
労働契約承継法は、M&Aや企業再編などを行う際の手法の1つである会社分割に関連する法律です。労働契約承継法を遵守しないと労働者の転籍時などにトラブルに発展する可能性があり、場合によっては、会社分割手続きが無効となり、M&Aや組織再編が失敗するリスクもあります。
本記事では、労働契約承継法の概要、会社分割との関連などについて詳しく解説します。
労働契約承継法についての理解を深めるために、本記事をご活用ください。
なお、本記事に記載されている法律は現行制度上のものであり今後法改正等で変更される可能性があることにご留意ください。
このページのポイント
~労働契約承継法とは?~
労働契約承継法は、M&Aや企業再編時の会社分割において労働者の権利を守るための法律です。労働契約承継法の概要や会社分割との関連、労働者への影響について詳しく解説します。
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目次
会社分割とは
労働契約承継法の説明の前に、まずは会社分割について説明します。
会社分割とは、会社が展開している一部の事業を分割して、他の会社に承継させるM&A手法です。さまざまな事業を運営する会社が組織再編や事業再生を図る際に、事業を他会社に売却・承継させる手段として会社分割が活用されています。
会社分割は、特定事業の売却に利用できる点で事業譲渡と似ているものの、事業の権利義務について包括的な承継が可能である点に違いがあります。事業譲渡は取引先などとの契約について個別の移転手続きが必要であるのに対し、会社分割は事業承継先の会社に契約が引き継がれるため移転手続きは不要です。
会社分割を大まかに種類分けすると、「新設分割」と「吸収分割」の2つに分けられます。
詳細については、M&Aにおける分社型分割とは?をご参照ください。
会社分割による労働者への影響
会社分割を進めると労働者の人材配置が変わる可能性があります。会社分割によって社内の事業体制が代わると、経営の効率化のために譲渡会社の経営資源も考慮した適切な人材配置の再編が必要となります。
人材配置が変わるため、会社分割に対して反対意見を持つ労働者も出てくることが想定されます。
反対意見を持つ労働者はそのまま辞めてしまうこともあり、退職しなかったとしても業務に対するモチベーションに大きく影響を与えます。モチベーションが下がると業務の生産性が下がる恐れがあります。
トラブルに発展しない形で、できる限り労働者の意思を尊重して丁寧に対応することが重要となります。
労働者を守る労働契約承継法
労働契約承継法は、会社分割によって労働者の雇用関係が変わる際、労働契約の承継を確実に行うことを目的とした法律です。
会社分割を行うと、分割会社の労働者は新たな環境に転籍または元の会社に残ることになります。分割会社から転籍する場合でもそうでない場合でも、どちらにしても会社の組織が大きく変わるため、労働者を取りまく環境が一変します。場合によってはこれまでの労働条件とは異なる働き方や雇用形態になる可能性もあります。そこで、労働者を保護する目的から、会社分割後も受け入れ会社や分割会社が労働者と取り交わした労働契約を承継し、安心して働ける環境を作るために定められました。
労働契約承継法が制定される前は、会社分割にともなう転籍によって労働環境や労働契約の内容が悪くなり、退職するケースも多くありました。労働契約承継法によって労働者が不利にならないように、分割会社と労働者が十分に協議することが義務付けられており、従業員を守るための法律といえます。
労働契約承継法の概要
労働契約承継法(正式名称:会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律)は、会社分割に関する特例法として制定され、会社分割に関わる労働者や労働組合への通知や手続きについて定めています。
M&Aや組織再編において、会社分割を行う場合は、必ず労働契約承継法の規定に沿って手続きを進めていくことが重要です。
労働契約承継法で定められている対象は、分割する会社が雇用している労働者全員を指しています。正社員だけでなく契約社員やパート、アルバイトなど雇用形態に関わらず全ての労働者に対して労働契約承継法の規定に沿った手続きを行います。
労働契約承継法は、以下の全8条で構成されていますが、会社法や関連法令の規定と併せて理解することが重要です。
