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少子高齢化や価値観の多様化、中小企業経営者の高齢化により、業績が良いにも関わらず廃業を選択する企業が増えています。日本では、全企業のうち99.7%が中小企業であり、労働者の約7%は中小企業で雇用されているため、中小企業の事業承継は日本経済の存続を左右する重大な問題です。
こうした理由により、近年では事業承継が注目されることが多く、その業務をサポートする事業承継士にも脚光を浴びる機会が増えています。
そこで本記事では、事業承継士とはどのような仕事で、資格を取るための条件や難易度、メリットや働き方にはどういったものがあるのかをじっくりと解説します。
このページのポイント
~事業承継士とは?~
事業承継士とは、事業承継の支援業務を受託し、準備から実際の手続きまでさまざまな形でサポートを行う事業承継の専門家で、一般社団法人事業承継協会が認定する資格を取得している者のこと。資格取得講座の受講が必要で、試験合格後に事業承継協会に入会すると資格が取得できる。資格は更新制で、更新のためには研修などに出席し、3年間で30単位を取得することが求められる。
目次
1. 事業承継士とは
事業承継士とは、事業承継の支援業務を受託し、準備から実際の手続きまでさまざまな形でサポートを行う事業承継の専門家のことです。
事業承継士になるためには、資格試験に合格しなければなりません。そこでまず、事業承継士になるための資格の概要から解説します。
1-1. 事業承継士の資格概要
事業承継とは、法人または個人事業主が行う業務について、それらに関連するすべてのものを承継する行為のことです。
事業承継では、会社が所有する資産・負債などの「資産の承継」はもちろんのこと、そこで働く従業員の雇用といった「人の承継」のほか、企業文化や経営理念、特殊な技術やノウハウなどの「知的資産の承継」を行います。
このように、事業承継士が担当する業務の範囲は多岐に渡るケースが一般的です。そのため、弁護士や税理士などの専門家をコーディネートしたり、ファシリテーターやカウンセラーの役割を果たしたり、状況に応じていくつもの業務を柔軟にこなすことが求められます。
1-2. 認定団体
事業承継士は国家資格ではなく、民間資格です。資格合格者を認定するのは「一般社団法人事業承継協会」で、中小企業の事業承継を担う人材の育成や管理を通じて、中小企業の事業承継支援を行うことを目的として活動しています。
主な事業内容は、以下のとおりです。
- 事業承継に関する知識の啓発と普及
- 事業承継に関する調査・研究および情報の提供
- 事業承継に関する書籍の発行
- 国内外の事業承継関係機関との交流
- 事業承継に係る人材の教育と資格認定試験の実施
その他、この法人の目的を達成するために必要な事業も合わせて行っています。
1-3. 対象者
事業承継士の資格を取得するには、資格取得講座の受講が必要となります。ただし、受講者となるためには、以下の資格を一つ以上保有していなければなりません。
- 中小企業診断士
- 税理士
- 公認会計士
- 弁護士
- 司法書士
- 社会保険労務士
- 行政書士
- 土地家屋調査士
- 一級建築士
- 不動産鑑定士
- ファイナンシャル・プランニング技能士
また、これらの資格取得者と同等の知識・能力があると判断された場合には、条件を満たしたものとして受講が可能になります。
1-4. 難易度
事業承継士の資格取得講座を受講するためには、上述の資格をあらかじめ取得しておかなければなりません。どの資格もハードルが高いため、講座を受講できる対象者であれば、資格取得はそれほど難しくないといえるでしょう。
なお、資格取得講座は75%以上の出席が必要であり、認定試験で60点以上を取ると、一般社団法人事業承継協会へ入会する資格が得られます。
2. 事業承継士の資格を取得するメリット
事業承継士の資格を取得するメリットにはさまざまなものがありますが、そのなかでも特にメリットとして大きいのが、以下の4つです。
2-1. 資格取得講座の勉強をすることで事業承継の知識が身につく
事業承継士の資格を得るためには、資格取得講座を受講しなければなりません。この講座では、事業承継に必要な情報が網羅されており、相続に関する基本的な知識や顧問契約の取り方など、非常に実践的なカリキュラムが組まれています。
そのため、資格取得講座の勉強をすることで事業承継士としての基礎知識から取得後の業務展開まで、必要な知識を一通り身につけることが可能です。
2-2. 他の士業など人脈が広がる
事業承継士の講座を受講する人は、基本的に何らかの資格を取得しているため、合格のための勉強を通じて他の士業資格保有者と知り合い、人脈を広げるチャンスが得られます。
