更新日
- #業種別M&A動向
- #海運業界 M&A
海運業界のM&A動向について
海運業界は、日本経済や国民生活を支える基幹産業として、国際貿易や国内物流の大部分を担ってきました。輸送コストの優位性から、食料・衣料品から原油・天然ガスなどのエネルギー資源に至るまで、多くの貨物が海上輸送に依存しています。
一方で、内航海運を中心に輸送量の低迷が続き、2009年以降の横ばい傾向に加えて2020年度のコロナ禍で大きな落ち込みを経験しました。加えて、船員不足と老朽船の増加、バラスト水管理条約やSOx規制、GHG削減戦略など環境規制への対応負担も重く、単独では対応しきれない課題が顕在化しています。こうした状況のなかで、事業統合や技術獲得、グループ再編を目的としたM&Aが注目されるようになっています。
本記事では、「M&Aとは?」の基本的な理解を踏まえたうえで、海運業界におけるM&Aの最新動向や具体的な事例、成功のポイントなどについて見ていきましょう。
海運業界の概要
海運業界は、日本の経済活動や国民生活を支える重要な基幹産業です。国際貿易の大部分を担い、世界の物流インフラとして不可欠な役割を果たしています。
海運業界の定義
海運業とは、海上を利用した旅客輸送や貨物輸送、また船舶の貸し渡しを行い利益を得る事業のことを指します。
貨物輸送は、輸送するものによって、下記のような船舶が活用されているのが特徴です。
- 貨物コンテナ(雑貨・食料品等)
- 油槽船(別名オイルタンカーとも呼ばれ、原油・LNG・LPG等を輸送)
- ばら積み貨物船(石炭・鉄鉱石・木材・穀物等)
- 自動車船
- セメント専用船 など
運行領域が、国内から国内の港への海上輸送は「内航海運」といい、国内以外を「外航海運」と呼びます。日本は世界でも有数の海運国家であり、世界の海上輸送量の約1割を、日本の海運業者が運んでいます。
海運業界の特色
島国である日本にとって、海運業は非常に重要な産業です。空運・陸運・海運と大きく3つの輸送手段があるなかで、海運は輸送コストが低い点に優位性があり、現在では、食料・衣類から原油・天然ガスなどのエネルギー資源まで、ほとんどのものが海運で輸送されています。
海運業は、事業の特性上、環境への配慮が不可欠です。世界中で多くの規制や条約が締結されるため規制強化への対応が欠かせず、こうした規制や条約は海運業者にとって負担となっています。
例えば、2017年9月に発効された「バラスト水管理条約」は、2022年9月までに海運業者が保有するすべての船に対して、バラスト水処理装置搭載が義務付けられており、コストが増加する要因の一つになっています。
また、2020年1月からは「SOx規制」が施行されています。SOx規制とは、船舶の燃料油の硫黄分許容限度が、3.5%m/mから0.5%m/mに強化されるものです。SOx規制が施行されると、硫黄分含有量が多い現在の燃料油(C重油)は、そのままでは使用できなくなってしまいます。
他にも、海洋汚染防止条約やGHG削減戦略など、2020年代にクリアすべき環境対策が存在しています。海運業界は常に、新規で追加される規制や条約に対応しなければなりません。
海運業界の現状とM&A動向
海運業界は、船員不足や老朽船の増加といった構造的な課題を抱えています。内航海運を中心に輸送量の低迷が続く一方で、品目ごとに異なる需給状況も見られており、業界全体での対応が求められています。
海運業界の現状
ここでは、現在の市場動向を整理してみましょう。
輸送量は低迷が続いている
海運業のうち内航海運は、鉄鋼・石油・化学品などの基礎資材を大量・安定的に運び、国内の物流を支えています。輸送量は2009年のリーマンショック後、多少の増減を伴いながらも横ばいで推移していましたが、2020年度には新型コロナウイルスの影響で大きく落ち込みました。現在も輸送量は大きな回復に至っておらず、依然として厳しい状況です。
ただし、品目ごとにみると、それぞれが違った傾向にあります。例えば白油(ガソリン・灯油・軽油)では、輸送距離の増加による需給逼迫も生じています。
