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M&Aを実施するにあたって、営業権が注目されることがあります。営業権とは、将来の収益源になる無形資産のことです。のれんとほぼ同じ概念の資産で、DCF法などを用いて計算されます。
本記事では、営業権の具体的な評価方法や、営業権とのれんの違い、税務上の取り扱いなどについて解説していきます。
このページのポイント
~営業権とは?~
営業権とは、将来の収益源となる無形資産で、M&Aにおいて重要な要素です。のれんとの違いや評価方法、税務上の取り扱いについても解説されています。評価方法にはDCF法、超過収益法、年買法などがあり、それぞれの特徴やメリット・デメリットが説明されています。税務上の取り扱いや償却方法についても詳しく述べられており、専門家のサポートが推奨されています。
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目次
M&Aにおける営業権とは
M&Aにおける営業権には、以下のようなものが該当します。
- ノウハウ
- ブランド価値
- 取引先ネットワーク
- 従業員
- 技術
- 顧客リスト
これらの営業権は、財務諸表で確認することができず、明確な価格をつけることは難しいですが、企業の利益や将来性には確実に影響します。そのため、業績や売上高だけではなく、営業権を含めた無形資産も反映させてM&Aの取引価格を決めることが重要です。
営業権とのれんの違い
営業権と似た言葉に「のれん」があり、これらはいずれも、M&Aの取引価額と、売り手企業の保有する純資産との差額を指します。ただし、M&Aの取引価額を算定する場面においては、それぞれの根本的な考え方が異なります。
営業権の考え方では、M&Aの取引価額を算出する際、売り手企業の純資産にネームブランドなどの価値を上乗せする形で求めます。つまり、営業権は無形固定資産の価値であり、かつ、純資産と並んでM&Aの取引価額を算定する際に必須となる要素であるといえるのです。
一方、のれんの考え方では、M&Aの取引価額から純資産を差し引いて求めます。つまり、のれんは純粋な意味でのM&Aの取引価額から純資産を控除した残余金額を意味するものです。
営業権とのれんは、どちらもM&A取引価額と純資産の差額で算定されるものですが、その算出アプローチに違いがあることを理解しておきましょう。
企業価値算定方法と営業権の関係
M&Aにおける企業価値の算定アプローチには、以下の3つがあります。
- インカムアプローチ
- マーケットアプローチ
- コストアプローチ
それぞれ見ていきましょう。
インカムアプローチ
インカムアプローチは、将来生み出す収益力に基づき企業価値を評価する方法です。DCF法、収益還元法、配当還元法などが代表的な方法です。
企業が将来生み出す収益力を、その実現に向けて発生しうるリスクなどを考慮した割引率で割り引き、現在価値を算出することで企業価値を算定します。
あらかじめ企業が策定した事業計画に基づいて将来的な利益を算出し、それに基づき計算されることで営業権も考慮されることとなります。
マーケットアプローチ
マーケットアプローチは、株式市場やM&Aの取引などにおいて、対象企業と類似した企業の取引価額や類似した取引に基づき企業価値を算定する評価方法です。代表的な方法として、類似取引比較法、類似会社比較法があります。
いずれの手法も市場における取引状況を基準として算定するため、その結果としての評価額には営業権が反映されています。ただし、類似会社や類似取引に基づいて算出されるため、算出される営業権は類似会社や類似取引と同様の内容という前提となり、適切に評価されない可能性がある点には注意が必要です。
コストアプローチ
コストアプローチは、企業の資産および負債に基づき企業価値を算出する評価方法です。
対象企業の貸借対照表をもとに、総資産から総負債を差し引き、純資産に基づいて取引価額を算定するため、客観的な評価が可能です。ただし、過去の結果である財務上の数値をもとに算出する手法であるため営業権は考慮されにくくなります。資産や負債を時価に置き換えることで営業権を算出できますが、いずれにしても将来の収益性を反映することは難しい点に注意が必要です。
営業権の具体的な評価方法
上述では企業価値算定のアプローチを紹介しました。以下では、それに基づく具体的な評価方法として、以下の6点を紹介します。
- DCF法
- 超過収益法
- 年買法(年倍法)
- 類似会社比較法
- 実査査定法
- 財産評価基本通達による評価法
順番に見ていきましょう。
DCF法

インカムアプローチの一つであるDCF法は、企業が将来生み出すキャッシュフローから、その獲得のために見込まれるリスク等を考慮した割引率を割引いて事業価値を算定した上で、株式価値に調整し、純資産と株式価値の差額を営業権として算定します。