また、定期的に懇親会や勉強会なども開かれるため、合格後のビジネス展開がしやすくなるだけでなく、紹介などで仕事を得ることも望めるでしょう。
2-3. 事業承継の専門家として活動できる
中小企業の後継者不在による事業承継問題は、国の全面的なバックアップによって解決に向けて少しずつ動き出しています。しかしながら、現状ではまだまだ不十分であり、多くの企業が事業承継問題の解決を切実に望んでいます。
事業承継士の資格を取得すれば、こうしたニーズの多い市場において、事業承継の専門家として活躍することが可能です。また、本業の名刺や会社案内、ホームページなどにロゴのデザインが掲載できるため、他の士業との差別化がしやすくなります。
2-4. 依頼発生時に優先的に仕事をもらいやすくなる
事業承継士の資格を取得すると、事業承継センター株式会社で事業承継支援の仕事が発生した際、優先的に声をかけてもらえるようになります。
また、同センターが主催・後援する各種セミナーや研修会において、講師や講師補助の仕事を得る機会も期待できるでしょう。
こういったフォローやバックアップ体制が整備されているため、受講にかかる費用を比較的短期間で回収することが望めます。
3. 事業承継士の資格を取得する流れ
次に、事業承継士の資格を取得する際の手順を解説します。事業承継士の資格取得講座を受講し、認定試験に合格して事業承継協会へ入会するまでの流れは以下のとおりです。
3-1. 資格取得講座を受講する
事業承継士の資格を取得するためには、まず資格取得講座を受講しなければなりません。ただし、受講には先述した資格の保有が必須です。資格を有していない場合は、そちらを先に取得したうえで受講するようにしましょう。
なお、2024年時点で受講コースは以下の4種類に分かれています。
- 完全ビデオコース
- 東京教室コース
- 東京ゴールデンウィークコース
- 大阪コース
各自の都合などに合わせ、受講しやすいものを選べるように配慮されています。
日程に関しては、各コースとも全5日間と定められているため、講座内容の復習を含めてもそれほどの時間は必要とならないでしょう。
なお、事業承継士資格取得講座の出席率が75%を下回ると認定試験の受験資格が得られなくなるため、その点には注意が必要です。
3-2. 認定試験を受けて合格する
資格取得講座を受講し、かつ出席率が75%以上であれば、事業承継士の認定試験を受けられます。認定試験の申し込みは、資格取得講座で配布される「受験申込書」に必要事項を記入し、提出することで行います。試験日については、講座内で連絡されることが通常です。
試験範囲に関しては、基本的に講座で使用したテキストなどが中心です。問題数は全部で30問、問題形式は「選択式」と「記述式」の混合方式となっています。
この試験で60点以上を取ると無事合格となります。
3-3. 事業承継協会へ入会する
認定試験に合格したら事業承継協会へ入り、事業承継士の資格を取得します。ただし、入会にあたっては審査があり、倫理規定・懲罰基準・資格要件などを照らし合わせ、審査基準を満たしているかどうかがチェックされます。
手続きが済むと、入会者にはさまざまな特典が与えられることが通常です。講座で使用した資料の利用やオリジナル書籍の購入、事業承継セミナーなどへの参加が認められます。
なお、事業承継士の資格は「更新制」をとっており、資格を更新するためには研修などに出席し、3年間で30単位を取得することが求められます。
4. 事業承継士の資格を活かした働き方
事業承継士の資格を取ると、資格を活かしてさまざまな場所で働けるようになります。こうした働き方のなかでも、特に多くの事業承継士に選択されているのが以下の4つです。
4-1. 事業承継・引継ぎ支援センター
事業承継・引継ぎ支援センターは、独立行政法人中小企業基盤整備機構が中小企業の事業承継を促進させる目的で作った機関であり、全国各地の商工会議所に窓口が設置されています。
このセンターでは、事業承継に関する支援経験を有する者を「中小企業アドバイザー」として募集しており、中小企業の事業承継に向けたあらゆる支援を行っています。
なお、ここでは業務委託契約を締結して働くことになるため、事業承継士として独立して仕事を受けたい人などに向いているといえるでしょう。
4-2. 金融機関
銀行や証券会社などの金融機関でも、積極的なM&A支援が行われています。特に、地方の銀行や信用金庫では、その地域にしか無い事業承継案件を多数抱えているため、事業承継士の資格を活かして専門性の高い仕事をすることが可能です。
また、証券会社も法人との取引が多く、事業承継やM&Aを専門で扱う部署もあるため、こうした部署で働きながら事業承継のキャリアを積んでいくこともできます。
