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表明保証は、売り手と買い手の双方が取引のリスクを分担し、安心して契約を進めるために重要なものです。しかし、取引後に表明保証違反が発覚した場合、損害賠償請求や交渉の手間が発生することもあります。そうしたリスクをカバーするのが「表明保証保険」です。
本記事では、表明保証保険の概要を紹介したうえで、仕組みやメリット、活用の流れ、気をつけるべきことなどについて詳しく解説します。
このページのポイント
~表明保証保険とは?~
表明保証保険とは、M&Aの表明保証条項に違反があった際に、契約当事者が負う損害責任をカバーする保険です。買い手用と売り手用の2種類があり、それぞれのメリットや補償範囲が異なります。保険料は補償限度額の1~3%程度で、最低保険料は500万円~1,000万円です。表明保証保険を活用することで、買い手は安心感をアピールし、補填金をスムーズに回収できます。売り手はクリーンエグジットが可能となり、エスクローを設けずに契約できるメリットがあります。
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目次
表明保証保険とは
まずはじめに、表明保証保険の基礎知識として、そもそもどのような保険なのか、M&Aにおいてどのような役割を持つのかを解説していきます。
そもそも表明保証とは
表明保証とは、M&A取引において、売り手が買い手に対して提供する情報の真実性や正確性を保証するものです。
M&Aでは、買い手が売り手に対してデューデリジェンスを実施し、売り手の事業内容や財務、法務などの実態を調査し、買収価額や取引条件へ反映させます。
しかし、デューデリジェンスは、対象範囲を広げたり、より詳細にしたりするほど、多くの時間とコストがかかります。そのため、デューデリジェンスは時間とコストの制約があるなかで進めなければならないケースが多く、それだけで売り手の全貌を把握するのは容易ではありません。また、売り手自身も自覚していない潜在的な問題を抱えている可能性があります。
そこで、表明保証には以下の3つの機能を持たせ、買い手と売り手との間で契約の対象についての真実性と正確性を表明し、その内容を保証することが通例となっています。
- 表明保証条項の遵守を取引実行の前提条件とすることで、情報の正確性を表明する機能
- トラブル発生時における双方の責任範囲を明確にし、リスク分担を図る機能
- 損害が発生した場合に、損害補償請求を可能にする機能
表明保証保険でカバーできるM&Aのリスク
表明保証によって情報の正確性と真実性を示したにも関わらず、相手企業が明らかに表明保証条項に違反した場合、買い手は売り手に対して、契約内容に基づいた補償請求や損害賠償請求を行うことが可能です。また、クロージングに至る前であれば、契約の解除が可能であることが定められるケースが多いです。
しかし、M&Aのプロセスにおいて、売り手・買い手共に表明保証の制定に至るまでには多くの時間と労力、コストを費やしています。したがって、契約が解除となれば双方が多くの損害を生み出すことにつながります。違反した側は相手企業の損失に見合う補償責任を負わなければならず、損失を被った側は違反側からの補填を回収できるまで損失に苦しまなければなりません。
そのようなリスクを回避するために表明保証保険があります。表明補償保険に加入している場合は、表明保証違反が生じた際に、売り手ではなく保険会社が補償を負うことになります。
表明保証保険の仕組み
表明保証保険の種類、補償限度額、保険料などの仕組みについて解説します。
表明保証保険の2つの種類
表明保証保険には、買い手が加入する買主用表明保証保険と、売り手が加入する売主用表明保証保険の2種類があります。
買主用表明保証保険
買主用表明保証保険は、買い手が保険契約者となり保険料を負担し、かつ被保険者となる保険です。
買主用表明保証保険を契約した場合、買い手は売り手の表明保証違反による経済的損害を、売り手からの支払いではなく、保険会社から保険金として受け取ることで補填できます。
また、保険の補償範囲は、M&A取引の補償範囲を超えて設定することが可能で、保険金の請求手続きは売り手を介さず保険会社に直接請求すれば良い点が特徴です。
売主用表明保証保険
売主用表明保証保険は、売り手が保険契約者となり保険料を負担し、かつ被保険者となる保険です。
この保険に加入していれば、売り手は表明保証違反により買い手に経済的損害を与えた場合、その損害に対する補填を、保険金として保険会社より受け取ることが可能です。
