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事業承継の選択肢には、子供などの親族に事業を承継する「親族内承継」、社内などから後継者を登用する「親族外承継」、中堅・中小企業の事業承継の手法として近年増加傾向にある「M&A」などがあります。
この記事で紹介する「事業承継ファンド」は、上記にあるM&Aにおける買い手の一種であり、ファンドの特性を生かし、他の買い手とはひと味もふた味も違う特徴を持っています。
そこで本記事では、事業承継の相手先として最近注目を集めている事業承継ファンドについて、活用法やメリット・デメリット、手順や選び方などを解説します。
このページのポイント
~事業承継ファンドとは?~
事業承継ファンドとは、ファンドの一種で、株式や債権ではなく、事業承継を目指す企業を投資先として選び、運用を行うファンドを指す。一般的なファンドは投資先に上場株式や債券などを選択する事が多いが、事業承継ファンドでは「後継者が不在で悩む中小企業」が投資先となり、経営権の獲得を目的に、オーナー経営者から株式を買い取る。その上で、積極的に人材を派遣し、短期間で企業価値を上げることを目的に、経営支援が行われる。
目次
1. 事業承継ファンドとは
ファンド(fund)とは「資金」「基金」などを意味する言葉です。証券用語としては、投資家から集めた資金をまとめ、運用の専門家が株式や債券などのさまざまな金融商品・投資先に投資を行い、運用する形態のことを指します。
事業承継ファンドとは、こうしたファンドの一種です。株式や債権ではなく、事業承継を目指す企業を投資先として選び、運用を行います。
具体的にはまず、後継者が見つかっていない企業の株式を買い取ることで経営権を譲り受け、各領域のスペシャリストを派遣して経営支援を行います。会社の諸問題を解決しながら業績を伸ばし、3〜5年後を目処に企業価値がある程度上がったところでM&A(売却)を行い、得られた売却益を投資家に分配するわけです。
近年では、後継者不足で悩む企業から、事業承継先の選択肢として選ばれるケースが増えています。
1-1. 一般的なファンドと事業承継ファンドの違い
一般的なファンドと事業承継ファンドの最大の違いは、投資先です。一般的なファンドが投資先として選ぶのは、国内外の上場株式や債券などですが、事業承継ファンドでは「後継者が不在で悩む中小企業」が投資先となります。
一般的なファンドでは基本的に分散投資が行われるため、株式に投資しても、会社の経営権を獲得するまでに至りません。一方、事業承継ファンドにおいては、経営権の獲得を目的に、オーナー経営者から株式を買い取ります。
また、一般的なファンドは通常、経営に参画しないため経営支援は行いませんが、事業承継ファンドでは積極的に人材を派遣し、短期間で企業価値を上げることを目的に、経営支援が行われます。
これらの点が、一般的なファンドと事業承継ファンドの大きな違いです。
1-2. 事業承継ファンドの種類
事業承継ファンドにはさまざまな種類があり、以下の4つが代表的です。
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【日本投資ファンド】
大手M&A仲介会社と、株式会社日本政策投資銀行が共同で設立したファンドです。設立に公的機関が関わっているため、審査のハードルは比較的低い特徴があります。 -
【中小機構のファンド】
独立行政法人中小企業基盤整備機構によって運営されており、公的な機関からのアドバイスを受けられるのが特徴です。中小企業からは、相談しやすいファンドとして選択されています。 -
【SBI地域事業承継ファンド】
SBIホールディングス株式会社の子会社が運営しているファンドで、特徴としては、小規模な企業にも投資を行うことが挙げられます。 -
【PE(プライベートエクイティ)ファンド】
非上場企業の株式を買い取って(あるいは上場企業の株式をTOBにより非公開化して)経営に参画し、企業価値を高めたうえで売却し、売却益を得るファンドです。近年多くの企業に活用されており、その一例として日本プライベートエクイティ株式会社などがあります。
2. 事業承継ファンドの有効な活用ケース
事業承継を検討する際に、事業承継ファンドの活用が問題解決に有効と考えられるケースは、主に以下の4つです。
2-1. 後継者がいない場合