4-3. M&Aの仲介会社
M&Aの仲介会社は事業承継を専門に行う会社のため、事業承継士の資格を持っていれば、そのスキルを存分に活かすことができます。もちろん、M&Aの仲介会社に就職を希望する場合、こうした資格があれば非常に有利です。
仲介会社には大小さまざまなところがありますが、上場しているような大企業に就職できれば取り扱う案件数も多くなるため、より資格を活かした活躍が期待できるでしょう。
M&Aに関する知識や経験が豊富に得られることもあり、今後に向けたキャリア形成にも最適といえます。
4-4. 独立・開業
事業承継士の資格を持っている人は、既に他の国家資格などを有しているはずです。こうした資格と事業承継士をかけ合わせれば、ダブルライセンスを使って独立・開業も実現できます。
士業の世界も競争が厳しく、一つの資格だけでは生き残っていくのが難しくなっています。しかしながら、既存の資格と事業承継士を組み合わせれば、さまざまな可能性が広がるでしょう。
事業承継に関する業務ができれば、成功報酬やアドバイザーとして報酬を得るなど、報酬の獲得方法が広げられます。
5. 事業承継士とその他資格との違い
事業承継士以外にも、事業承継に関する業務を行う資格はいくつかあります。これら他の資格と事業承継士との違いは主に以下のとおりです。
5-1. 事業承継アドバイザーとの違い
事業承継士と類似する資格の一つが、事業承継アドバイザーです。どちらも事業承継に関する業務を行う点では似ていますが、それ以外はかなり違います。
まず、事業承継士は既に別の資格を持っていなければなれませんが、事業承継アドバイザーにはそのような定めがありません。したがって、事業承継士はダブルライセンスとして取得されるケースが大半ですが、事業承継アドバイザーは主に金融機関の職員が取得しており、難易度もそれほど高くありません。
また、事業承継士は資格取得講座の受講が義務付けられているのに対し、事業承継アドバイザーは認定試験に合格するだけで資格が取れます。
ただし、どちらの資格も「取得していることで信頼性が増す」という点は同じです。
5-2. 事業承継プランナーとの違い
事業承継プランナーとは、事業承継に対する初期対応をするための資格です。事業承継に関する基本的な知識を身につけたうえで相談の前捌きを行い、専門家と経営者をつなぐ業務を担います。
一方の事業承継士は、事業承継の全プロセスに関わります。弁護士や税理士などの専門家と提携しながら、全プロセスの業務を行う事業承継士とはこうした点で異なることが一般的です。
事業承継士は士業資格保有者らによって取得される資格であるのに対し、事業承継プランナーは、保険会社の営業職員などが取得している点でも違います。
5-3. 事業承継・M&Aエキスパートとの違い
事業承継・M&Aエキスパートとは、事業承継とM&Aに関する基本的な知識を確認する試験の合格者のことです。
上位資格には「M&Aシニアエキスパート」と「事業承継シニアエキスパート」の2つがあることからも、基礎的な知識の習得者であれば合格できるように作られており、難易度はそれほど高くありません。
事業承継にまつわる知識を網羅的に学べるため、事業承継やM&Aに関する相談を受ける士業や、M&Aの仲介会社に勤めている従業員などにおすすめの資格です。
6. 【相談者向け】事業承継士に依頼する利点と注意点
事業承継士は、事業承継に対する全般的な知識を有しているため、事業承継士に依頼すれば事業承継に関する専門的なアドバイスが受けられます。
ただし、事業承継には法務や税務、労務やM&Aに関する高度な専門知識が必要なため、実際には弁護士や税理士、公認会計士や社会保険労務士などの士業専門家と提携しながら、事業承継の各プロセスが進められます。
そのため、事業承継士に依頼する際は、各専門家と提携しているかどうかを確認しておきましょう。各専門家とのネットワークがあれば、それぞれの問題に合わせて専門家を紹介してもらうことも可能です。
M&Aキャピタルパートナーズでは、弁護士や公認会計士、税理士をはじめとするさまざまな専門家と提携しており、事業承継の各プロセスで必要となる専門的な知識や質問などにも十分に対応することができます。事業承継に関して疑問やお悩みがある方は、どうぞお気軽にお問い合わせください。
7. まとめ
事業承継士は、一般社団法人事業承継協会が認定する民間資格です。事業承継に関する専門家ですが、試験を受けるためには別の国家資格などを取得していることが条件となるため、残念ながら初学者の誰もが得られる資格ではありません。
ただし、既に資格を持っている人にとっては、ダブルライセンスを取得することで業務の幅が大きく広がります。そのため、事業承継に興味のある方はぜひ取るべき資格といえるでしょう。