売主用表明保証保険の補償範囲は、買主用表明保証とは異なり、M&A取引の補償範囲を超えて設定することはできません。また、保険金の請求手続きは、買い手からの補償求償を受け、補償金額が確定した後に売り手が保険会社に請求する流れとなります。
表明保証保険の補償限度額
表明保証保険では、損害額が全額補償されるわけではありません。契約上、補償限度額が設定されており、売り手の企業価値の10~20%程度とするのが一般的です。ただし、補償限度額は保険会社によって異なるため、契約の際には各保険会社の設定を確認する必要があります。
表明保証保険の保険料
表明保証保険の保険料は、補償限度額の1~3%程度が一般的です。
保険料率は、売り手の事業内容、M&Aの成約価額、免責金額、保険期間などを考慮して決定されます。また、表明保証保険には最低保険料が設定されており、500万円~1,000万円程度が相場となります。
そのため、従来は小規模なM&Aでは費用負担が重く、保険によるリスクヘッジが困難でした。しかし、近年では小規模なM&Aの増加に対応するため、最低保険料を引き下げた表明保証保険も提供されています。
契約時には、補償限度額と同様に各保険会社の設定を確認し、十分な説明を受けてから締結することが重要です。
M&Aの表明保証保険を活用するメリット
表明保証保険を活用するメリットを、買い手、売り手それぞれの立場で解説します。
買い手のメリット
買い手が表明保証保険に加入する主なメリットは以下のとおりです。
- M&Aの相手としての安心感をアピールできる
- 補填金をスムーズに回収できる
それぞれ見ていきましょう。
M&Aの相手としての安心感をアピールできる
表明保証保険に加入することで、買い手は売り手に対し、M&Aの相手としての安心感をアピールすることが可能です。
売り手にとって、表明保証保険に加入していない買い手と取引を行った場合、万が一売り手が表明保証に違反すれば、買い手からその責任を追及されることになります。そのため、売り手は「表明保証に反した場合には自分たちが損害賠償を追わなければならない」というリスクを抱えることになります。
しかし、買い手が表明保証保険に加入していれば、万が一の損害が生じた際にも買い手は保険会社から補填を受けられ、売り手は万が一の際にも最小限の負担を負うだけで済みます。その結果、買い手は安心できる取引相手として売り手にアピールできるのです。
補填金をスムーズに回収できる
売り手が表明保証に違反した際の補填金をスムーズに回収できる点も、買い手が表明保証保険に加入するメリットです。
表明保証保険に加入していない場合、売り手に十分な資力がなければ、賠償金の工面に時間がかかり、買い手は長期的な損失に苦しむことになります。また、売り手が損害の補填を拒んだ場合には、交渉に多くの時間と労力を要する可能性もあります。
表明保証保険に加入していれば、保険会社に直接請求するだけで補填金を回収でき、スムーズに損失をカバーすることが可能です。
売り手のメリット
売り手が表明保証保険に加入するメリットとしては、以下が挙げられます。
- クリーンエグジットが可能となる
- エスクローを設けなくても契約できる
こちらも一つずつ解説します。
クリーンエグジットが可能となる
売り手が表明保証保険に加入する一つ目のメリットは、「クリーンエグジット」を実現できることが挙げられます。クリーンエグジットとは、売り手がM&A締結後に賠償責任を回避しながら、会社や事業から完全に撤退することを指します。
クリーンエグジットを阻害する要因として注意しなければならないのが、売り手自身も気付いていない簿外債務や偶発債務の存在です。売り手に悪意がないとしても、簿外債務や偶発債務の存在は事実上表明保証条項に反し、それらが買い手に損害を与えた場合にはその責任を負わなければなりません。
しかし、売り手が表明保証保険に加入していれば、万が一賠償責任が生じた際にも保険金で補填が可能となります。
このように、売り手が表明保証保険に加入している場合、売却後の賠償責任リスクを排除できるため、売り手はM&Aへ踏み切りやすくなります。
エスクローを設けなくても契約できる
エスクローの設定が不要となる点も、売り手が表明保証保険に加入するメリットとなります。
表明保証保険が普及する以前は、取引の安全性を担保するために、買い手と売り手の間にエスクローという中立的な第三者を設け、契約成立まではエスクローが取引代金を管理するのが一般的でした。取引代金は特定の条件下で保管されているため、確実に譲渡金が得られるという安心感がある一方、第三者を介しての手続きが必要となるため、譲渡金の回収に時間が必要でした。
表明保証保険に加入すれば、賠償リスクが生じた際にも保険会社がその損失を肩代わりしてくれます。ある程度の安全性が担保された状態で取引できるため、場合によってはエスクローを設けずに契約を進められることになります。その結果、売り手は早期の譲渡代金の回収が期待できるようになります。
