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M&Aには多種多様な戦略が存在し、その一つにSPC(特別目的会社)を活用するアプローチがあります。しかし、SPCについて調査すると、その主な目的は資産の流動化であり、特に不動産事業で頻繁に用いられることが示されます。このような説明が一般的であるため、M&Aの文脈でのSPCの利用について理解を深めるのが難しいかもしれません。そのため、ここではSPCの基本的な概念から始め、M&Aにおける具体的な活用例、メリットとデメリットについて詳しく解説します。
このページのポイント
~SPCとは?~
Special Purpose Companyの略で特別目的会社と訳し、企業で運用する事業が特定されており、その特定された事業のために設立された法人のことをいう。主な目的は、企業の特定の資産を切り離し、特定の事業をその資産だけを利用して運用することで、リスクヘッジと投資家による投資を促すことである。一般的に不動産の事例が多いと言われるが、M&Aにも活用事例がある。
目次
1. SPC(特別目的会社)とは
SPCとは、Special Purpose Companyの略で特別目的会社と訳します。SPC(特別目的会社)は企業で運用する事業が特定されており、その特定された事業のために設立された法人のことをいいます。SPCの主な目的は、企業の特定の資産を切り離し、特定の事業をその資産だけを利用して運用することです。そのため、その資産を価値のみに依拠して資金調達が可能になります。
日本では1998年にSPC法が成立し、SPCの設立が可能になりました。成立当初は「特定目的会社による特定資産の流動化に関する法律」という名称でしたが、当時の金融危機に特別法という意味合いが強かったため、2001年4月にSPC法を改正世し「資産の流動化に関する法律」という名称に改あらためました。こ2000年の法改正により、すべての財産権が対象となり手続きも簡素化したため、SPCを活用しやすくなりました。
SPC(特別目的会社)のうち、SPC法によって資産の流動化のために設立される企業をTMK(特定目的会社)といいます。つまりTMK(特定目的会社)はSPCのうちの一つひとつの企業体ということになります。また、さらに大きな概念としてSPV(特別目的事業体)がありますが、SPV(特別目的事業体)のうちの法人格を有するもののことをSPC(特別目的会社)と呼んでいます。まとめると、SPV(特別目的事業体)の中で法人格を有するものをSPC(特別目的会社)といい、SPC(特別目的会社)の中でSPC法により設立されたものをTMK(特定目的会社)と呼んでいます。
2. SPCの具体的な活用例~M&Aと不動産
事業会社がSPCを設立する目的は2つあります。特定の資産を切り分けることでリスクヘッジをすることと、投資家の投資を促すことです。SPCの活用事例は一般的に不動産の事例が多いですが、M&Aにも活用事例があります。それぞれのSPCの活用事例を紹介します。
M&Aの場合
M&Aにおいて、SPC(特別目的会社)の活用は多岐にわたります。例えば、譲受企業が特定の資産をSPCに出資することで資産の分割が可能となります。さらに、その資産を担保にSPCが資金調達を行うことで、譲受企業がM&Aのための資金調達リスクを負担する必要がなくなります。このように、SPCを活用したM&Aは、買収に関わる財務負担を軽減し、リスクを低減することが可能です。
SPCを活用したM&Aでは、Leveraged Buyout(LBO)という手法が一般的です。LBOとは、SPCを設立後に金融機関から融資を受け、その資金で譲渡企業を買収し、その後譲渡企業とSPCを合併させるというM&Aの手法を指します。LBOでは譲渡企業の返済能力が前提となるため、譲受企業は比較的少ない資本でリスクを抑えたM&Aを進めることができます。
LBOは投資ファンドにおいてよく用いられる手法で、少ない投資で大きなレバレッジ効果を狙うことができます。投資ファンドは一般的に短期間で大きな利益を求めるため、LBOを利用して少ない資金で譲渡企業を買収し、企業価値を向上させてからIPOや転売を行い、利益を確定します。ただし、LBOはハイリスクハイリターンとも言われ、収益性とリスクが高いという特徴があります。