後継者不在問題を解決し、事業承継を行うために有効な手段の一つが、事業承継ファンドの活用です。事業承継ファンドへ株式を売却すれば経営権はファンド側に移るため、ファンド側から、経営陣を含む多くの専門家が派遣されます。
事業承継ファンドを活用すると、こうした経営支援が受けられるため、人材不足で悩む中小企業にとっては、自社のポテンシャルを一気に高められる絶好のチャンスです。
もちろん、オーナー経営者は株式の売却によって創業者利益が得られるため、創業者にとっても、ハッピーリタイアに向けた良いきっかけとなります。
2-2. 後継者がまだ十分成長していない場合
後継者に会社を継いでもらうにはまだ不十分な場合でも、事業承継ファンドの活用が有効となります。事業承継ファンドのなかには、後継者教育を支援してくれるところもあるため、そうしたファンドを活用すれば、後継者の育成を進めることが可能です。
また、経営支援についてもファンド側が行ってくれるため、経営者自身は安心して引退することができます。
2-3. 後継者に十分な資金がない場合
社内の有望な人物へ事業承継を行うためには、後継者候補はオーナー経営者から株式を買い取る必要があります。しかしながら、その資金を用意できない場合があります。こうしたケースでも有効なのが、事業承継ファンドです。
まず事業承継ファンドに対して現経営者が株式を売却し、後継者は経営を継続して自己資金が貯まった段階で事業承継ファンドから株式を買い取れば、事業承継は無事に完了します。
このように、事業承継ファンドを活用することで、資金不足の悩みを解決しつつ、社内の人物への親族外承継が可能となります。
2-4. 現在の経営陣で継続して経営を行いたい場合
現経営陣が事業承継ファンドに対して株式を売却して資金を得ると共に、経営自体は継続して行いたい場合にも、事業承継ファンドが有効です。
株式の売却に伴い経営権はファンド側に渡りますが、ファンドの目的は経営権を手に入れることではなく、企業価値を高めて売却益を得ることです。
したがって、現経営陣が事業承継ファンドと協力して、会社の企業価値を高めるという場合であれば、現在の経営陣で経営を引き続き行うことも可能です。
3. 事業承継ファンド活用のメリット
ここからは、事業承継ファンドの活用によって得られるメリットについて、改めて整理します。得られるメリットのなかでも、特に大きなものは以下の4つです。
3-1. 経営者が望んでいる形で事業承継が実現できる
事業承継を活用する一つ目のメリットは、経営者が望む形での事業承継が可能となることです。
事業承継を望んでいる一方、現状では後継者教育に手が回っていない場合は、後継者の育成を事業承継ファンドに任せることが可能です。準備が整った段階で後継者へのバトンタッチを行えば、経営者が望む「企業理念」や「経営方針」を引き継いだ後継者が育てられます。
親族や社内に候補がいない場合には、事業承継ファンドが外部からふさわしい経営者を選んでくれるでしょう。
3-2. プロ経営者のサポートのもとで事業成長を望める
中小企業のウイークポイントは、人的リソースが不足している点です。社内の人材には限りがあり、事業を拡大したくても、簡単にはできません。これを解消できる点が、事業承継ファンドを活用する2つ目のメリットです。
ファンドを活用すると、プロ経営者を中心とする専門家チームが派遣され、事業に関するアドバイスやサポートなどの経営支援を受けられます。事業承継ファンドは、企業価値を向上させて売却益を得ることを業務としているため、「どうすれば業績を上げられるか」などの経営ノウハウを豊富に保有しています。
そのため、限られた社内の人材のなかから後継者を探して事業承継を行うよりも、事業承継ファンドを活用したほうが事業の成長が期待できるといえます。
3-3. 企業理念や企業文化を承継できる
事業承継ファンドの目的は、買収した企業に対して徹底した経営支援を行い、目標期間内にできる限り企業価値を上げることにあります。したがって、業務効率を改善したり、社内で不足している人材などを外部から招聘(しょうへい)することはありますが、企業理念や企業文化を変えるようなことは基本的にはありません。
企業理念や企業文化の承継は、創業者にとって切実な願いの一つであり、これを実現できる点が事業承継ファンドを活用する3つ目のメリットです。
企業理念や文化が変わらないおかげで、従業員や得意先が、事業承継の影響を最小限に抑えられるというメリットもあります。
3-4. 株式を買い取ってもらうことで利益が得られる