表明保証保険の手続きの流れ
表明保証保険に加入するまでの流れは以下のとおりです。
- 保険会社に概算見積の発行を依頼する
- 保険会社の審査を受ける
- 保険契約を締結する
以下で、各ステップについて詳しく解説します。
保険会社に概算見積の発行を依頼する
まずは、保険の加入を検討している者(保険契約者)が表明保証保険を取り扱う保険会社、もしくは仲介者に相談しましょう。
次に、保険契約者(と仲介者)、保険会社の間で秘密保持契約を締結します。
その後、保険契約者は仲介者を通じて、もしくは直接にIM(インフォメーション・メモランダム:企業概要書)などの資料を保険会社に提出し、保険会社に概算見積書の発行を依頼します。概算見積書には、保険金額や保険料、保険範囲が記載されていることが一般的です。
保険契約者は、自社が求めるサポートと一致しているか、保険料は相場と乖離しすぎていないかなどの観点で、概算見積書を綿密に確認することが重要です。
保険会社の審査を受ける
保険契約者は、契約したい保険会社が決まったら、保険会社からの求めに応じて審査に必要な各種資料を提出しましょう。
保険会社の審査では、保険会社がこれらの資料に基づいて作成した質問書が使用され、保険契約者はこの質問書に回答します。
保険会社は、保険契約者が提出した質問書への回答をもとに、保険の引受可否を決定します。
保険契約を締結する
保険会社の審査を通過したら、保険会社から契約書案が保険契約者のもとに送られます。保険契約者は、契約書案に記載されている保険内容を確認し、疑問や不満がある場合には保険会社へ問合せを行います。双方で交渉がまとまったら、最終的に保険契約を締結して加入手続きは完了です。
表明保証保険を活用する際に気をつけること
表明保証保険を活用する際には、いくつかの注意点があります。そのうち主なものを2つ見ていきましょう。
免責事項を確認する
表明保証保険には免責事項があり、該当した場合には補償の対象外となる点に注意が必要です。免責事項に該当する例は以下のとおりです。
- 表明保証の条項に記載されていない内容
- あらかじめリスクを把握していたにも関わらず、必要な対応を取らなかった場合
- (売り手が)アスベストを混入している商材を取り扱っていたなど、環境汚染に加担していた場合
- 年金基金の積立不足の報告を怠っていた場合
- 企業に課せられた民事・刑事罰等の罰金、課徴金などの存在
- 製造物責任法や腐敗防止法へ違反していた場合
ここに挙げた事項はあくまでも一例です。保険の加入前に必ず確認しましょう。
徹底したデューデリジェンスを行う
売り手が表明保証条項に違反し、買い手に損失が生じた場合であっても、買い手のデューデリジェンスが不十分であったとみなされれば、補償が適用されない場合があります。
そのため、「デューデリジェンスで見落としがあっても、表明保証保険が適用されるから安心」といった考えは危険です。まずは、表明保証保険の補償を活用しなくても済むように、買い手は売り手の実態を念入りに調査し、リスクがあれば適切な対策を講じることが大切です。そのうえで、売り手の違反により買い手に損害が生じた場合には、綿密なデューデリジェンスに基づく調査結果を示すことで、売り手に対する責任追及の制限を回避できることになります。
また、デューデリジェンスを外部に委託する場合には高額な委託費用が発生することから、社内での実施を考える企業も少なくありません。しかし、デューデリジェンスの調査分野は多岐にわたり、各分野の高い専門性が必要です。
デューデリジェンスはM&Aの成功のカギを握る重要なプロセスであるため、専門家へ依頼するのが望ましいといえます。
まとめ
表明保証保険の活用には多くのメリットがある一方で、気を付けるべき点も多く存在します。免責事項の確認を行うことも大事ですが、表明保証保険に加入しているか否かに関わらず、デューデリジェンスを徹底する基本的な姿勢がM&Aには重要です。
表明保証保険は、売り手と買い手の双方がリスクを回避するために加入する保険ですが、情報の真実性や正確性を適切に把握し、安心して取引を行いたいなら、信頼できるM&A仲介業者に依頼するのが最適です。
M&Aキャピタルパートナーズは、弁護士や公認会計士、税理士など各分野に精通した専門家が在籍。財務や法務などの観点からデューデリジェンスを実施し、リスク管理を徹底しながら慎重にM&Aを進めてまいります。表明保証保険への加入ありきではなく、自社にとって最適なディールとは何かを考え、企業の成長をサポートするための最適なアドバイスを提供いたします。M&Aを検討中の方は、ぜひご相談ください。