構造的課題の顕在化
内航海運の課題は、大きく「船員不足」「老朽船の増加」の2つです。船員の約半数が50歳以上を占め、有効求人倍率も高止まりしているなど担い手不足が顕著となっており、労働環境の改善を含む定着策が欠かせません。
さらに、全体の約7割を老朽船が占めており、維持・修繕負担が重く、更新投資が進みにくい点も経営を圧迫しています。こうした構造課題を抱えたままDXや省力化が遅れると、生産性向上も難しくなるでしょう。業界全体で取引慣行の見直しや働き方改革を進め、船員確保と輸送力の維持につなげていくことが求められています。
海運業界のM&A動向
海運業界では、燃料費・船員費・修繕費の上昇、老朽船の増加、環境規制対応の負担など、単独では解決が困難な問題への対策として、M&Aの活用が見られます。
例として挙げられるのは、環境対応や新技術を持つ企業を取り込んで脱炭素への移行を早める狙いの統合や、航路・船隊を最適化し運航効率を高めるための統合です。ほかに、グループ内の事業を整理し、意思決定の迅速化やサービス品質の底上げを狙うグループ再編型のM&Aも活発化しています。
上記のような再編には、安全管理体制の統一や営業ネットワークの一体運営など、運航現場に近い部分での改善効果が期待されます。
このように、海運業界のM&Aは、船隊の更新・環境対応・効率化・専門領域の強化など、業界が抱える構造課題を踏まえつつ、事業の継続性と競争力を高めるための手段として位置づけられているのです。
海運業界でM&Aを活用するメリット
海運業界におけるM&Aは、企業の成長戦略を実現するための重要な手段となっています。主なメリットは、以下のとおりです。
輸送船・設備・効率ノウハウの獲得
買い手にとってのM&Aのメリットは、事業規模の拡大に加えて、ブランド力を獲得できる点です。運送業は消費者の目に触れる機会が多く、よく知られた企業を買収することで、ブランド力を活用できます。
ブランド力は広告宣伝に利用できるだけでなく、企業の既存の信頼をもとに、新規顧客の獲得につながる可能性もあります。
輸送船や設備を引き継ぎ使用できる
M&Aにより、買い手は輸送船を引き継いで使用できるほか、効率的な輸送ルートといったノウハウも獲得できます。加えて、船内外に設備を導入することで、輸送効率を向上させられるかもしれません。
事業の大規模化が進むことによって交渉力が強まり、コスト削減も期待できるでしょう。
海運業界のM&A事例
近年、海運業界では事業統合や技術獲得を目的としたM&Aが活発化しています。環境対応力の強化、運航効率の改善、グループ再編など、多様な目的で実施されている事例を紹介します。
郵船ロジスティクス株式会社とNoel Topco Limited
日本郵船グループの、郵船ロジスティクス株式会社の英国法人International Logistics Group Limitedは、Noel Topco Limitedを2024年2月21日に買収しました。
日本郵船グループの打ち出した中長期経営計画では、既存事業で得た利益を新事業へ投資し成長を目指す「両利きの経営」を実現する目的で、買収を実施しています。
株式会社みちのりホールディングスと佐渡汽船株式会社
株式会社みちのりホールディングス(以下、みちのりホールディングス)は2022年3月、新潟県に本社を置く海運会社の佐渡汽船株式会社(以下、佐渡汽船)へ出資を完了させ、子会社化しました。
みちのりホールディングスは筆頭株主となり、佐渡汽船の66.7%の議決権を保有しました。佐渡汽船はみちのりHDの支援を受けながら、経営再建を進めると共に、佐渡地域への貢献を目指しています。
川崎汽船株式会社とAIRSEAS社
2024年1月18日、川崎汽船株式会社はフランスにOCEANICWING S.A.S.を設立しました。同社は、AIRSEAS社が開発を進める、自動カイトシステム「Seawing(風力推進)」事業を、同年2月15日付で承継しました。
