人事デューデリジェンスとは? 目的や調査対象と流れ、注意点を紹介

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M&Aの成功には、人事デューデリジェンスが欠かせません。人事デューデリジェンスとは、M&Aにおける「人」に関する調査を指します。リスクの洗い出しや、企業価値の評価において、重要な役割を果たすプロセスです。

本記事では、人事デューデリジェンスの概要や必要性、調査対象、実施時の流れ、注意点などについて解説します。

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~人事デューデリジェンスとは?~

人事デューデリジェンスとは、M&Aにおける「人」に関する項目を多角的に調査し、現状を把握するプロセス。人事制度や組織戦略を分析し、リスクの有無を確認する。買収価格やM&A後の対応に影響を与え、リスク次第でM&Aの可否が変わることもある。売り手企業が有利に交渉を進めるためにも重要で、買い手企業の立場からの調査も行われる。本記事では、人事デューデリジェンスの概要、必要性、調査対象、実施手順、注意点を解説。

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1. 人事デューデリジェンスとは

人事デューデリジェンスとは"

人事デューデリジェンスとは、M&Aの実施にあたって、「人」に関わる項目をあらゆる角度から調査し、現状を探ることです。

そもそもデューデリジェンスとは、M&Aの最終合意に至る前に、買い手が売り手の実情を調査し、リスクの有無の確認および洗い出すことを指します。

デューデリジェンスの結果は、買収価格やM&A実施後の対応に反映されます。重大なリスクが見つかった場合は、M&Aの実施可否が変わる可能性も小さくありません。

人事デューデリジェンスは、デューデリジェンスの一つであり、人事戦略や組織戦略だけでなく、人事制度など人事全般から、売り手企業の調査・分析を行います。

なお、売り手企業がM&Aでの交渉を優位に進めるため、買い手企業の立場に立って客観的にデューデリジェンスを行うセルサイド・デューデリジェンスにおいても、この人事デューデリジェンスは極めて重要です。

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2. 人事デューデリジェンスの必要性

M&Aを実施するにあたり、「人」に関する調査は重要です。企業の収益を生み出すのは人材であり、たとえビジネスモデルが優れていても、人事体制が整っていなければ業績を伸ばすことは困難だからです。

また、M&Aの実施に伴う企業風土、経営方針の変化により人材のモチベーション低下や離職が生じ、当初見込んでいた企業価値や収益を得られない可能性があります。

しかし、企業における人事関連の情報は、財務や法務に関する情報と比べて公開性が低く、定量的な評価が難しい一面があります。そのため、人事デューデリジェンスを実施し、M&Aで発生する可能性のある人事リスクを洗い出し、対策を講じることが重要です。

また、M&Aによるシナジー効果を最大化するためにも、人事デューデリジェンスは欠かせないプロセスといえます。

3. 人事デューデリジェンスの目的

人事デューデリジェンスの主な目的としては、以下の3点があります。

  • 人事リスクの把握のため
  • 企業価値評価への反映のため
  • 人事PMIへの活用のため

それぞれ見ていきましょう。

人事リスクの把握のため

人事デューデリジェンスを実施する際には、人事リスクを抽出する必要があります。具体的な人事リスクとしては、以下のようなものが挙げられます

  • 従業員のモチベーション低下
  • 優秀な人材の離職
  • 労働基準法違反のリスク
  • 組織文化の不一致

人事デューデリジェンスを行わない場合、上記のような人事リスクを考慮せずM&Aを進めることになります。最悪の場合、M&Aの破談の要因となる「ディールキラー」を見落とし、統合直前になってM&Aが破談となることも考えられるでしょう。その場合、費やしてきた時間とお金が無駄に終わってしまいます。

さらには、労働基準法への違反など労務に関するリスクを見過ごせば、従業員との訴訟に発展する恐れもあります。法務デューデリジェンスとも連携しながら、あらかじめリスク有無の確認と洗い出しを行い、のちのプロセスに向け対策を講じることが大切です。