DCF法の特徴としては、将来の収益見込みに基づいた現実的な評価や、業種や地域を問わない比較、及び市場変動に強い評価などが挙げられます。ただし、あくまで計画をもとにした評価方法であるため、過去の実績に依存しがちであり、恣意性も入りやすく、予測と実態が大きく乖離する点はリスクといえるでしょう。
超過収益法

超過収益法は、企業全体の収益から、無形資産の活用によって期待される収益を抽出し営業権を算定する方法です。計算式にすると以下のようになります。
営業権=企業全体の収益ー(投下資本(運転資本など)×期待収益率)
超過収益法は、営業権を直接算出できる手法です。ただし、事業計画に基づいた事業価値算出が必要となるため、恣意性が入りやすく、計算が複雑になりやすい点には注意が必要です。特に、ベンチャー企業など事業計画の不透明性が高いと考えられる場合には、適切な算定が困難となる可能性が高くなります。
年買法(年倍法)

年買法(年倍法)は、営業利益から法人税などの税金を差し引いた額の3~5年分の合計額を営業権として算定します。計算式としては以下のとおりです。
営業権=(営業利益ー税金)×3~5年
年買法(年倍法)のメリットは、計算が簡便な点です。一方で、算出した将来的な価値を現在価値に修正する工程が省かれている点や、市場状況や景気が考慮されていない点、また、3〜5年というところに根拠が乏しい点などから、譲渡側と譲受側の認識に乖離が生まれやすい点に注意しましょう。
類似会社比較法
類似会社比較法は、類似した上場企業の時価と収益性を用いた比率から株式価値を導き出し、純資産と株式価値の差額を営業権として算定します。類似会社比較法は別名マルチプル法や倍率法とも呼ばれます。
類似企業の選定基準が営業権の評価に大きく影響するため、選定基準の明確化が重要で類似している会社でなければ、営業権の評価が適切に行えない点に注意が必要です。
実査査定法
実査査定法は、直接企業の現場に出向くことで事業内容や資産を評価し、営業権を算定する方法です。
できあがった製品や工程などを見ることで技術やノウハウなどの無形資産を目で確認でき、実態重視の場合に適しています。ただし、評価は個人の主観に左右されやすく、買い手・売り手双方の認識に乖離が生じやすい点には注意が必要です。また、事業計画や財務諸表が反映されないため、収益性の評価が困難な点も理解しておきましょう。
財産評価基本通達による評価法
財産評価基本通達では、国税庁が規定した相続税の評価基準で営業権を算定する方法です。営業権の時価評価は、財産評価基本通達165条と166条に基づき、以下の計算式によって算出します。
営業権=(超過利益金額)×(基準年利率による福利年金現価率)
なお、超過利益金額は平均利益金額×0.5-標準企業者報酬額-総資産価額×0.05で求められます。また、標準企業者報酬額については、平均利益金額に応じて以下のように区分が設けられている
平均利益金額 | 標準企業者報酬額 |
---|---|
1億円以下 | 平均利益金額×0.3+1000万円 |
1億円超・3億円以下 | 平均利益金額×0.2+2000万円 |
3億円超・5億円以下 | 平均利益金額×0.1+5000万円 |
5億円超 | 平均利益金額×0.05+7500万円 |
ただし、この方法は相続を想定しており、ビジネスシーンやM&Aには適さないため、採用されることは少ないです。
営業権の評価が不要なケース
M&Aを検討するにあたり、以下に該当する場合は、営業権の評価が不要です。
- 個人の才能や技術に基づく事業であるケース
- 平均利益金額が5,000万円以下のケース
それぞれ見ていきましょう。
個人の才能や技術に基づく事業であるケース
財産評価基本通達の165条の注釈では、技術や才能に基づく事業(医師や弁護士など)の営業権は、その事業者が亡くなると消滅するため、評価対象としないと定められています。
例えば、医療法人の評価は、医師の技術や手腕に依存する部分が大きいため、営業権も評価しなくて良いとされています。
このように、営業権の源泉が個人の才能や技術に基づくものである場合は税務上、営業権の評価は不要となっています。
平均利益金額が5,000万円以下のケース
国税庁は、平均利益金額が5,000万円以下の場合も営業権の評価は不要であると定めています。平均利益金額が5,000万円である企業を財産評価基本通達によって評価する場合を例に挙げると以下のような計算式になります。
【標準企業者報酬額】
1億円以下の区分に該当するため、平均利益金額×0.3+1000万円で求められる
5,000万円×0.3+1,000万円=2,500万円
【超過利益金額】