目的は、技術の確立および製品化に向けた取り組みを強化し、低炭素・脱炭素社会の実現です。
商船三井ロジスティクス株式会社とエムオーエルロジスティクス九州株式会社
商船三井ロジスティクス株式会社と、グループ会社のエムオーエルロジスティクス九州株式会社は2024年4月1日、吸収合併を実施しました。
この合併により、エムオーエルロジスティクス九州は消滅しています。顧客ニーズの多様化や、高度化する環境変化に対応するため、迅速な意思決定・サービスの強化・業務効率化を目的に、今回の合併を実施しました。
MOL Chemical Tankers Pte. Ltd.とFairfield Chemical Carriers
2024年3月1日、商船三井グループの100%子会社であるMOL Chemical Tankers Pte. Ltd.は、ケミカル船社Fairfield Chemical Carriers Pte. Ltd.の全株式を取得しました。
商船三井グループは、経営計画「BLUE ACTION 2035」において、市場の成長にはケミカル船事業が期待できる事業領域と評価し、積極的に投資を実施する方針です。今回の買収は、その一環として実施しました。
伊藤忠エネクス株式会社と関門海運株式会社
伊藤忠エネクス株式会社(以下、伊藤忠エネクス)は、2025年10月1日付で関門海運株式会社(以下、関門海運)の全株式を取得し、子会社化しました。このM&Aは、九州地区における船舶燃料供給で実績を持つ関門海運の機能やノウハウを取り込み、伊藤忠エネクスの船舶燃料販売事業の拡大を狙ったものです。
また、燃料業界の急速な変化(環境規制・新商材等)に柔軟に対応し、新たなビジネスチャンス創出や業容拡大につなげることも目的とされています。さらに、中期経営計画「ENEX2030 '25-'26」に基づき、物流の内製化、現場力・効率・デジタル化を強化し、安定供給・安全運航体制を構築したい意向があります。
栗林商船株式会社と株式会社鈴木商店
2025年7月1日、栗林商船株式会社(以下、栗林商店)は、株式会社鈴木商店(以下、鈴木商店)の株式を取得し子会社化しました。
栗林商船は内航船による海上運送を主力に、港湾荷役や陸上運送も展開する海陸一貫物流グループです。一方の鈴木商店は、北海道を拠点とする豆類・雑穀類の卸売業者で、安定した仕入れと全国販売実績を持っています。
今回のM&Aで期待されるのは、グループ全体の物流ネットワークと鈴木商店の仕入・販売ネットワークを融合し、事業シナジー(協働効果)を創出することです。さらに、企業価値の向上に加え、北海道の農業生産支援や地域貢献にも積極的に取り組む方針です。
海運業界におけるM&A成功のポイント・注意点
海運業界のM&Aを成功させるには、買収前の詳細な調査と統合後の丁寧な実行が欠かせません。特に、船舶や運航現場に関わる領域では、慎重な準備と人的側面への配慮が重要です。
買収前の実態調査を徹底する
海運業のM&Aでは、事前のデューデリジェンスで相手企業の実態を細かく把握し、シナジーが本当に生まれるかを見極めることが不可欠です。
船舶については、事故履歴や修繕記録、安全マニュアルの整備状況、船員資格・経験年数などを丁寧に確認し、必要な修繕費や更新投資を買収コストに反映させなくてはなりません。さらに、航路ごとの収益性、荷主との契約条件、燃料費や船員費の負担構造もチェックし、買収後に無理なく収益改善できるかを評価することが求められます。
十分な調査を行わないままM&Aを進めてしまうと、想定外の固定費負担や修繕リスクが顕在化し、投資回収が難しくなるリスクがあります。
統合プロセスを丁寧に進める
シナジーの実現と事業の安定運営のためには、買収後のPMIの丁寧な実施が欠かせません。
例えば、航路統合や運航スケジュールの最適化、荷主との契約条件・サービス基準の一本化、安全管理マニュアルの統一など、運航現場に関わる領域は特に慎重な設計が必要です。