企業価値評価への反映のため

組織や人材面の価値や、隠れたリスクを発見し、企業価値評価(バリュエーション)に反映することも、人事デューデリジェンスを実施する目的の一つです。

バリエーションは、主に企業の財務情報やKPIから算出します。しかし、それだけの情報では、企業の本源的な価値の全容を把握することは難しいでしょう。M&Aを成功させるためには、所属する人材のスキルや経験、業績などを踏まえ、現在だけでなく将来的な企業成長の可能性も考慮したうえで、バリュエーションに反映させる必要があります。

企業価値の評価の適正を判断し、必要に応じて調整を行うためにも、人事デューデリジェンスの実施は必須といえます。

人事PMIへの活用のため

人事デューデリジェンスは、人事PMIへの活用のためにも必須です。

PMIとは、M&Aの成立後のプロセスのことで、経営、業務、意識など、あらゆる面で買い手と売り手の統合を行います。このとき、売り手の人事システムや人材育成の方針などへの理解が足らなければ、異なる企業文化同士で衝突がおき、M&Aが失敗に終わる恐れがあります。人事デューデリジェンスにより、売り手企業の人事に関する実態を把握し、双方の文化的な適性判断を行ったうえで、M&A成立後の人事PMI計画を策定することが大切です。

4. 人事デューデリジェンスの調査対象

人事デューデリジェンスの調査対象は幅広く、具体的な項目は以下のとおりです。

  • 人事制度
  • 人員構成
  • 組織体制
  • 役員・キーパーソン
  • 人件費
  • 労働組合
  • 労務関係
  • 労災状況
  • 福利厚生
  • 人事システムやオペレーション
  • 従業員のリスク管理
  • 有期契約労働者の状況

一つずつ確認していきましょう。

人事制度

人事デューデリジェンスで調査すべき項目の一つ目は、人事制度です。人事評価制度の透明性や、従業員のキャリア成長への貢献度などを検証します。

異なる人事制度を持つ企業が統合することで従業員に不信感や不満を抱かせないためにも、売り手企業の人事制度をよく理解し、一貫性のある人事管理体制の構築を目指すことが大切です。

人員構成

従業員の構成について把握することも重要です。従業員の人数のほか、職種や勤続年数、職務内容、性別、年齢など、特定の属性に偏りがないかを把握します。

特に売り手側の従業員にとって、M&Aは、組織構造や自分の立場の変化に大きな不安を抱くでしょう。既存の人員構成に配慮しながら、買収後の人員構成の再構築に向けた検討が大切です。

組織体制

組織体制図を用いながら、現状の組織体制を調査します。具体的な対象内容は、会社内の階層と部門間の関係や、従業員の役割、責任範囲などです。また、入退社数や休職者、出向者の推移についても把握します。

これらの項目を調査した結果、職務ごとの責任範囲が曖昧であったり、あまりにも離職者・休職者が多かったりする場合には、改善策を検討します。

役員・キーパーソン

売り手企業の役員やキーパーソンへの調査を実施します。役員や事業上のキーパーソンの能力や経歴を調査するとともに、職務におけるモチベーションがどこにあるかを把握しなければなりません。重要な人材が離職しないよう、対策を検討する必要があります。

人件費

人件費などのコスト面の確認も重要です。従業員の給与をはじめ、厚生年金基金や健康保険組合の福利厚生制度、退職金制度などの人件費を調査します。未払いの残業代や、法令違反になる超過残業がM&A成立後に発覚した場合には、買い手が責任を負うことになるため、人事デューデリジェンスの時点でしっかりと確認しましょう。

退職金や年金制度については、特に注意が必要です。簿外債務が生じていないか、自社との制度に違いがないかを確認し、必要に応じて制度変更を検討しなければなりません。ただし、突然の制度変更は従業員の不満を招き、訴訟や離職に発展する恐れもあります。リスクを理解したうえで、従業員の不満が顕在化しないよう、移行措置を講じる必要があります。