事業承継ファンドを活用する4つ目のメリットは、リタイア後の資金が得られることです。
後継者が見つからなければ、いつかは廃業しなければなりませんが、そのためには資金が必要です。工場や事務所を借りている場合は、原状回復してから返す必要があり、機械や設備の廃棄費用も決して安いものではありません。
こうした際、事業承継ファンドに株式を売却すれば、事業を廃業する必要がなく、従業員の雇用や取引先との関係も基本的には継続でき、経営者は売却益が受け取れるだけでなく、廃業費用を負担しなくて済みますし、引退後の生活に余裕が持てるようになります。
4. 事業承継ファンドのデメリット
事業承継ファンドの活用には上述のような複数のメリットがありますが、その反面、いくつかのデメリットもあります。そのなかでも、特に注意すべきデメリットは以下の3つです。
4-1. 申請すれば必ず支援を受けられるわけではない
事業承継ファンドの一つ目のデメリットは、申請してもサポートが受けられない場合もあることです。支援を希望する企業側に対して、ファンド側の目的は、一定期間で企業価値を高めたうえで売却し、利益を得ることです。
そのため、目標とする期間で企業価値を高めるのは難しいと想定される場合や、経営状況が良好でなくリスクが高いと判断される場合には、支援を断られることもあります。
4-2. 事業承継ファンドが多すぎて選べない
2つ目のデメリットは、自社に最適なファンド選びが難しい点です。
事業承継ファンドと一口にいっても、ファンドそれぞれに得意・不得意な分野があり、これまで積み上げてきた経験値やノウハウもそれぞれ違います。そのため、自社が望む支援が十分に受けられないファンドを選んでしまうと、事業承継がうまくいかない可能性があります。
事業承継ファンドを選ぶ際には時間がかかり、その見極めがかなり難しい点もデメリットといえるでしょう。
4-3. M&A後には経営方針が変化する可能性がある
3つ目のデメリットは、事業承継後に経営方針や経営戦略が変わってしまう可能性があることです。
事業承継ファンドによる経営支援を受け、企業価値が向上したあとは、事業承継ファンドの目的である、売却益獲得のためM&Aが実施されます。
そのため、創業者と事業承継ファンドの間で交わされた約束が、新たな買い手企業との間でも引き継がれるかどうかは確約できません。2度の承継を経て、企業文化が消滅してしまったり、創業者の意志とは異なる事業展開がなされてしまう恐れがあります。
5. 事業承継ファンドを活用する際の手順
ここからは、実際に事業承継ファンドを活用する場合、どのような流れで事業承継が行われるのかを解説します。
事業承継ファンドによる事業承継は、概ね以下の順番で進められます。
- 事業承継ファンドに直接、もしくは専門家を通して問い合わせる
- 事業承継ファンドと秘密保持契約を締結し、自社の財務情報などを開示する
- 事業承継ファンドとの間で合意が得られた場合、事業承継に向けた基本合意書を結ぶ
- 弁護士や公認会計士などによるデューデリジェンスを受ける
- デューデリジェンスで検出された情報を加味し、条件のすり合わせを行う
- 事業承継ファンドと最終の譲渡契約を締結する
- オーナー経営者は株式をファンド側に売却し、対価を受け取る
- 経営権が事業承継ファンドに移り、企業価値を高めるための経営支援が始まる
6. 事業承継ファンドを選ぶ際のポイント
続いて、事業承継ファンドを選択する際のポイントについて解説します。これまで述べてきたように、事業承継ファンドにはそれぞれ特徴があり、得意とする分野もファンドによって異なります。
そのため、自社に最適なファンドを選ぶためには、最低でも以下の3点には気をつけなければなりません。
6-1. 過去の実績を参考にして選ぶ
事業承継ファンドを選ぶ際は、過去にどのような事業承継を行ったのかを確認しなければなりません。業種はもちろんのこと、会社の規模や所在地などを含め、自社と類似している企業の支援を行った実績がどれくらいあるのかをチェックしておきましょう。
その場合、どれほど企業価値が上げられたのかも聞いておくと良いです。そうすれば、事業承継後に自社の企業価値がどの程度上がるのか、概ね推測できます。
いずれにしても、事業承継ファンドごとに得意分野は異なるため、できるだけ自社と類似する企業を扱った経験が豊富なファンドを選ぶことを推奨します。
6-2. 提案内容によって選ぶ