- 目的(1条)
- 労働者や労働組合への通知(2条)
- 承継される事業に従事する労働者に関する労働契約の承継(3〜5条)
- 労働協約の承継等に関する規定(6条)
- 労働者の理解と協力を得るための手続きに関する規定(7条)
- 指針(8条)
前提として、会社分割に当たっては労働者の理解と協力を得なければならないことが明文化されており、どのように労働者の理解と協力を得る努力をしたかがトラブル発生時には問題となります。また、労働契約承継法では、会社分割にあたって労働者や労働組合に書面で通知しなければならないと定めており、労働契約が承継会社に承継される旨を記しています。さらに、労働者からの異議の申出も可能で、異議申出がなされた場合の法律効果も定められています。
労働契約承継法の留意点
次に労働契約承継法に則って会社分割を進める場合の留意点を説明します。
労働契約承継法を適切に運用するために、特に重要な3つのポイントを解説します。
7条措置とは
7条措置とは労働契約承継法7条に定められている「分割会社は、当該分割に当たり、厚生労働大臣の定めるところにより、その雇用する労働者の理解と協力を得るよう努めるものとする」ということを指します。対象は分割する会社が雇用している全労働者であり、正社員だけでなく契約社員やパート、アルバイトなど雇用形態に関わらず7条措置を行います。会社分割手続きの前提を定義している条項でもあり、労働者の協力なしに会社分割を進めないように明文化されています。
5条協議とは
5条協議は、正式には「平成12年商法等改正法附則第5条」に基づく労働者との協議を指します。これは、労働契約承継法とは異なる規定ですが、会社分割に際して労働者との協議を行う義務がある点で関連性が高く、労働契約承継法の手続きと併せて実施されることが一般的です。なお、労働契約承継法の規定では、会社は労働者に対し事前通知を行うことが義務付けられていますが、5条協議では、会社分割に関する協議の機会を労働者に提供することが主な目的とされています。
そのため、会社は当人に十分な説明を行い、検討の余地を与えることが求められます。また、協議の進行方法については、弁護士やM&Aの専門家などの意見を含めて検討することが重要です。
2条通知とは
2条通知は、労働契約承継法2条によって「通知期限日までに、当該分割に関し、当該会社が当該労働者との間で締結している労働契約を当該分割に係る承継会社等が承継する旨の分割契約等(新設分割にあっては新設分割計画)における定めの有無、第四条第三項に規定する異議申出期限日その他厚生労働省令で定める事項を書面により通知しなければならない」と定められています。2条通知を行うためには、あらかじめ7条措置と5条協議を経る必要があるため、通知を行う順番を間違えないように留意が必要です。
労働組合がある場合の2条通知について
会社に労働組合がある場合、分割する会社は2条通知に従い、承継会社等が承継する労働協約を記載した書面によって労働組合に通知します。これを事前通知といいます。労働契約承継法上、分割会社との間で労働協約を締結している労働組合に対しては、2条通知をおこなわなければなりません。他方、分割会社との間で労働協約を締結していない労働組合であっても、通知後の団体交渉の進展によって労働協約が締結される可能性もあることから、通知することが望ましいとされているため、通知をする前提で対応する方が良いでしょう。分割会社は、労働組合より会社分割によって発生する労働条件の変更等に関する団体交渉の申入れがあった場合には交渉に応じなければなりません。この時に分割会社は「労働組合と誠意をもって交渉に当たらなければならない」という旨も承継指針に明記されています。
労働契約承継法に違反した場合
会社分割は、労働契約承継法に則って進めますが、労働契約承継法に違反してしまった場合にどのような影響があるかを説明していきます。留意点で記載した、7条、5条、2条にそれぞれ違反した場合について、順に説明します。
7条措置違反の場合
7条措置違反は労働契約承継法の「分割会社は、当該分割に当たり、厚生労働大臣の定めるところにより、その雇用する労働者の理解と協力を得るよう努めるものとする」という個所に違反した場合に適用されます。つまり、会社分割に当たって労働者の理解を求めることを怠った場合に7条に記された措置違反と判断されます。