労働組合

売り手に労働組合がある場合は、労使関係にトラブルが無いかの調査が必要です。

労働協約の正確性については法務デューデリジェンスの分野ですが、労使関係が健全かどうかの確認は人事デューデリジェンスで行います。また、労使交渉に至った経緯や労働組合の加入率などを踏まえ、経営への影響度合いを分析しましょう。

労務関係

労働協約や労使協定の状況や、労働契約のひな形の確認をします。就業規則などから、買い手と売り手の就業条件の違いを明らかにして、人事PMI計画を検討します。就業条件と労働協約や就業規則、労働契約との整合性はあるか、法令違反は無いかの確認も必要です。

また、労働契約では特別な契約をしている労働者がいる場合には、統合後の対応について検討する必要があります。

労災状況

労災事故の発生度合いや補償の進捗についても把握しましょう。頻度が高い場合は、財務を圧迫するのに加え、従業員の労働環境が脅かされたり、企業の信頼損失につながります。原因を究明し、改善策を講じることが必要です。

また、労災に対する補償ができていない場合、これが簿外債務になり得ます。買収後の業績悪化の要因となる恐れがあるため、あらかじめ確認することが重要です。

福利厚生

福利厚生は従業員の福祉と満足度に直結します。福利厚生が従業員のニーズにあっているか、また業界の平均と比較して優位になっているのかの確認も必要です。

人事システムやオペレーション

売り手の人事システムやオペレーションについて把握します。勤怠システムや給与会計システムなどの導入状況を確認し、統合プロセスへの反映を行いましょう。

また、グループ会社や外部ベンダーからシステムや人員を得ている場合は、契約関係について現状を把握し、M&A成立後の対応可否や扱いについての確認が必要です。

従業員のリスク管理

従業員へのリスク管理体制についても調査が必要です。緊急避難計画や安否システムの導入などの災害対策や、安全衛生対策やストレス診断などのヘルス・メンタルケア等の管理体制が整っているかを調査しましょう。従業員の労働環境を守るための内部通報制度についても確認してください。

内部通報制度とは、企業改善を目的とし、組織内で違法行為や不正行為、倫理に反する行為を報告するための窓口を設ける制度です。通報窓口の有無や、プロセス、管理体制などが整っていれば、従業員の労働環境の治安維持につながります。

有期契約労働者の状況

正規雇用の社員だけでなく、有期契約労働者の状況についても確認が必要です。有期契約労働者は、5年を超えて契約期間の延長があった場合、労働者の申し出によって無期労働契約への転換が認められています。

契約状況や契約延長状況や解雇状況を把握し、実質的に無期雇用になっている有期労働者はいないか、今後無期雇用に転換する労働者はいないか、不当な雇い止めが無いかの確認が必要です。

5. 人事デューデリジェンスの流れ

人事デューデリジェンスは買い手と売り手の間で基本合意書の締結を行い、最終交渉を行う前のタイミングで実施します。人事デューデリジェンスの流れは以下のとおりです。

  1. 譲渡企業への資料開示請求を行う
  2. 資料分析を行う
  3. マネジメントインタビューを実施する
  4. 人事デューデリジェンスの結果を報告する

それぞれのステップについて、詳しく見ていきましょう。

譲渡企業への資料開示請求を行う

デューデリジェンスでは、買い手企業が売り手企業に資料開示請求を行います。売り手企業は開示請求にしたがって資料を提出しなければなりません。デューデリジェンスのなかでも、人事デューデリジェンスに関連する主な資料は以下のとおりです。

  • 組織図
  • 従業員名簿
  • 就業規則
  • 給与や退職金に関する資料
  • 給与台帳など各種台帳
  • 勤怠に関するデータ
  • 労使協定の書類

資料分析を行う

売り手企業から提供された資料をもとに、人事面の現状把握や分析を実施します。先に挙げた調査項目に基づき、隠れたリスクは無いか、自社の人事制度との差異はどこにあるかなど、あらゆる角度から調査します。