通常、LBOによるM&Aが完了した時点では譲受企業が親会社、譲渡企業が子会社となります。しかし、SPCは特定の目的のために設立された法人であるため、制度設計次第では親子関係になるとは限りません。SPCを活用するM&Aでは、設計ミスが税務や会計面での問題を引き起こす可能性があるため、譲渡企業とSPCの関係性については事業運用を考慮しながら専門家と十分に協議して進めることを強く推奨します。
不動産投資の場合
SPCは不動産事業や不動産投資でよく活用されています。SPCは特定の資産を切り離すことができるため、事業会社はSPCに不動産を売却します。また、SPCで不動産を担保に金融機関から資金調達が可能になります。
SPCが投資家から投資を募りたい場合、不動産からの収益を裏付けとして有価証券を発行します。これを不動産の証券化といいます。大規模な不動産や大規模な開発を行う際に案件は莫大な資金が必要となるため、資金力のある投資家に限られてしまいます。SPCが有価証券を発行し、不動産を小口化し証券化することで投資家は小額から不動産投資ができるため、より多くの投資家から投資を募ることができるのです。不動産を証券化することにより、投資家への収益還元も容易となります。
このように莫大な資金が必要な大規模な不動産や大規模な開発案件の資金調達のため、不動産事業や不動産投資ではしばしばSPCが活用されるのです。
3. SPCの代表的なスキーム
SPCのスキームはGK-TK、TMK、REITの3つに大別することができます。どのスキームも似通ったスキームのため、それぞれを詳細に解説します。
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GK-TK
GK-TKとは、合同会社(Godo Kaisya)と匿名組合(Tokumei Kumiai)を指す言葉で、これらを組み合わせた資産管理スキームの一つです。このスキームにおいては、特定の資産の受け皿として合同会社が設立されます。匿名組合出資とは、投資家が特定の合同会社(SPC)に対して出資を行い、利益が生じた場合にその還元を受ける契約を指します。すなわち、GK(合同会社)が事業体として機能し、TK(匿名組合)が資金を調達する形式を取ります。
ここで、SPCの役割は資産の受け皿となることであり、具体的な事業運用は行いません。その代わり、特定の事業の運用はアセットマネージャーが委託されます。このスキームは、設立が容易で管理コストも低いため、SPCを活用する手法として広く採用されています。
REIT(Real Estate Investment Trust)のスキームと似ていますが、GK-TKのスキームとREITのスキームは、GK-TKが匿名組合出資に対して、REITは投資証券を発行する点で異なります。
GK-TKスキームの利点として、投資家の匿名性を維持できるという点が挙げられます。さらに、匿名組合は法人格を持たないため、二重課税の問題を避け、より多くの利益を投資家に還元することが可能となります。
TMK
TMKとは、特定目的会社(Tokutei Mokuteki Kaisya)の略語です。特定の資産の受け皿が特定目的会社となります。合同会社や株式会社を設立しますが、この法人がSPC法を根拠とした特定目的会社になるのです。その他、投資家から出資を受け、金融機関から融資を受け、事業運用をアセットマネージャーに委託する点では他のGK-TKやREITと変わりはありません。
TMKはSPC法を根拠にしていることで、税制優遇を受けることができますが、事業範囲が定められており限定的となります。TMKを設立するにあたり、手続きが煩雑であり管理コストが高い傾向にあるため、SPCスキームでTMKは活用されることが少なくなってきています。
投資家から出資を募る際には投資証券の発行や匿名組合出資ではなく、一般的な出資契約により優先出資を募ります。
REIT
REITとは、Real Estate Investment Trust(不動産投資信託)の略で、不動産に特化した投資信託の形態を指します。投資信託は株式に対して一般的に広く知られていますが、REITは不動産に対して同じような手法を提供します。「投資信託及び投資法人に関する法律」(投信法)に基づき設立される、資金を集めて不動産投資を行う法人という性格を有します。