ほかに注意しなければならないのは、M&A後は船員・現場スタッフの待遇や雇用条件、会社文化の違いが「離職リスク」につながる点です。現場クルーが離れると、安全性・運航品質・荷主対応に直結して影響が出るため、段階的な組織統合や不安解消のためのコミュニケーション、研修体制の整備など、人的側面を重視したPMIが欠かせません。
現場の声を反映しながら統合作業を無理なく進めることで、サービス品質を維持しつつ、M&Aの成果を最大化しやすくなります。
海運業界における今後のM&Aの課題と展望
海運業界では、船員不足・老朽船の増加・環境規制対応といった構造課題が重なり、単独での事業運営が難しくなる企業も少なくありません。このため、今後は経営基盤の強化や技術獲得を目的としたM&Aが一層進むとみられます。
今後の海運M&Aは、単なる規模拡大ではなく、環境対応・効率化・専門領域強化を目的とした「選択と集中」が鍵となり、戦略性と統合力の両立が成功の決め手になるでしょう。
一方で、買収後のPMIでは、運航体制・安全管理・荷主対応の標準化に加え、船員の待遇や会社文化の違いによる離職リスクなど、人的側面の統合作業がハードルとなる懸念があります。専門家と連携しながら進めることが、M&Aの成功確度を高めるポイントとなります。
M&Aキャピタルパートナーズは、豊富な経験と実績を持つM&Aアドバイザーとして、中小M&Aガイドラインを遵守し、お客様の期待する解決・利益の実現のために日々取り組んでおります。
着手金・月額報酬がすべて無料、簡易の企業価値算定(レポート)も無料で作成。秘密厳守にてご対応しております。
以下より、お気軽にお問い合わせください。
基本合意まで無料
事業承継・譲渡売却はお気軽にご相談ください。
よくある質問
- 海運業界はどのような役割を担う産業ですか?
- 海運業界は、船舶で貨物や人を世界中へ輸送するインフラ産業であり、国際貿易の大部分を担うとともに、日本経済や国民生活を支える基幹産業として重要な役割を果たしています。
- 海運業とはどのように定義されますか?
- 海運業とは、海上を利用した旅客輸送や貨物輸送、船舶の貸し渡しを行い利益を得る事業を指します。貨物の種類に応じてコンテナ船、油槽船、ばら積み貨物船、自動車船、セメント専用船など多様な船舶が活用されています。
- 内航海運の輸送量はどのような状況にありますか?
- 鉄鋼や石油、化学品などの基礎資材を国内で大量・安定的に運ぶ内航海運では、リーマンショック後は横ばい傾向が続いていましたが、2020年度のコロナ禍で大きく落ち込み、その後も輸送量は大きな回復に至っていません。
- 海運業界が抱える主な構造的課題は何ですか?
- 船員不足と老朽船の増加が大きな課題です。船員の約半数が50歳以上を占め、有効求人倍率も高止まりするなど担い手不足が顕著である一方、全体の約7割を老朽船が占め、維持・修繕負担が重く更新投資が進みにくい状況です。
- 海運業界でM&Aが活用されている背景は何ですか?
- 燃料費・船員費・修繕費の上昇や環境規制対応の負担など、単独では解決が難しい課題が重なっているためです。環境対応や新技術を持つ企業の取り込みや航路・船隊の最適化、グループ再編による意思決定の迅速化などを目的にM&Aが活用されています。
- 海運業界でM&Aを行う主なメリットは何ですか?
- 輸送船や設備を引き継いで使用できるほか、効率的な輸送ルートなどのノウハウを獲得でき、事業規模の拡大による交渉力強化やコスト削減も期待できます。また、ブランド力のある企業を傘下に収めることで新規顧客の獲得にもつながります。
- 海運業界のM&Aを成功させるためのポイントは何ですか?
- 買収前のデューデリジェンスで船舶の事故履歴や修繕記録、安全マニュアル、船員の資格・経験、航路ごとの収益性や荷主との契約条件などを詳細に確認することに加え、買収後のPMIで航路統合や安全管理体制の統一、船員の待遇や会社文化のギャップに配慮した統合作業を丁寧に進めることが重要です。