調査を進めるために対象範囲を広げる必要が生じた場合や、資料の不足、漏れが発覚した場合には、売り手企業に対して資料の追加依頼が必要です。

マネジメントインタビューを実施する

マネジメントインタビューとは、売り手企業の経営陣や従業員に対して行うヒアリングのことです。直接聞き取り調査を行うことで資料だけではくみ取り切れない、会社の雰囲気、経営陣や従業員の人となりなど、より現場に近い情報を入手できます。

マネジメントインタビューの際には、税理士や公認会計士などの専門家の同席が一般的です。このとき、売り手企業側が委縮してしまうと本音を聞き出しにくくなってしまうため、買い手側は圧迫感を抱かせないような雰囲気づくりに努めることが求められます。

人事デューデリジェンスの結果を報告する

各種分析が終了したら、報告書にまとめ、関係者への共有が必要です。報告書には、調査結果の概要、詳細情報、調査結果から分析される課題やリスクを記載します。をもとに、買収後の人事制度計画を策定すると共に、他分野のデューデリジェンス結果を踏まえ、PMIを含めたM&A計画の策定に活用します。

6. 人事デューデリジェンスの注意点

続いて、人事デューデリジェンスを実施するさいの注意点を3点紹介します。

従業員の気持ちを大事にする

M&Aに対して、売り手の従業員は不安を抱きやすくなります。自分たちの労働環境や評価がどうなるのか心配しているため、従業員の気持ちに配慮し、コミュニケーションをうまく取ることが必要です。

売り手の従業員への配慮を欠いたまま買収を行った場合、優秀な人材の流出や、統合後に組織内で衝突が生じる恐れがあります。

M&Aスキームによって労働契約に対する影響が異なる

M&Aのスキームによって人事制度への影響は異なります。

スキーム 人事制度への影響
合併 労働契約は変更されないまま、雇用主が消滅会社から存続会社、あるいは新設会社へ引き継がれる
そのため、存続会社あるいは新設会社内に複数の労働契約が併存することとなる
会社分割 会社分割では、吸収分割契約または新設分割計画に基づき、どの労働契約が他方の既存会社または新設会社に承継されるか決定される
承継対象は会社同士によって決められるため、従業員は不利益を被る可能性がある
事業譲渡 事業譲渡の場合、労働契約の承継に関して、各労働者から個別に同意を得る
そのため、労働者にとって、移転・承継を強制される等の不利益は生じない
株式譲渡
株式交換・移転
株主構成が変わるのみであるため、労働契約に影響はない

これらはPMIにおいても影響が生じることとなるため、各スキームの特徴を理解したうえで、スキームの検討や、対策の策定を行う必要があります。

クロスボーダー案件では慎重に実施する

クロスボーダー案件の人事デューデリジェンスは、より慎重に実施する必要があります。クロスボーダーM&Aとは、海外を拠点にビジネスを展開している企業や、海外企業と実施するM&Aのことです。

海外企業と日本企業では、法制度や税制などあらゆる点が異なるため、人事デューデリジェンスで取り扱う範囲も非常に広く、複雑な手続きを踏む必要があります。お互いの理解を深め、認識をすり合わせるためにも、細やかに取り扱うことが重要です。

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7. まとめ

人事デューデリジェンスは、M&Aの成功に欠かせない重要なプロセスです。従業員の気持ちに配慮しながら、適切なコミュニケーションを図ることが求められます。

また、M&Aのスキームによって労働契約への影響が異なるため、各スキームの特徴を理解し、対策を講じることが重要です。さらに、クロスボーダー案件では、法制度や税制の違いを考慮し、慎重に実施する必要があります。

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監修者プロフィール
M&Aキャピタルパートナーズコーポレートアドバイザリー部 部長公認会計士梶 博義
M&Aキャピタルパートナーズコーポレートアドバイザリー部 部長
公認会計士梶 博義

大手監査法人、事業承継コンサルティング会社を経て、2015年に当社へ入社。
これまで、監査、IPO支援、財務DD、親族承継・役職員承継コンサル等を経験し、当社入社後はM&Aアドバイザーとして活躍。一貫して中小企業の支援に従事し、M&Aのみならず、事業承継全般を得意とする。

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