REITは株式に相当する投資証券を発行し、投資家から資金を募る形をとります。そして、不動産から得た収益(例えば賃料収入や売却益)を利益とし、その一部を投資家に配当として還元します。高い収益性を持つ不動産の長期的な運用に適したスキームとされ、都市再生や地方創生の一環として不動産開発にも利用されています。
4. SPCを設立するメリットとデメリット
SPCを設立し、M&Aや事業を運営するメリットとデメリットを解説します。
メリット
SPCを設立しM&Aや事業を運営するメリットは、資金調達、倒産隔離、資産のオフバランス化、国際的な適用性の4つに大別できます。
1:資金調達の容易さ:SPC設立の大きな利点の一つは、資金調達が容易になることです。SPCは特定の資産を保有し、これらの資産を担保に金融機関から融資を受けることができます。さらに、投資家から広範囲にわたって資金を募ることが可能です。重要なことは、資金調達はSPCが保有する特定の事業の収益力を基に行われ、親会社の信用度は直接関与しないという点です。
2:倒産隔離:SPCは親会社の資産や負債から独立した存在であり、その設立は特定の資産の出資によって行われます。これにより、親会社が倒産した場合でも、SPCが保有する資産は差し押さえの対象とならず、親会社からの倒産隔離が可能となります。これにより、金融機関や投資家は親会社の信用評価を検討することなく、特定の事業が生み出す収益力のみを評価基準として融資判断を行うことが可能となります。
3:オフバランス化:SPC設立のもう一つの利点は、特定の資産や負債を親会社の財務諸表から外すことができる(オフバランス化できる)点です。これにより、親会社の財務状況を悪化させることなく、特定の事業に必要な資金調達が可能となります。特にM&Aや不動産事業のように大きな負債が発生する可能性のある事業では、これは大きなメリットとなります。
4:国際的な適用性:SPCは海外でも設立可能であり、その国の法制度を活用することが可能です。これにより、海外事業の運営にもSPCを活用することができます。ただし、TMK(投資事業組合)のような特定のSPCはその設立法律に基づいており、海外での設立が制限される場合があるので注意が必要です。
デメリット
SPCを設立する最大のデメリットは、手間とコストが掛かることです。SPCを設立するための手続きは煩雑で、信託銀行や税理士、弁護士など様々な専門家に設立業務を依頼しなければなりません。当然、SPCの設立に関わる関係者に報酬を支払わなければなりません。また、投資家と出資契約ができる環境を整えなければなりません。SPCを活用する場合、SPCの設立だけではなく、投資家との契約や金融機関への打診などその他の業務でも手間とコストに掛かることを認識しておきましょう。
SPCを活用して特定の事業を運営するのであれば、手間とコストにが見合うのか、まとまった資金が資金調達できるかを判断する必要があります。
5. まとめ
SPCの活用スキームは、資金調達が比較的容易であるため、少ない自己資金でM&Aや事業運営が可能になります。また、金融機関や投資家にとっても、親会社との倒産隔離が可能であるため、与信判断が比較的容易となります。これは譲受企業、親会社、金融機関、投資家といったすべての関係者にとってメリットとなるスキームであることが理解できます。しかし、一方で、SPCの設立は容易なものではなく、信託銀行や会計事務所、弁護士事務所など様々な関係者に業務を依頼することが手間となります。さらに、多くの関係者に手数料の支払いが発生することからコスト負担となります。そのため、M&Aや事業運用でSPCを活用するのであれば、SPC設立の必要性、それに伴う手間とコスト、そしてSPC活用スキームで得られる収益を冷静に比較・判断する必要があります。
さらに重要なことは、SPCの制度設計を誤ると、想定したM&Aや事業運営が困難になる可能性があることです。そのため、目的の達成とSPC活用のメリットを最大限に享受するためには、弁護士や税理士などの専門家と十分に協議をしながら進めることを推奨します。