事業承継ファンドはそれぞれ得意とする分野が異なるため、その提案内容も異なります。中長期的な視野に立ち、企業価値をじっくりと上げたうえで売却を検討するファンドもあれば、不動産の売却やリストラなどにより、短期的に企業価値を上げる提案をするファンドもあります。
そのため、各ファンドの提案内容を比較したうえで、自社の事業承継の方針に則したファンドを選択すると良いでしょう。
6-3. 担当者との相性、信頼度で選ぶ
過去の実績や提案された内容をポイントにする以外にも、担当者との相性や、信頼度で事業承継ファンドを選ぶ方法もあります。
事業承継ファンドでは、各企業に担当者がつき、経営者の事業承継にかける想いや個人的な事情など、さまざまなものを共有しながら成約プロセスを進めて行きます。そのため、担当者との「相性」や「信頼度」は非常に大切なポイントとなります。
担当者とは日々やり取りをすることになるため、相性が合わなかったり信頼度が低いようでは、安心して事業承継を任せることはできません。そのため、自社のことを十分に理解したうえで、コミュニケーションをはかってくれる担当者を選ぶと良いでしょう。
6-4. 専門家に相談して選ぶ
事業承継は、経営者にとって初めての経験であることがほとんどです。その手続きや成約までのプロセスは複雑で専門性が高く、決して簡単なものではありません。ファンドを活用し事業承継を行う場合には、さらに難易度が上がります。
そこで、M&Aの仲介会社をはじめとした専門家に相談し、アドバイスを求める方法が推奨されます。専門家であれば、どのファンドが自社に最適なのかを提示してくれるでしょう。また、事業承継ファンド以外の方法についても、助言を受けられるかもしれません。
いずれにしても、中立的な立場にある専門家に意見を求め、専門家ならではの意見を聞く機会を設けることがおすすめです。
7. 事業承継ファンド活用の事例
最後に、実際に事業承継ファンドを活用した例を2つ紹介します。
7-1. 和洋菓子工房 泉屋
一つ目は、中小企業基盤整備機構を活用した事例です。
和洋菓子工房 泉屋(泉屋株式会社)では、自社の名物である「かしわ餅」をそのままの味で後世に残したいと考え、事業承継の検討に入ります。条件は「人」で、経営者の想いを引き継いでくれる人かどうかを重要なポイントとし、後継者探しを事業支援・引継ぎセンターに依頼しました。
ほどなくして、和菓子の企画販売経験はあるものの、製造経験が無い候補者が見つかります。懸念事項はいくつかありましたが、研修によって諸問題をクリアし、事業承継が無事に行われました。なお、前オーナーは承継後も執行役員として残り、サポートを続けていくとのことです。
参照元:〈事例21〉和洋菓子工房 泉屋|第三者承継の事例紹介|事業支援・引継ぎセンター
7-2. ダイアトップ株式会社
2つ目は、PEファンドとして名高い、日本プライベートエクイティ株式会社を出資元として活用した、ダイアトップ株式会社の事例です。
ダイアトップは、チェーンソーのガイドバーなどを開発・製造する会社で、2017年には日本プライベートエクイティから出資を受けていました。同社との資本提携後は、経営支援を受けながらさまざまな課題を解決し、順調に企業価値を高めていきます。
こうした経緯を踏まえたうえで「100年後も生き残れる企業」を目指し、ファンドを引き続き株主としながら、成長を続ける道を選択します。
その結果、2022年11月、百五みらい投資株式会社が運営するAIDMA2号投資事業有限責任組合に株式は売却され、無事に事業承継が完了しました。
参照元:投資先 DIATOP(ダイアトップ株式会社)地域の事業承継支援ファンドへ継承|日本プライベートエクイティ株式会社
8. まとめ
事業承継ファンドを用いた事業承継はM&Aの一つではありますが、一定期間内で企業価値を高めて他の企業に売却する点や、積極的に経営支援を行う点などが通常のM&Aとは異なります。
また、ファンドによる後継者の育成も可能なため、事業承継を検討する企業の多様なニーズに対して細かく対応することが可能となります。
ただし、選ぶ際は、譲渡側の企業としてさまざまな条件から見極める必要があります。ファンドそれぞれに得意な分野とそうでない分野があるため、過去の実績を見て、自社に適したファンドを選ばなければなりません。
M&Aキャピタルパートナーズは、ファンドへの譲渡の支援実績が豊富で、事業承継ファンドを視野に入れた総合的なM&Aのアドバイスが可能です。事業承継ファンドを活用したM&Aに興味や質問がある方は、どうぞお気軽にお問い合わせください。