しかし、7条に記された措置はあくまで分割会社に対する努力義務であり、7条に記された措置に違反したことを理由に労働契約継承の法的効力に変化を与えるものではないと一般に解釈されています。従って罰則も特には設けられていません。
5条協議違反の場合
5条協議を怠ると、労働者が不利益を受けたとして法的措置を取る可能性があります。その結果、会社分割の適法性が争われ、裁判に発展するケースもあります。また、5条に記された協議違反の基準は明確に示されておらず、どんな内容で、どれだけの時間をかけて協議をすれば5条に記された協議違反に該当しないかは、事例ごとに異なるとされています。5条に記された協議が十分に行われたかを検討するには、7条に記された措置の内容に関しても考慮します。5条に記された協議は労働者からの合意を取ることが必須ではありませんが、トラブルを防止するためにも、協議が完了した段階で労働者から合意書を取ることも有効と考えられます。
2条通知違反の場合
2条は、会社分割の内容に関して期日までに通知しなければならない旨を定めています。2条に記された通知違反となった場合、通知を受けなかった労働者は会社分割後に受け入れ会社に対して地位の保全や確認を求めることができます。また、転籍する予定ではない労働者は、分割会社に対して、転籍しない旨や地位の保全に関する確認を求めることも可能です。
会社分割における労働契約関連の留意点
最後に、会社分割における労働契約関連の留意点を説明します。
留意点は主に以下の5つとなります。
- 継続雇用の確保
- 勤務条件の変更
- 退職金の取扱い
- 法律上の規定に従う
- 情報開示
それぞれ順に説明します。
継続雇用の確保
会社分割後も従業員が継続して雇用されることを確認しておく必要があります。従業員に対して解雇や一方的な転籍を行うことはできません。
勤務条件の変更
会社分割により、勤務条件が変更される場合があります。例えば、承継会社において勤務条件を統一するために、勤務場所などが変更されることがあります。これらの変更については、労働契約の改定が必要です。
退職金の取扱い
会社分割後に退職する従業員については、退職金の取扱いを明確にする必要があります。会社分割により、従業員が所属する会社が変わる場合でも、退職金制度は承継されることが一般的です。
法律上の規定に従う
会社分割における労働契約には、労働契約法や労働契約承継法などの法律上の規定に従う必要があります。また、従業員との交渉や合意形成においても、法律に基づく手続きを遵守することが重要といえます。
情報開示
会社分割により、従業員の勤務先や雇用条件が変更される場合は、事前に適切な情報開示を行うことが必要です。従業員に対して、会社分割に伴う影響や変更点を適切に説明することが求められます。
まとめ
今回は労働契約承継法について説明しました。
労働契約承継法は、会社分割によって労働環境が大きく変わる労働者を保護するための法律です。M&Aなどにおける会社分割の手続き自体は、分割会社と事業や会社を受け入れる会社との交渉や会社新設の手続きをスムーズに進めれば大きな問題は発生しません。しかし、労働者にとっては新たな環境で働くことになるので、その不安をできるだけ払拭して新たな会社に転籍するようにフォローすることが必要です。労働契約承継法は、努力義務が中心なので厳しい罰則は設けられていませんが、労働者に黙って会社分割を強引に進めるなど、5条協議違反が明らかになると、会社分割の適法性が争われるだけでなく、最悪の場合、M&Aや組織再編の計画自体が破綻するリスクもあります。
そのため、経営者であれば、M&Aなどで会社分割を検討する際には、労働契約承継法を理解し、適宜、法律やM&Aの専門家などに相談して進めることが重要です。
M&Aキャピタルパートナーズでは、M&Aの交渉の初期段階から最終契約に至るまでオーナー経営者様に寄り添いサポートいたします。まずはお気軽にご相談ください。
よくある質問
- 労働契約承継法とは何ですか?
- 労働契約承継法は、会社分割時に労働者の雇用関係を保護するための法律です。
- 会社分割による労働者への影響は何ですか?
- 会社分割により、労働者の人材配置が変わる可能性があり、反対意見を持つ労働者も出てくることが想定されます。
- 労働契約承継法に違反した場合の影響は何ですか?
- 労働契約承継法に違反すると、労働者が不利益を受けたとして法的措置を取る可能性があり、会社分割の適法性が争われることがあります。