平均利益金額×0.5-標準企業者報酬額-総資産価額×0.05にあてはめると、
5,000万円×0.5-2,500万円-総資産価額×0.05となる
5,000万円×0.5-2,500万円= 0、すなわち、0-総資産価額×0.05となり、超過利益金額の計算結果がマイナスであるため、営業権の評価は不要となります。
M&Aにおける営業権の税務上の取り扱い
M&Aにおける営業権の税務上の取り扱いは、売り手か買い手で異なり、さらにスキームによっても取り扱いが異なります。
売り手企業の営業権の税務上の取り扱い
売り手企業における営業権の税務上の取り扱いについて、M&Aのスキームごとに紹介します。
営業権譲渡・事業譲渡の場合
営業権の譲渡や事業譲渡で売り手企業に課税されるのは、消費税や法人税です。
営業権や事業は消費税法上の課税対象であり、譲渡時には消費税が課税されることになります。また、営業権の譲渡や事業譲渡で譲渡益が出る場合には、取得時の価額と譲渡価額の差額で計算される利益に対して法人税が課税されることになります。
なお、営業権を無償譲渡した場合であって、譲渡益を得ていないとしても、法人税上は時価で取引されたとみなされるため、法人税が生じる可能性がある点には注意が必要です。仮に無償で事業譲渡を行ったとしても、税務上では時価で取引したとみなされます。そのため、譲渡益を得ずとも、時価を基準とした法人税が課される可能性があります。
株式譲渡の場合
株式譲渡において営業権を含む株式を取引する際には消費税が課されません。消費税法上、有価証券は非課税取引に該当するため、消費税が課されることはないのです。
ただし、法人税に関しては営業権の譲渡・事業譲渡の場合と同様、譲渡益が生じている場合には課税対象となります。
買い手企業の営業権の税務上の取り扱い
買い手企業の税金は、売り手企業と比較して課されるものが多くありません。
営業権や事業を譲り受けた場合、課税取引に該当するため、消費税が課税されることになります。これは譲渡金額に含める形で、売り手に支払われます。納税自体は売り手企業が行いますが、負担は買い手となっています。
営業権の償却について
事業譲渡などで営業権が生じた場合には償却が行われることとなります。ここでは、営業権の計算方法や、注意点などについて紹介していきます。
計算方法
経理処理において、営業権は無形固定資産として計上されます。買い手企業への譲渡後、営業権はブランドイメージやノウハウとして、長期的な利益創出に活用されることになります。
そのため、営業権は利益の効果が続く期間で償却することになります。償却は毎年同額で償却する定額法が用いられ、税務上の耐用年数は5年とされています。
注意点
営業権の償却における注意点について解説します。国際会計基準での取り扱い、償却計算の改正が主な内容です。
国際会計基準では営業権の償却が禁止されている
日本において企業が適用している会計基準は、主に日本の会計基準と国際会計基準(IFRS)の二つが適用されています。日本の会計基準と異なり、国際会計基準を採用している場合には、営業権の償却という考えが存在しない点に注意が必要です。
営業権の価値の変動に明確な根拠がなく、その価値が同変動するかを見積もることは困難であると考えられているため、償却を行いません。ただし、毎年減損テストを行うことが必要で、業績悪化等により営業権の価値が明らかに低下した場合には、営業権の計上額を一括で減額する「減損処理」が適用されます。
このように、日本の会計基準と国際会計基準の営業権の取り扱いには大きな差があるため、自社がどちらの基準を採用しているかを確認のうえ、適切な処理を行う必要があります。
償却限度額の改正が行われた
2017年に、営業権の発生年度における償却限度額の計算方法について改正が行われました。償却限度額とは、各事業年度における減価償却費の上限額のことを指します。
改正前は、営業権の価額を法定耐用年数の5年で割り、当該事業年度の月数をかけ合わせることで償却額を算出していました。つまり、どのタイミングで営業権を取得しても、事業年度の月数である12ヶ月分で償却できていました。
一方、改正後は営業権の取得タイミングによって、月割りでの算出に変更となりました。例えば、3月が決算月である法人が1月に営業権を取得した場合、3ヶ月分のみの償却になるということになります。
改正が行われてから数年たっているものの、適切な処理ができるよう、しっかりと確認しておく必要があります。
まとめ
M&Aの実施に際して営業権を算出する過程では、株式価値の評価が必要です。また、償却年数など償却方法も検討しなければなりません。これには専門的な知識が必要となるため、専門家のサポートなどを受けながら進めたほうが良いでしょう。
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